12 アムールは私のものです!
「──不覚!なんて迂闊だったんだ!」
邪神教団を倒した後、離れた建物に意識を失って幽閉されていたエルビオさん達を、無事に救出する事ができたんだけど、すべての詳細を知った彼の第一声がこれだった。
床に拳を叩きつけて、悔やむエルビオさん。
クレーターができそうな勢いなので、気持ちはわかるけどちょっと落ち着いてほしい。
『最初の接触で大いにもてなし、次に森の怪しいアンデッドで自分達から目を逸らさせて、警戒が解けた時に毒を盛る……中々、周到だな』
ターミヤさんの分析に、エルビオさん達が頭を上げた。
救出したばかりの時は、彼等も混乱していたけど、今は敵じゃないとわかってもらえてるから素直に耳を傾けてる。
『まぁ、お前さんらが迂闊だったというより、連中が上手くやったといった所だな。命もあった事だし、失敗は今後の教訓にするといい』
「……先人のお言葉、悼みいります」
アンデッドからの忠告ではあったけど、エルビオさんは素直に頭を下げる。
普通に諭す『剣聖』もすごいけど、それを受け入れる『勇者』の度量もさすがだなぁ。
「……そうだな、いつまでも落ち込んでばかりはいられない。僕らは、まだ旅の途中なんだからな」
深く息を吐き出して、気持ちを落ち着けるエルビオさん達に対して、一行のメンバーである神官のヴァイエルさんだけは、浮かない顔でため息を吐いていた。
「ハァ……まさか、迷える魂を救うべき神官が、逆に救われてしまうなんて……」
アンデッドや死霊魔術師の天敵とも言える神官の呟きに、僕達の後ろで小さくなっていたロロッサさんが、ビクリと震える!
そんな小動物みたいな気配を感じたのか、ヴァイエルさんは慌てて首と手を振って見せた。
「あ、違うんですよ!あなた方を、どうこうしようというのではなく……我が身の未熟さを嘆いていただけです」
しょんぼりと落ち込む彼女を、ルキスさん達がポンポンと肩を叩いて慰めていた。
「それにしても……冥界神の加護を受けた、死霊『召喚』師、か……」
珍しすぎる事案に、勇者一行の目がロロッサさんに集まる。
そんな風に、普段から注目される事に馴れていない彼女は、冷や汗を流しながら「うへへへ……」と卑屈な笑みを浮かべていた。
うーん……それじゃ、不審者っぽくて印象がよくないよ、ロロッサさん……。
「今回はアムール達の活躍もあって無事だったけど、君がそんな加護を持っている以上、また邪神教団みたいな連中から狙われる事は間違いないと思う」
「そ、そんなぁ……」
エルビオさんの言葉に、ロロッサさんは泣きそうな声で呟く。
でも、確かにその可能性は高いだろうな。
どこか、安全な場所に保護してもらうのが一番なんだろうけど、彼女の性格や能力的に、受け入れてくれる所もなかなか無さそうだし……。
『いっそ、お嬢もハンターになっちまえばいいんじゃねぇのか?』
不意に、ターミヤさんがそんな事を言い出した。
「ウ、ウチがッスか!?」
『ああ。弟子を取った以上、俺がいつまでもお嬢の護衛をしてられるとら限らんし、ハンターになって自身を守る強さを身に付けたらどうだい?』
なるほど……案外、悪くないかもしれない。
ハンターは様々な権力から独立した存在だけに、身内意識が強い。
その輪の中に入れれば、一方的に狙われる心配も激減するだろうし、少なくとも現状よりは大分マシだ。
「で、でもウチ、知らない人とやっていける自信がないッス……」
自他共に認める人見知りのロロッサさんは、見てる方が気の毒になるくらいに肩を落として俯いてしまう。
そんな主にため息を吐きながら、ターミヤさんは僕の方をチラッと見た。
あ、もしかして……。
『じゃあよ、知り合いのハンターって事で、アムール達のチームに入れてもらうってのはどうだい?』
やっぱり。
そう来るんじゃないかな……と、思った通りの提案を、ターミヤさんは出してきた。
だけど、「ディセルさんを鍛える」と「ロロッサさんを守る」を両立するには、それがもっとも合理的なのも確かだ。
「アムール氏、ディセル氏……」
捨てられそうな子猫みたいな顔で、ロロッサさんが僕達を見つめる。
そんな顔をされたら、答えはもうひとつじゃないですか……。
チラリとディセルさんと顔を見合わせると、彼女も仕方ないといった様子で、頷いた。
「……わかりました。ロロッサさんの身柄は、ボク達で預からせてもらいます」
「おろろーん!ありがとうッス、アムール氏にディセル氏ぃ!」
僕達の答えを聞いた途端、涙と鼻水を流しながら、ロロッサさんはこちらに抱きついてきた。
「ロ、ロロッサさん、落ち着いて……」
「これが落ち着いていられる訳がねぇッス!ウチにとって、お二人がはじめての仲間ッス!」
そ、そうなの!?
あ、でも彼女の能力からすると、それもそうかもしれないと納得できてしまう。
どうしてロロッサさんが森の奥に隠れ住むようになったのか、詳しい経緯はまだ聞いてないけれど、きっとお辛い事情があったんだろうな。
『お嬢に生きてる友達ができて、よかったなぁ……』
ターミヤさんもハンカチで流れる涙を拭いながら、うんうんと僕達の事を眺めていた。
「……なるほど、彼女達なら安心して任せられるな」
「大丈夫……なのか?」
小さなため息を漏らしながら、エルビオさんは笑みを浮かべ
グリウスさんの問いに、エルビオさんはコクリと頷く。
「仮に、何処かの権力者や闇の勢力がロロッサさんの事を嗅ぎ付けても、迂闊にハンターギルドを敵に回すような事はないだろう。それに、僕も正式にアムール達を支持するよう、一筆したためておくさ」
おお!
