07 ウチは、悪い死霊魔術師じゃない
「『剣聖』ターミヤ……だと……」
ディセルさんが、愕然とした様子でその名を呟く。
だけど、彼女がこんな反応をするのも納得だ。
だって、『剣聖』といえば戦士職ではない僕でも、その名を知っているほどなんだから。
──曰く、異世界から来た剣士に師事して、『抜刀術』と呼ばれる独特の剣技を開発した開祖。
さらに、異世界の師匠から教えられた特殊な剣の製造法をドワーフに伝授して、先程ディセルさんが呟いた『ニホントウ』なる片刃の剣を生み出したのだという。
ただ、三百年ほど前にターミヤが天寿を全うしてから後は、『抜刀術』も『ニホントウ』も取り扱いの困難さから、次第に廃れていったらしい。
現在では、わずかに『ニホントウ』の流れを汲む片刃剣が残っているだけで、『抜刀術』は文字通り歴史の本の中に残るのみである。
「まさか、そんな……」
思わず言葉を漏らした僕に、ディセルさんは軽く首を横に振った。
「あの神速の剣技……あれは話に聞いた、『抜刀術』に間違いない」
た、確かに、ディセルさんが庇ってくれなかったら、僕は最初の一撃で斬られていただろう。
『カカカ……あれでも、手加減はしたんだぜ?できれば、女子供は斬りたくないからなぁ』
なっ!?
あれで、まだ本気じゃなかったっていうのか!?
でも、その言葉に偽りが無い事を感じられて、僕もディセルさんもゴクリと息を呑んだ。
ど、どうしたらいいんだ……。
たぶん魔法を使おうにも、詠唱が完成するより早く斬られそうな気がする。
そんな時、突然ディセルさんが、僕とターミヤの間を阻むように立ちふさがった。
「アムール……私が時間を稼ぐから、君は自分の身を守って。そして、私が斬られているうちに逃げるんだ!」
「なっ!? 何を言ってるんですか!」
「悔しいが……私の実力では、命がけで足止めするのが精一杯だ。だけど『聖剣の勇者』達なら……」
「バカな事を言わないでください!逃げるなら、二人一緒にです!」
「だけどそれじゃ……」
「僕が、ディセルさんを置いて行けるわけがないじゃ無いですかっ!」
「アムール……」
『……素晴らしい』
「っ!?」
僕とディセルさんがお互いを想って言い争いをしている所に、突然ターミヤがパチパチと拍手をしながら言葉を挟んできた。
『んもう、仲間の友情とか絆を見せられたら、おっさん感動しちゃうじゃないか!』
どこから沸き出したのか、涙を流しながらスケルトンの剣聖は鼻をすする。
そして、懐から取り出したハンカチでそれらを拭うと、真面目な表情である条件を出してきた。
『二人の絆に免じて、俺の質問に答えたら生かして返すと約束しよう』
「質問……?」
意外な申し出だけど、これはチャンスだ!
うまくこの場を切りぬけられれば、エルビオさん達と合流して万全の体制で反撃に出られるかもしれない。
「……何を聞きたいんですか?」
僕がそう返すと、ターミヤは器用に白骨の顔を歪めて笑みを形作った。
『なぁに、簡単な事さ。お前さんらは見たところハンターのようだが、誰に雇われたのかを聞きたい』
雇い主?
一瞬、狩人の村の人達が頭に浮かんだけれど、正式に彼等から依頼を受けた訳ではないし……。
「強いて言うなら、『聖剣の勇者』一行……ですかね」
『『聖剣の勇者』ぁ!?』
文字通り、顎が外れるほどの大口を開けて、ターミヤが驚きの声をあげた!
『おいおいおい、なんでそんなのが出場ってくるんだ?』
「それは……この周辺に邪神を信奉する一団がいると、勇者様達が神託を受けて調べに来たんです。そうしたら、森でアンデッドを使役する死霊魔術師の話を聞いて、それは怪しいと……」
『むぅ……確かに怪しいっていうのは否定はできないが、そいつは誤解ってもんだ。なんせ、俺達はその邪神教団からお嬢……もとい、マスターを守るのが役目なんだからな』
「なっ!?」
つまり、このターミヤを使役している死霊魔術師は、邪神の信奉者達と敵対している!?
