10 奇襲作戦が一番効果的
「狩人の村が……邪神教団の潜伏場所って、本当なんですかっ!?」
『ああ。なんせ、奴等に殺された村長のワシが言うんだから間違いない!』
「ラースさんが……あの村の村長!?」
僕が驚きの声をあげると、いま気づいたんかい!と、ターミヤさんがツッコんできた。
『以前、お前さんが依頼でうちの村に来た時に、ワシが対応したんだがな』
そうか!
僕は前に一度だけ、あの村に行った事がある。
その時に、生前のラースさんに会っていたんだ!だから、彼はすぐに僕達をハンターだと見抜いたんだな。
でも、スケルトンなっている今のラースさんを見て、それに気づけと言うのは無理があると思う……。
あれ……だけど、狩人の村の現村長は、ラースさんの息子を名乗っていたよね?
僕がその事を告げると、ラースさんは白骨の顔にわかりやすいくらいに、怒りの表情を浮かべる!
『おのれ、ワシらを殺しておきながら好き勝手しやがって!』
「お、落ち着くッスよ、ラース氏!」
いまにも飛び出して行きそうなラースさんを、ロロッサさんが必死になだめる中、ターミヤさんだけは何事かを思案していた。
『これは……好機かもしれんな』
「ど、どういう事ッスか、ターミヤ氏?」
ターミヤさんの呟きに、ロロッサさんが問い返す。
『俺達が邪神教団に対して攻勢に出れなかったのは、お嬢を守る事で数の不利があったからだ。なんせ、あいつらはほとんどの奴が暗殺者としてのスキルを持っているからな』
何度か邪神教団とやり合っているらしい、ターミヤさんの言葉に僕は内心で驚く。
それって、村にいる人のほとんどが暗殺者って事じゃないか!
『しかし、今なら俺の弟子達と『聖剣の勇者』の一行が戦力になる』
そう言って、彼は僕達をチラリと見た。
なるほど……確かに『聖剣の勇者』と『剣聖』が手を組めば、邪神教団がどれだけ束になった所で負けはしないだろう。
「いい考えだと思います。そうすると、僕達はなに食わぬ顔でいったん村に戻って、タイミングを合わせた奇襲作戦が一番効果的なんじゃないですか?」
『そうだな……俺達とお前さんらが繋がっている事を、奴等は知らん。勇者達と協力して、内と外から攻めれば、向こうの数が多くても負けはしないだろう』
僕の提案に、ターミヤさんも賛成してくれた。
でも、それはエルビオさん達が無事だったら……の話だ。
急いで真相を知らせなければ、なにも知らない彼等は敵の罠に落ちるかもしれない!
「とにかく、事情を説明しなきゃならないので、僕達は早急に村に戻って、勇者一行と合流します!」
『確かに、な。だが、ディセルはどうする?まだ、満足に動けるほどには、回復していないようだが?』
ターミヤさんの言う通り、ディセルさんは頑張って起き上がろうとするけれど、それもままならない位に疲弊している。
この状態では回復薬を飲んだとしても、すぐには戦えないだろう。
一応、僕も回復魔法は使えなくもないけれど、攻撃魔法とはジャンルが違うために即座に癒すほどの効果は発揮できない。
そうなると、効果的なのは回復薬と回復魔法の併用か。
「……わかりました。僕が、ディセルさんを回復させながら、村まで運びます!」
そんな僕の言葉に、皆が目を丸くした。
まぁ、それも無理はない。
ディセルさんの胸の辺りまでしかないほどに小柄なうえ、魔法使いは非力な者が多いから。
でも、考えなしに提案した訳じゃないからね?
僕は、自分に身体強化魔法を使い、失礼しますと声をかけてディセルさんをお姫様抱っこする。
「わっ!お、重くないだろうか……?」
「全然、軽いものですよ!」
実際、魔法で強化されている事もあり、ほとんどディセルさんの体重は感じない。
それに、戦士とはいえ乙女でもある彼女に、重いなんて言えるはずもないからね。
「な、なんだかいつもと逆で、少し落ち着かないね」
「そうですね。でも、今は僕を信じて、体を預けてください」
「……うん♥」
きっぱりと告げると、ディセルさんは僕の胸に頭をコツンと充てて、全身の力を抜いてくる。
こんな風に、僕を信頼して全てを預けてくれると、いつも以上に彼女が愛らしく感じてしまうなぁ……。
絶対に僕が守ると心に近って、ディセルさんを抱えた僕はターミヤさん達の方へと振り返った。
「それじゃあ、お先に行きます。しばらくして、派手な攻撃魔法の音がしたら、作戦開始という事でお願いしますね!」
『わかった。それまで、俺達も村の近くで伏せていよう』
『気を付けてな、お嬢ちゃん達!』
僕の正体を知らないラースさんの励ましに、ターミヤさんとロロッサさんが微妙な笑みを浮かべる。
まぁ、いまはその誤解を解く時間も必要もないから、そのままでいいだろう。
「あ、アムール氏!夜の森は迷いやすいんで、この子をナビにするといいッス」
ロロッサさんの手のひらから、淡い蛍の光みたいな物が生まれ、僕達を先導するようにフワフワと漂っていく。
「ウィプスっていう、冥界の精霊ッス。本来は、生きてる人をヤベー罠や危険地帯に誘い込む子なんスけど、ちゃんとアムール氏達を村まで案内するように言ってあるんで、安心してほしいッス!」
あ、安心していいのかな……。
でも、確かに目印も無しにだだっ広い夜の森に入れば、あっさり迷ってしまうだけだろう。
うん、ここはロロッサさんを信じる!