『聖剣の勇者』が認めてくれたという証明があれば、面倒なトラブルに巻き込まれる可能性はグッと減るだろうし、これはありがたい。
だけど、こうなったからには、あのお誘いは完全にご破算だな。
「すみません、ヴァイエルさん」
「いいえ、少し残念ですがこれもご縁でしょう。あなた方の行く末が明るくなる事を、私も祈らせていただきますね」
勇者のパーティに入らないかと、誘ってくれたヴァイエルさんに頭を下げると、彼女はにこやかにそう言ってくれた。
まぁ、元より断るつもりではあっただけに、よい口実ができたのは良かったのかもしれない。
「僕も残念だよ、アムール」
「一緒には行けませんけれど、またどこかでご一緒できる機会がある事を楽しみにしています」
とはいえ、勇者様達を尊敬はしているものの、正体がバレると困るから、本音を言えば今回みたいな案件はなるべく避けたい。
ひとまず、社交辞令めいた事を言って綺麗に別れるとしよう。
内心でそんな事を考えながら、エルビオさんと握手を交わしていると、不意に彼が僕の前に片ひざをついた。
「アムール……魔王を倒す旅には一緒に行けないが、この戦いの旅が終わった後、君を迎えに来たい。そして、僕と共に歩んでくれないか」
…………ん?
いったい、彼は何を言っているんだろうか?
魔王討伐後に、ハンターにでもなるって事なのかな?
唐突に、エルビオさんから今後の人生プランみたいな話を持ち出されて、僕は困惑してしまう。
すると、急に横からディセルさんの手が伸びてきて、僕の腕を掴むと同時にグイッと引き寄せられた!
◆◆◆
アムールの前に、片ひざをついて、勇者殿はまるでプロボーズのような言葉を口にする。
そんな勇者殿の姿に戸惑うアムールを見た私は、反射的に彼を手元に引き寄せた。
「ディ、ディセルさん?」
愛らしいアムールの顔に困惑の表情が浮かぶけれど、私は答える事なく感情のままに彼に唇を重ねる!
「んっ!」
唐突なキスに、アムールはさらに混乱したようだけど、私は強引に彼を抱きしめながら彼の唇を奪い続けた。
「んっ、んんっ……♥あむっ、ちゅっ、はん……んん……♥あっ……ディセ……さ、ん……んふぅ……はっ……んん……♥」
絡み合う舌と唾液の水音に混じり、時おり漏れる切なげなアムールの声と吐息が、淫靡な唄のように辺りに流れる。
いつしか、彼の方からも求めるように互いの唇を貪っていた私達の情熱的な口交は、五分ほどの長くて短い時間を経て、ようやく終わりを告げた。
「ぷはっ……」
唾液の糸を引きながら唇が離れると、グッタリとしたアムールは私の胸に頭を預けてくる。
そんな彼を撫でながら、私はすっかり固まっている皆……特に勇者殿の方へ顔を向けた!
「ご覧の通り、アムールは私のものです!勇者殿といえど、譲るつもりはありません!」
そして、私はアムールのものだ!
勇者一行が現れてから、アムールが去ってしまうんじゃないかと不安な時もあったけど、彼の気持ちを知った今ならハッキリとそう思える!
勇者殿は、アムールを女の子だと思い込んでるからあんな事を言い出したんだろうけど、それは叶わぬ想いだとしっかり引導を渡してあげなきゃね。
「ア、アムール……本当に君は、その……ディセルさんと……?」
愕然としながらも問いかける勇者殿に、アムールは幸せそうに呆けた顔で笑みを浮かべる。
「そう……でしゅう。ボクとぉ、ディセルしゃんはぁ……相思相愛でぇ、恋人どうし……ですぅ……えへへ……♥」
若干、呂律の回っていないままに、グズグズに蕩けた表情でダブルピースするアムール。
そんな完堕ちしたアムールの姿に、勇者殿は膝から崩れ落ちた!
「そ、そんな……好きになったあの娘が、百合の花園の住人だったなんてっ!」
まぁ、厳密に言えばアムールは女装している男の子なのだから、私とは健全な付き合いをしている訳だが、完全に彼を女の子だと思い込んでる、勇者殿の落胆は大きそうだ。
とはいえ、その誤解をとく訳にもいかないしなぁ。
すんなりと諦めてもらうのが、一番いいだろうとは思う。
しかし、落ち込んでいてはずの勇者殿は、何かの決意を決めた顔で勢いよく立ち上がった。
「……今は、まだ人生経験の足りないアムールが、好奇心から身近な同性とそういった道にハマってしまう事もあるでしょう……だがっ!僕は必ず彼女を、正道へと戻してみせる!」
握りしめていた拳を私に向けて、勇者殿は真正面から宣戦布告してきた!
この期に及んで、その心意気やヨシッ!
「だから、覚えててくださいねぇぇっ!」
だが、そこで気力は尽きたのか、勇者殿は捨て台詞と共に私達に背を向けると、あらぬ方向へと駆け出していった!
「お、おい、エルビオっ!?」
「どこにいくのよ、アンタはっ!」
「そ、それでは皆さん、ごきげんよう」
私達に一礼してから、勇者殿の仲間達も彼を追っていってしまう。
後に残された私達は、呆然としながら、彼等の背中を見送る事しかできなかった。
──なお、このあと正気に戻ったアムールは自分の晒した恥態を自覚して、しばらく叫びながら転がり回る事になるのだけれど、それはまた別のお話。
正直、すまんかった……。




