09 『領域』に達しているかい?
『さて……テストを始める大前提なんだが、お嬢ちゃんは『領域』に達しているかい?』
「もちろんです」
ターミヤさんの問いに、ディセルさんは真剣な目付きで頷いた。
──『領域』。
それは、ある一定の力量を越えた同職者達が踏み込める、精神的な戦闘フィールド。
例えば剣士同士なら、わずかな筋肉の動きや呼吸、目線に気配などで、肉体は動かさずとも実際に戦ったのと同じような経験を得られるという、模擬戦の極地である!
「言ってみれば、究極の『ブンドド』ッスね」
一緒に見学している、ロロッサさんが「上手い事言った!」みたいな表情で、僕を見る。
……確かに、小さな子供が妄想の中のドラゴンや騎士で、『ブーン!ドドド……』と戦いを繰り広げるのと似てるかもしれないけど、そう言われてしまうと途端にスケールが小さくなってしまう気がするのは何故だろう……。
なんとなく腑に落ちない物を感じつつも、僕達の前でディセルさん達の間に緊張感が高まっていくのを感じて、見ているこちらにも力が入ってくる。
剣を構え、真剣な面持ちのディセルさんに対し、全身をリラックスさせてダラリと立つターミヤさん。
「いきます!」
『おうよ』
小さく言葉を交わしたのを皮切りに、ギチッ!と空間が歪む音が聞こえた気がするほどの圧力が、二人から噴き出した!
ピクッピクッと、小刻みに動く彼女達だけど、端から見ている僕達には感知できない、イメージの中では激しい斬り合いをしているはず!
そんな、声を出すことすら憚られる長くて短い時間が流れ、唐突に消滅した圧力が、二人の戦いの終わりを告げた!
「ガハッ!」
「ディセルさんっ!?」
血を吐くような勢いで咳き込んだディセルさんは、滝のような汗と共にその場に崩れ落ちる!
慌てて駆け寄った僕は、彼女を抱きかかえるながら上体を起こした。
「ハァッ!ハァッ!ハァ……」
支える僕に気づかないくらいに朦朧とした意識の中で、彼女は全身を使って呼吸しなければならないほど消耗している。
ほんの一分にも満たない架空の戦闘で、こんなにもボロボロになるなんて……。
『だいたい、二千試合……そのうち、俺に手傷を負わせたのは五、六回ってところか』
疲労困憊のディセルさんを見下ろしながら、ターミヤさんはポツリと呟いた。
そ、そんな回数をこなして、たったそれだけ!?
ディセルさんだってかなりの腕前なのに、ターミヤさんはどれ程の頂にいるというんだ……。
伝説の『剣聖』の称号に相応しい強さを見せる彼だけど、それじゃあこのテストは……。
『ん!合格っ!』
両手で丸を描きながら、ターミヤさんは満面の笑みでそう告げてきた!
って、合格!?
僕だけでなく、ディセルさんも少し驚いているようなんですけど?
『おいおい、自分で言うのもなんだが、俺に数回も打ち込めるだけで大したの物だぞ?それに、お前さんの動きや太刀筋には、俺の『抜刀術』に向いている、しなやかさを感じたからな』
そうか……強さだけでなく、身体能力からも後継者の素質を見出だしたって事か……。
「さすがディセルさん!すごいです!」
『そこは俺を誉める所じゃないの……?』
少しいじけたようにターミヤさんが呟くけど、僕にしてみれば剣聖に認められたディセルさんの方がすごいと思ったのだから、仕方ない!
そんな僕の言葉に、ディセルさんもどこか誇らしげに微笑んだ。
「あの~、とりあえずディセル氏は休ませた方がいいと思うんスけど……」
いまだ荒く息を吐く彼女を見て、心配したロロッサさんが声をかけてきた。
「そうですね。ディセルさん、ひとまず回復薬を飲んでおいてください」
僕はポーチから回復用の水薬を取り出して、彼女の前に差し出す。
しかし、ディセルさんはそれを受け取ろうとせずに、なにかを期待するような目で僕を見つめてきた。
これはもしや……。
「……口移しで飲ませてほしいと?」
僕の問いに、ディセルさんはコクコクと頷く。
「むむ!ディセル氏ってば、攻めるッスね」
『隙あらばイチャつこうとしやがって……』
呆れたような二人の言葉が、チクチクと刺さる。
それでも彼女が望むならば、僕はできるだけ応えてあげたい!
なので、回復薬の蓋を開けて中身を口に含むと、僕は目を閉じてウェルカム状態なディセルさんの唇に……。
『なんだ、見ない人間がいるな』
っ!?