「ディセルさん、しっかり掴まっててくださいね!」
「うん♥」
素直に頷く彼女をさらに強く抱きかかえ、僕はウィプスの導きに従って夜の森へと飛び込んでいった。
◆
「いやぁ、よく無事で戻られましたね」
狩人の村に戻った僕達を、現村長はにこやかに迎えてくれた。
「危うく、危険な夜の森で一夜を過ごす所でした」
夕方から迷っていたという設定で、僕達は適当に相槌を打つ。
現……もとい、偽村長の様子を見るに、どうやら僕達は警戒されていないようだ。
「ところで……アンデッドとは遭遇できましたか?」
「いえ、残念ながら……」
僕の返事に、偽村長はそうですか……と、ため息を吐いてみせる。
その態度は、本当に不安と怖れが入り交じっているように見えて、これが演技なら大したものだと思う。
「勇者殿達の方はどうでした?」
抱きかかえてきた事もあり、村に入る前までは甘える子犬みたいだったディセルさんだけど、いまはしっかりと戦士の相貌に戻っている。
そんな彼女の問いに、偽村長は首を横に振った。
「そちらも、成果はなかったそうです。少々お疲れなのか、すでに休んでおりますよ」
「そうなんですか……」
「まぁ、お二方も今日はゆっくり休んでください」
ちょうど話が一段落ついた時に、お手伝いさんが僕達にお茶を持った来た。
目の前のテーブルに置かれたお茶から、ふわりとした香りが立ち上る。と、次の瞬間!
突然、ディセルさんがテーブルを蹴りあげ、お茶ごとひっくり返した!
「っ!」
自分達に降りかかりそうなった液体を、偽村長達は予想以上に俊敏な動きでかわす!
「なっ、何をするんですかっ!」
戸惑いながら非難する偽村長に、ディセルさんは冷たい表情を向けた。
「それはこちらのセリフだ。茶に毒を入れて、どういうつもりだい?」
毒っ!?
驚く僕に対して、偽村長達も似たような顔をする。
「茶の香りで誤魔化せると思ったのかもしれないが、獣人族の嗅覚を舐めない事だ」
自らの鼻に指を当て、勝ち誇るディセルさん。
そんな彼女に向かって、舌打ちする偽村長の顔がみるみる歪んでいく。
「なるほどな、犬っころの鼻を舐めていわ」
んんっ!
ディセルさんに対して失礼なっ!
紳士然としていた仮面を脱ぎ捨てた偽村長は、邪悪な笑みで悪態をつきながら身構えた。
できれば奇襲による先手をとりたかったけど、こうなれば正面からの戦いは免れない。
しかし、その前に確認だけはしておかなきゃならない事が、ひとつだけある。
「勇者は……エルビオさん達は、無事なんですか?」
「ふっ……もちろん、捕らえてあるさ」
捕らえて……ということは、生きてるんだな。よかった……。
しかし、なんで殺さなかったんだろう?
勇者は邪神の天敵だろうに……。
そんな思いが顔に出ていたのか、偽村長はまたしても意地の悪そうな顔で笑みを浮かべた。
「勇者一行は、これから念入りに穢して、穢して、穢して、穢しつくして、絶望で壊れた奴等の魂を邪神様への供物とするのだ!」
偽村長とお手伝い女性は、語りながら恍惚とした表情になっていく。
くっ、まさに邪神への狂信者だ。
「さて……勇者には利用価値があるが、お前らにはそれはない。しかも、魔王軍からも始末するように指示がきている」
魔王軍から!?
ああ、でも四天王の一人を倒してるから、そういう事もあるか。
「フフフ。そんなに警戒されるとは、さすが私のアムールだな」
少し驚いた僕と違って、ディセルさんは自慢気に言いはなった。
魔王軍に目をつけられたというのに、この女性なんて強気で返すんだろう……好き♥
「え、お前ら女同士でそういう関係?」
「ちょっと引くわー」
熱く見つめあう僕達に、偽村長達は顔をしかめる。
いや、邪神なんかを信奉してる人達に「引くわ」とか言われると、心外なんですけど!
「まぁ、そういう関係なら一緒に死ねて本望だろう!」
「いいえ、そんなつもりはありませんよ!」
偽村長達が隠し持っていた武器を抜いたのと同時に、僕は密かに準備していた爆発魔法を発動させた!




