01 『レギーナ・レグルス』の昇級が決まりました
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邪神により選ばれた魔王が支配する地域、いわゆる魔界において、ひとつの事件が魔王軍を震撼させていた。
その事件とは……。
「スウォルドが敗れた……だと?」
「あの不死身の吸血鬼が?本当なの、それ」
「ああ、残念ながら事実のようだ」
わずかな照明によってぼんやりと照らされる、とある広い部屋の中。
中央に配置された円卓に座る者達が、いま魔界を揺るがしている『吸血鬼王の敗北』について話し合っていた。
この三人こそ、スウォルドと同格の、残る魔王四天王達。
三メートル近い身長と、鋼のような筋肉の鎧を纏う『鬼人王』ラグロンド・ムマンガ。
匂い立つ色気を振り撒き、肢体に張り付くような衣装を纏った扇情的な美女『淫魔女王』ウェルティム・アレビレア。
そして、豪奢な漆黒の法衣を身に付け、白骨化した頭蓋骨の瞳に赤い炎を宿した『死霊王』フハイン・マスターナの三人である。
「太陽すら克服した吸血鬼を倒すなど、いまいち信じられんが……まさか、『聖剣の勇者』か?」
「いいや……『ハンター』と呼ばれる連中を知っているだろう?」
宿敵の名をあげ、ニヤリと笑うラグロンドに対して、フハインは否定の言葉と共に首を振ると、意味深に問いかけた。
「たしか、人間のモンスター退治組織よね……って、ちょっと、まさか!?」
身を乗り出しだラグロンドとウェルティムに、フハインはコクリと頷く。
「そのハンターの一人……なんでも、『アナルブレイカー』の二つ名をもつ、人間の魔法使いに殺られたそうだ」
「『アナルブレイカー』!?」
その酷い二つ名に反応した鬼人王と淫魔女王が、ギョッとした様子で声を上げた!
「な、なんだその異名は!? ふざけているのかっ!」
ラグロンドがダン!と激しく机に拳を打ち付けながら吠える!
そのもっともな反応に、死霊王はため息のようなものを吐いて、落ち着けと促した。
「ふざけてなどいない。実際、スウォルドの奴は尻に杖の先をブチ込まれて、敗れたそうだ」
「あら、すごい♥」
にちゃ……っと粘つく笑みを浮かべる淫魔女王に、二人の幹部は嫌そうな表情で視線をそらす。
「と、とにかくだ!我らの怨敵である『聖剣の勇者』ならいざ知らず、在野のモンスター退治なんぞやっている雑魚に敗れたとあっては、四天王の沽券にかかわるぞ!」
「その通りだ。早急に、スウォルドを殺した『アナルブレイカー』を始末せねばならん」
「その物言いだと……もう手は打ってあるのかしら?」
「ククク……もちろんだ」
含み笑いを漏らしながら、フハインは骨だけの拳を握る。
「あの周辺に潜伏している、我等が神を信奉する教団に、すでに指令を飛ばしてある」
「フッ……なるほどな」
「闇に紛れる暗殺者の群れに狙われては、『アナルブレイカー』とやらもおしまいね……できれば一度、試してみたかったけど」
ウェルティムの台詞に、男二人は「イヤイヤイヤ……」と小さく手を振りながら、その話題から逃れるように次の議題を持ち出して、話を変えていった。
◆◆◆
「くしゅん!」
急に背筋にゾクリとした物を感じて、僕は大きなくしゃみをひとつした。
なんだろう……どこかで誰かが、僕の噂でもしてたんだろうか。
「大丈夫かい、アムール?」
隣を歩いていたディセルさんが、ひょっこり僕の顔を覗き込んでくる。
「え、ええ。大丈夫ですよ」
「うん、それならよかった」
ニコリと微笑んで、彼女はまたピタリと元の位置に戻った。
う、うーん……。
吸血鬼王スウォルドを倒してから数日が経ち、日常に戻った僕達は、いつものように依頼を終えた帰路についていた。
ただ、この前のキスの一件から、ディセルさんがずっとこの調子なのである。
良く言えば、姫を守る騎士。悪く言えば大きな忠犬といった感じで、常に僕から付かず離れずの位置をディセルさんはキープしていた。
実際、戦闘の最中でもいいタイミングで僕を守ると、『ほめて!』といった感じで、チラチラと見てくる事が多くなっている。
そんな時に賞賛すると、顔ではクールに決めながらも尻尾がブンブン振れてたりするのだ。
いや、それは自体はすごく可愛いし、良いことなんだけどね。
ただ、その度に守られる喜びと情けなさみたいな物が入り雑じって、複雑な気持ちになる。
パーティなんだから、役割分担の範疇と割り切ればいいんだろうけど……やっぱり男としては、お姫様みたいに守られてばかりよりも、僕がディセルさんを守りたいって気持ちもあるのだ。
そんな、少しばかりのモヤモヤを抱えたまま、僕達はバートの街へと帰還した。
依頼の完了をギルドに報告するため、僕達はまっすぐ支部へと向かい建物に入ったんだけれど……何やら室内の雰囲気がおかしい。
何かあったのかな……?
