02 さすが『孤高の眼鏡ボクっ娘魔法使い』!
──ギルドの扉を開き、僕は中へと足を踏み入れる。
一瞬、チラリとこちらを伺う視線が集中するけれど、見慣れた顔だとわかると、すぐに興味を失って元の話題に戻っていった。
ざわざわと騒がしいハンター達の間を抜けて、僕は受付の係員へ声をかける。
「あら、アムールさん。お疲れ様です」
にこやかに挨拶をしてくる受付嬢のネッサさんに、僕も笑顔で挨拶を返した。
ソロの魔法使いで十五歳のC級ハンター、アムール(♀)。
それが、いまの僕の身分だ。
追放されたアムルズという正体を隠すための偽名だけど、名前どころか性別や年齢も偽っている。
これがバレたら、良くてハンターの資格を剥奪、悪るければ投獄されてもおかしくない。
だから、絶対に正体がバレてはいけないので、どこかのパーティに参加する訳にもいかず、こうしてソロで活動をしているのである。
それでも、コツコツとやってきたお陰か、わずか半年でC級にまで昇格する事ができたのは幸いだった。
お陰で、定住する宿が借りられ、生活に困らない程度にはお金を稼ぐ事ができているのだから。
「今日は何か依頼がありますか?」
「うーん、そうですねぇ……」
僕の問いかけに、ネッサさんは、手元の依頼書をパラパラとめくる。
「今の所、D級相当の依頼は来ていませんね。アムールさんがパーティを組めば、C級の依頼を斡旋できるんですが……」
そう言いながら、彼女は僕の顔をチラリと見た。
同じC級でも、パーティと個人では、受けられる依頼に差が出てしまう。
それも当然で、いくら個人の技能が高くても、一人で出来る事には限度があるからだ。
依頼の失敗はギルドの信用にも関わるので、成功率が低くなるようなソロのハンターには、ワンランク下の依頼までしか斡旋できないというルールができていた。
だから僕もC級ではあるけれど、D級相当までの依頼しか受けられないという訳だ。
「アムールさんなら、引く手あまたですよ?実際、パーティを組みたいってチームは沢山いるんですから」
「そ、そうなんですか」
「そうですよ!たった半年でC級まで上り詰めた、『孤高の眼鏡ボクっ娘魔法使い』として有名なんですから!」
そ、そんな呼ばれかたしてたの!?
わりと頻繁にギルドには顔を出していたけど、まったく知らなかった……。
「アムールさんなら、いずれこの支部で初のA級にも届くんじゃないかって、職員達も期待してますから!」
熱く語るネッサさんには悪いけど、僕はそこまで昇格に積極的じゃないんだよなぁ……。
でも、思った以上に僕は目立ってしまっていたらしい。
もう少し、仕事の頻度を下げた方がいいのかもしれないな。
「あ、他のC級チームと合同という形なら、依頼もありますけど、どうなさいますか?」
「うーん……」
思い出したように尋ねてくる彼女の言葉に、僕は少し思案する。
たったいま、あまり目立ちたくないと思っていた事と、合同というのが引っ掛かる。
他のチームの人達と一緒に仕事をした事は何度かあるけれど、報酬の分配が面倒だしその度にチームへの勧誘やなんかがすごくて、断るのに一苦労なんだよね……。
熱心に誘ってくれる人達を断る心苦しさは慣れないし、仕事後の事を思うとソロの方が気楽でいいかなぁ。
「やっぱり、ソロで受けられる依頼を待ちます」
「くうっ!さすが『孤高の眼鏡ボクっ娘魔法使い』!その揺るがぬ姿勢、燃えるわっ!」
拳を握り、うんうんと一人で納得するネッサさん。
こだわりとかじゃなくて、保身のためですいません……。
「とりあえず、もう少ししたら次の依頼書が届くと思いますので、よかったらお茶でも飲んで待っててください」
「え、でも他のハンターもいるのに優先してもらうのは……」
依頼は飯のタネ。僕が優遇されれば、他にワリを食うハンターがいる訳で、それは申し訳ない。
「大丈夫です!他のハンターの手には負えないような、上限ギリギリの面倒な依頼を斡旋しますから!」
いっそ清々しいくらいに、ネッサさんはぶっちゃける。
うーん、でもそういう事なら優遇してもらってもいいかな?
「それじゃあ、お言葉に甘えさせてもいますね」
「はい!依頼をガンガンこなして、ランクをドンドン上げてくたさいね!」
「は、はは……」
ネッサさんからの熱意に圧されて、僕は苦笑しながら受付を後にした。
◆
フロアの角に設置されているソファに座り、テーブルへ運ばれたお茶をいただいていると、不意に入り口の方からざわつく声が聞こえてきた。
何事かな?と、そちらの様子を伺うと……コツコツと足音をさせながら、腰にロングソードを下げた一人の女剣士が姿を現す。
その姿に、僕も一瞬だけ目を奪われてしまった。
黒曜石のようなきらめく黒髪に、軽鎧の上からでもわかる鍛えられた肉体。
それでいて、女性特有の体のラインは流れるように凹凸がくっきりしていて、芸術的ですらある。
だけど、それよりも周囲をざわつかせた理由……それは、彼女の頭部にピンと立つ獣のような耳と、おしりの辺りに揺れるフサフサの尻尾だった。
「獣人族……」
僕は、ついポツリと呟いてしまった。
そんな僕をチラリ一瞥した彼女は、周りの目など歯牙にもかけずに、真っ直ぐ受付へと向かう。
「すまないが」
「は、はい!」
どこか気品のある声で、獣人族の剣士は受付のネッサさんに話しかけた。
「ハンターの登録をしたい。申し込みは、こちらでいいのだろうか?」
「えっ!?」
彼女の申し出に、ネッサさんだけでなく部屋全体に奇妙な空気が流れる。
「あ、あの……申し訳ありませんが、現在は獣人族の方の新規登録は行えません……」
「……獣人族はハンターになれないと?」
「い、いえ獣人族のハンターの方も、いるにはいますが……」
「では、私も……」
「その辺にしておきな、ねーちゃん」
受付のネッサさんに食い下がろうとした獣人族の剣士を、数人のハンターが取り囲んだ!
たぶん、助け船を出したんだろうけど……バチバチと高速でウインクしたりして、ネッサさんへのアピールが露骨すぎる。
そのせいで、彼女は少し引いているようだった。
それはさておき、囲まれた獣人族の剣士の方はといえば、そんな状況ながらもまったく動じる事なく、ハンター達の動向を冷静に見つめている。
「登録はできないって言ってるんだ、さっさと消えな!」
「そうだ!邪神軍に付いた獣人族が、新規でハンターに成れる訳がねぇだろうが!」
「私をあんな奴等と一緒にするな!」
ハンターのひとりが放ったその言葉に、獣人族の剣士が激昂したように吠えた!
その圧力に、思わずハンター達は武器に手を伸ばす!
「ほぅ?私としては喧嘩を売るつもりはないが、火の粉が振りかかるなら、払うくらいの事はするぞ?」
口の端に好戦的な笑みを浮かべながら、獣人族の剣士も腰に下げた剣の柄を握った!
……っと、そろそろマズい。
このままではハンター達が危ないと判断した僕は、ソファから立ち上がると両者の間に割って入った。
「その辺にしておいてください。施設内での刃傷沙汰は、ご法度ですよ!」
「ア、アムールちゃん!」
「君は?」
介入した僕に、ハンター達は笑みを浮かべ、獣人族の剣士は怪訝そうな表情を浮かべる。
「フヘヘ!うちのギルドでもっとも勢いのあるC級ハンター、天才美少女魔法使いのアムールちゃんを知らねえとはな!」
「彼女は、このギルドでも常にトップクラスで支持される、可愛さと実力を兼ね備えた美少女だぜ!」
「告白して玉砕した男の数も、星の数ほどいるんだからなぁ!」
そう言った、ハンターの瞳は涙に濡れていた。
星の数ほどっていうのは誇張しすぎだけど、もしかしたらあの人も断った中にいたのかもしれないな。
まぁ、こんな格好をしてるとはいえ、さすがに男の人とお付き合い出来るわけないしね。
「美……少女?」
だけど獣人族の剣士は何かが気になるのか、スンスンと鼻を鳴らし、さらに困惑したような表情になった。
「君達は何を言っているんだ?この子はおとこ……」
「おー、男の人から人気がそんなにあったなんて、お、驚いたなぁー!」
彼女がとんでもない事を口に出しそうになって、僕は思わず大きな声を張り上げてしまった!
そんな僕に対して、獣人族の剣士は驚き、ハンターさん達は「いい大人が、非公認で美少女のファンやっててすいません……」と落ち込んでしまう。
うう……なんかごめんなさい……。
と、とにかく!
場を取り繕うために、僕は獣人族の剣士に声をかける。
「ええっと、獣人族の剣士さん……」
「私の名はディセルという」
「ああ、それじゃあディセルさん。さっき、こちらのハンターさん達が言ったように、今の状勢では獣人族の人は新しくハンターには成れないんです」
「そうか……。それは……困ったな」
「ですけど、救済措置もあったはずです。そうですよね、ネッサさん?」
「は、はい!確かにそういったありますが……」
そう言いながら、彼女は取り出したマニュアル書をめくる。
「い、一応ですね、C級以上のハンターさんが身元保証人になって、さらに一定の功績をあげた場合にのみ、獣人族の方がハンターの資格を得る事が出来ます」
「なるほど。しかし、私にそんな知り合いは……」
言いかけたディセルさんが、僕の方を見てにんまりと笑った。
「そうだね、ならばこれも何かの縁だ。私の身元保証人はこちらの少女にお願いしたい」
『少女』という部分を強調する辺り、僕の性別については完全に確信してるんだろう。
「おい、アンタ!ふざけた事言ってんじゃ……」
「彼女はC級なのだろう?同意が得られれば、問題はないだろうに」
勝ち誇った笑みを、僕に向けるディセルさん。
「よろしく頼むよ、アムールくん?」
「は、はい……。アムール、身元保証人になります……」
彼女の笑顔の裏にある、『断ったらバラしちゃうぞ♥』といった無言の圧力に、僕は屈するしかなかった……。