突然、あらぬ方向から聞きなれぬ声がかけられ、驚いた僕は口の中の薬を吹き出してしまった!
「ギニャァ!」
当然、僕の目の前にあったディセルさんの顔面に、薬液はぶっかけられる!
ああっ!ごめんなさい!
ドロドロになった彼女の顔を慌てて拭いていると、謎の声の主らしい人影が二つ、暗い森の奥から姿を現した。
それは、ターミヤさんと同じように、自意識を持ったスケルトン。
違いといえば、弓を担いだ猟師風な外見に、頭髪の代わりに口髭が付いている所かな。……ターミヤさんの髪はともかく、あの髭はどうやって生えていんだろうか?
そんな彼の、腰にぶら下げている「仕止めたばかり」といった数羽の鳥を見るに、猟を終えて戻ってきた所なんだろう。
そしてもう一人は、半透明なメイド姿の美女。
こちらは大きなカゴのような物を背負っているけれど、中身は洗濯物のようだ。
声は出さずに、驚いたような表情で僕達を見ている。
「ああ、ラース氏にリズ氏。おかえりなさいッス」
声をかけるディセルさんに、猟師スケルトン……ラースさんは片手をあげて応え、ゴーストメイドのリズさんは、ペコリと一礼した。
『んで、そっちの眼鏡のお嬢ちゃん達は、ハンターだろ?なんだってハンターが、こんな所にいるんだ?』
一目でハンターだと見破られ、一瞬ドキッとしたけれど、ディセルさんの首輪には認識証が付いてるし、よく見ればすぐにわかるか。
怪訝そうに僕達を見るラースさんに、慌てて家の中に飛び込んでしまうリズさん。
ううん、警戒されてるなぁ。
「リズ氏なら、たぶんアムール氏達にお出しするお茶を用意しに行っただけだから、気にしなくていいッス」
あ、そうなんだ。
怖がられてなくて良かったと思っていると、ロロッサさんは僕達の事をラースさんに説明し始めていた。
ただ、引きこもりで対人スキルが低い彼女の話の仕方は、どこか要領を得ず「説明が下手か!」と思わくもない。
むしろ、僕が説明した方が早いかも……なんて考えていた時、ちょうどお茶を乗せた盆を持ってリズさんが戻ってきた。
お茶の入ったカップを、ゴースト特有の能力でフワフワ浮かせながら、僕達の所に届けてくれる。
「あ、ありがとうございます」
お礼を言うと、彼女はニコニコと笑顔を返してきた。
「ディセルさん、お茶です。飲めますか?」
まだ回復しきっていないディセルさんだけど、リラックス効果が有りそうなこのお茶なら、回復の助けになるかもしれない。
受け取ったカップを彼女に差し出そうとすると、再びディセルさんはキラキラと何かを期待する瞳を、僕に向けてきた。
こ、これは……今度こそ、口移し……ですか?
僕の表情から思考を読み取った彼女は、その通り!と言わんばかりに頷いた!
んん……仕方ない!
僕はお茶を口に含み、今度こそディセルさんの唇に……。
『邪神教団を壊滅させるために、『聖剣の勇者』が近くに来てるだとぉ!』
突然、ラースさんの怒号が響きわたり、それに驚いた僕はまたお茶を吹き出してしまった!
「ギャワァ!」
またも顔面にぶっかけられ、悲鳴をあげるディセルさん!
ご、ごめんなさいっ!
僕は、急再度ドロドロになった彼女の顔を急いで拭く。
それにしても、なんだって急に大声を……。
いいところで邪魔された僕達は、ぶっかけの原因となったラースさんへ視線を向ける。
すると、白骨に薄暗い笑みを浮かべた、彼の顔が飛び込んできた。
『そうか……いよいよ、ワシの復讐が成る時が来たんだな!』
『聖剣の勇者』が絡んでいる、今が千載一遇のチャンス!と、ラースさんは盛り上がるが……彼は邪神教団に殺された犠牲者だったの?
「あ、あのっ!ラースさんは、邪神教団の居場所を知っているんですか!?」
彼に話を聞けば、奴等の根城へ案内補足できるかもしれない。
けれど、いまのアンデッド姿ではエルビオさん達の前には出られないだろうから、僕達が間に入らないと……と、思って声をかけたんだけど、ラースさんの口からは意外な場所が飛び出してきた!
『もちろんじゃ!ワシの村……『狩人の村』が、いまの奴等の潜伏場所よ!』
な、なんだってー!あの『狩人の村』が、邪神教団の!?
困惑する僕達の脳裏に、緊急事態の鐘が鳴り響く!
勇者一行が危ない!と。