それは……いったい、どういう状況なんだろう。
『うーん、これは状況を確認するためにも、一度しっかり話をした方がいいかもな……』
……確かに、そうかもしれない。
それに、アンデッドながらこうして理性的に話ができるターミヤ……さんを使役している死霊魔術師は、ひょっとしたら邪悪な存在ではないかもしれないし……。
そういえば前にお祖母ちゃんも、どんな職種にも相反するような気質の人間はいるって言ってたっけ。
「どうする、アムール?」
答えはわかっているだろうけど、敢えて問いかけてきたディセルさんに、僕は頷いてみせる。
「ええ、会いに行きましょう。彼の主、その死霊魔術師に」
◆
ターミヤさんに先導されて、僕達は夜の闇に塗りつぶされた森を、さらに奥へと進む。
『この辺は、生き物の感覚を狂わせる結界が張ってあってな。俺達のようなアンデッドか、その案内がなけりゃ目的の場所に行けないようになってるのさ』
「なるほど……どおりで、さっきから私の鼻が効かなくなった訳だ」
鋭い感覚器官を持っている、獣人族のディセルさんでさえ迷うというのか……もしも僕だけだったら、野垂れ死にしてたかもしれないな。
そんな怖い想像をしながらも、僕達は先をいくターミヤさんを見失わないように注意しながら後を追う。
やがて、鬱蒼とした木々が開けた場所へとたどり着き、その中心にポツンと建てられた一軒の家が視界に入ってきた。
『あれがお嬢……マスターの住んでる家さ』
ターミヤさんが家を指差しながら、僕達に告げる。
そこで僕は、少し気になっていた事を、ターミヤさんに尋ねた。
「あの……貴方達のマスターっていうのは、もしかして女性なんですか?」
『まぁな』
先程から訂正しながらも、時折「お嬢……」と言っている所から、そうなのかなとは思っていたけど……。
でも、女性で死霊魔術師っていうのは珍しいな。
その身に新しい命を宿す女性は、死の闇を纏う方面の魔術にはほとんど適正がないなんて話もあるのに。
『まぁ、確かに珍しいな。あと、その性格も珍しいタイプの人だから、面倒くさいかもしれんが、大目に見てやってくれ』
そう、ターミヤさんが言ったとのほぼ同時に、家の扉が開いて、中からぬっと人影が姿を現した。
あれが……件の死霊魔術師!?
全身を黒で統一したコーディネイトにくわえ、目が隠れるほど伸びた前髪が、どことなく陰鬱な印象を与える。
身長はディセルさんと同じか、少し高いみたいだけと、猫背ぎみなせいもあって実際より小さく見えた。
だけど、そんな地味な印象にそぐわないほど特徴的なのは、彼女の胸!
遠目に見ただけでも、おそらくディセルさんと同等……いや、向こうの方が大きいと思われる!
もしかしたら、その大きな胸のせいで猫背になっているんじゃないだろうか……恐るべし、死霊魔術師!
そんな、バカな事を考えていたら、彼女は体のコリをほぐすようにグッと体を伸ばしたりしていた。
と、不意にこちらに顔を向けた彼女と、僕達の目がバッチリと合ってしまう。
すると、死霊魔術師は「ヒエェェェッ!」と情けない悲鳴をあげて、ペタリとその場に尻餅をついた!
「う、うあっ!ターミヤ氏、その人達はどなたッスか!?」
『ああ、彼女らは『聖剣の勇者』の……』
「せ、『聖剣の勇者』ぁ!?」
ターミヤさんが僕達の事を詳しく紹介する前に、彼女は驚愕の声をあげた!
「そ、そ、そんなぁ……『聖剣の勇者』に狙われるなんて、ありえないッスよぉ!」
アワアワしながら怯える死霊魔術師は、ふと僕と目が合うと低空タックルのごとき鋭さですがり付いてきた!
「お願いします、見逃してほしいッス!ウチは、悪い死霊魔術師じゃないんスよぉ!」
「ちょ、ちょっと!落ち着いてください!」
泣きじゃくりながら僕にしがみつく彼女を、なんとか引き剥がそうとするけれど、見た目以上の力で食い下がる!
「拷問とか処刑とか、勘弁してほしいッスぅぅぅっ!」
「こ、こら!少し冷静になりなさいっ!」
ディセルさんも僕から離れさせようと、彼女を後ろから引っ張った!
が、その拍子にズルリと、僕の身に付けていたスカートごと、下着までが引き落とされてしまう!
すると当然のように、ポロンと顕になった僕の股間が、死霊魔術師の眼前に晒される形になった。
「ひゃあぁぁぁぁぁっ!」
「びえぇぇぇぇぇぇっ!」
「うおぉぉぉぉぉぉっ!」
僕と死霊魔術師の悲鳴、そしてなぜか興奮したようなディセルさんの雄叫びが響き渡る!
そんな中、僕は慌ててスカートを引き上げたけど、思いきり彼女に見られてしまった訳で……。
「お、おちん……ち……」
ヘタをすれば変態と罵られる事も覚悟していたけど、色々な情報が許容量を越えてしまったのか、死霊魔術師は小さく呟きながら気を失ってしまった。
後に残されたのは、ひとすじの鼻血を流しながら慈しみの目で僕を眺めるディセルさんと、『お前……男だったのか』と呆然とするターミヤさん。
そして、また新たな人物に秘密を知られてしまって愕然とする僕だった……。