そう思って、手近にいたハンターに声をかけると、思わぬ情報が彼の口から飛び出した!
「せ、『聖剣の勇者』一行がこの国に!?」
「そうなんだよ。なんでも、この前の吸血鬼野郎の事で、情報を集めに来てるらしいぜ」
もしも会えたら、サイン貰わなきゃ!と瞳を輝かせるハンターに礼を言って、僕はその場を離れた。が……。
し、しまったあぁぁ!
そりゃ、こんな辺境の街に魔王四天王の一人が現れ、しかも撃退されたとなれば、噂は広まるに決まってる!
そうなれば、聖剣の勇者一行の耳に入るのも当たり前じゃないかっ!
あああ……どうしよう。
万が一、顔でも合わせて僕の正体がバレたりしたら……。
考えただけで恐ろしくなり、僕はブルブルと身を震わせた。
「ア、アムール、しっかりして!」
ディセルさんが心配そうに声をかけてくれるけど、素直に大丈夫とは言いがたい。
よし……ここは、勇者様が来る前に、長期の依頼でも受けて街を離れておこう!
ディセルさんにもその旨を伝えてみたところ、二つ返事で賛同してくれた。ありがたい。
そうと決まれば、さっそく依頼を受けるために、僕達は受付へと向かった。
「ああ、お帰りなさい、アムールさんにディセルさん!」
カウンターでは、受付嬢のネッサさんが、僕達をいつもの……いや、いつもよりさらにほがらかな笑顔で迎えてくれた。
何かいい事でもあったんだろうか?
ひとまず、今回の依頼を終えた報告をして、しばらく遠出するような依頼がないか尋ねようとした、その時。
ネッサさんの方から唐突に、「おめでとうございます!」と声をかけられた!
「え……?」
戸惑う僕達に、ネッサさんは少し声を抑えて「おめでとうの訳」を説明してくる。
「実はですね、アムールさん達のチーム『レギーナ・レグルス』の昇級が決まりました!」
ええっ!
思わぬ話に僕もディセルさんもギョッとするけど、それ以上にネッサさんの方が興奮していた。
「こんな辺境の支部から、B級チームが生まれるなんて、快挙ですよ!お二人のギルド入会を担当した私としても、すごく感慨深いです!」
うんうんと、力強く頷くネッサさん。
なんとも突然で意外な話だったけど、こんなにも我が事のように喜んでもらえると、僕達としても悪い気はしない。
でも、そうか……僕達もB級か……。
追放されてからというものの、あまり自分に自信が持てなかったけれど、ディセルさんやちゃんとした組織から認められると、僕なんかでもやれるんだって、なんだか元気が沸いてくる!
「良かったね、アムール!」
「はい!ディセルさん!」
浮かれてハイタッチする僕達を眺めていた、ネッサさんの目がキラリと光った。
「ウフフ……実は、もうひとつ良い知らせがあるんですよ」
「まだ、何かあるんですか?」
問い返す僕に、彼女は「はい!」と間髪入れずに返してきた。
いったい、どんな良い知らせなんだろう。
期待する僕達に、満を持してネッサさんは口を開く!
「なんと、この国を訪れている『聖剣の勇者』さま一行と、合同で依頼を受けていただくことになりました!」
「………………え?」
それを聞いた瞬間、僕は世界が一転して、目の前が暗くなっていくのを感じていた。




