10 手付くらいは、もらってもいいでしょう?
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「ふあぁぁ……」
気の抜けた声を漏らしながら、僕は借宿のベッドに倒れこんだ。
魔王四天王の一人、吸血鬼王スウォルドの襲撃から丸一日がたった翌日の夜。
バートの街は、いまだ勝利の熱気に包まれ、沸き上がっていた。
それも無理はない。
なにせ、相手は普通ならこの街よりもはるかに大きい大都市でさえ、容易く壊滅させるほどの強大な魔族の大幹部。
そんなものに狙われたというのに、使い魔との戦いでハンターに重軽傷者が数名出たとはいえ、民間人も含めて死者は無し。
おまけに街その物への被害もほとんど無く、まさに奇跡的な大勝利だ。
これで沸き上がるなという方が無理だろう。
街の防衛に参加したハンター達も、専用の酒場で勝利の酒に酔い、その盛り上がりっぷりはとどまる所を知らなかった。
そして、僕とディセルさんはその宴の席で、戦い前の約束(?)通り、ウェイトレスのコスプレをさせられて、ついさっきまでハンターの皆への給仕をさせられていたのだ。
まぁ、勢いでそんな事をやるハメになった訳だけど、これがもう大変だった……。
ただでさえ気性の荒い者が多いハンターが、さらに酔っぱらいと化しているのだから、宴の席は第二の戦場と言っていい。
おまけに、縁起を担ぐ彼等は「吸血鬼王を倒した英雄達から酌を受ければ、ご利益がありそう」という事で、僕やディセルさんを名指しで指名しまくりで、もう嵐のような忙しさだった。
そうして、ようやく給仕役から解放され、今に至る。
「はぁ……おしりが痛い……」
ベッドに突っ伏したまま僕は、思わず呟いた。
なんせ、てんてこ舞いだった僕は、酔っぱらったハンター達から男女を問わずに狙われ、撫でられたり軽く叩かれたりしまくられていたからだ。
時々、本職のウェイトレスの人がそんな目にあっている所を見た事があったけど、自分がその立場になるとは思ってもみなかった。
慣れてる人からすれば、一種のスキンシップかもしれないけど、素人の僕にとっては酷いハラスメントで、いま思い出しても少し泣きそうになる……。
というか、『アナル・ブレイカー』なんてひどいあだ名をつけられたあげく、そのおしりにはご利益がありそうなんて理由もあったらしくて、いっぱい悲しい。
「まぁ、アムールのウェイトレス姿はよく似合っていたし、隙も多かったからね」
一緒に帰宅したディセルさんが、僕の隣に腰かけて独り言みたいなその呟きに答えた。
「それに、おしりを触られた時の反応が良すぎたのも、ハンター達が調子にのった原因だと思うよ」
彼女に似合っていたと言われてちょっと嬉しかったけど、嗜められて少しシュンともしてしまう。
確かに、ディセルさんは触ろうと伸びてくる手を軽々とかわし、時に反撃もしてたもんなぁ。
何人かのハンターが、曲がっちゃいけない方向に指や腕を曲げられかけて、悲鳴をあげてたっけ。
それに比べて僕は、「きゃっ!」とか「ひゃん!」なんて声を出して牽制するのが精一杯だった。
……いま冷静になってみると、ぜんぜん牽制になってなかったかもだけど。
「ほら、おいでアムール」
そんなディセルさんは、不意に僕を自分の膝元へと誘う。
「え?え?」
急に言われて戸惑う僕を、彼女は少し強引に引き寄せると、うつ伏せで上体を預けるように膝枕される形になった僕のおしりを優しく撫で始めた。
「ふわぁ……」
思わず声が出ちゃう。
はぅ……腫れて火照ったおしりに、彼女のひんやりとした手が気持ちいいよぉ……。
「まったく……私のアムールに無遠慮に触りまくるなんて……宴の席でなければ、許されない事だ……」
さっきは「僕に隙があったから仕方ない」的な事を言っていたけど、ディセルさんは少し不機嫌そうに不満を口にする。
でも彼女から、そんな風に独占欲みたいな物を見せられると、なんだか嬉しくなってくるあたり、僕も大概かもしれないけど。
そんな事を思いながら、ディセルさんの愛撫に身を任せる。
時折、「んっ♥」とか「あつ♥」とか声が出ちゃうのは、ご愛嬌だ。
だけど……それが、ディセルさんの心の琴線に触れてしまったらしい。
「……そんなに可愛い反応をされると、我慢できなくなっちゃうじゃないか」
「え?」
急に言われた一言に反応するよりも早く、ディセルさんは僕の体をお姫様抱っこの形で抱えあげて、ベッドの上に下ろす。
そうして覆い被さるような体制で、僕の上に跨がった。
ちょ、ちょっと待ってください、ディセルさん!?
なんだか目が怖いんですど……。
「大丈夫、私は君の物なんだから、アムール……ううん、アムルズが求めてくるまで、一線を越えたりはしないよ」
首輪をチラつかせ、わずかに息を荒げながら、妖しい光を宿した瞳で彼女は僕を見据える。
「でも……手付くらいは、もらってもいいでしょう?」
「て、手付?それっていったい……んっ!」
言葉の途中で、近づいてきたディセルさんの唇が僕の口を塞ぐ!
こ、これって……キス!?
「んっ……はあっ……んん……」
「んっ、んっ……ふぅん……」
火がついたように、ディセルさんは何度も僕に唇を重ねる。
それを受ける僕の頭の中は、ぐちゃぐちゃにこんがらがって考えがまとまらない。
ただ……すごく気持ちいい♥
抵抗する事さえも思い浮かばず、僕はただ突然のディセルさんの行動に、なすがままにされていた。
「…………ぷはっ」
長いようで短い、貪るようなキスを終え、キラリとした糸を引きながらディセルさんの唇が離れる。
暴力にも似た快楽を伴うキスの洗礼を受け、体が動かないほど脱力した僕は、ただハァハァと酸素を求めながら甘い痺れの余韻に浸っていた。
視界がぼんやりしているのは、涙が浮かんでいるからだろう。
だらしなく半開きになった唇は、互いの唾液で濡れており、いまだに柔らかな彼女の唇の感覚を反芻してるみたいだ。
ああ……こんなの初めて……癖になっちゃったら、どうしよう。
そんな事をぼんやり考えていた涙で濡れる僕の視界に、妖艶に微笑む彼女の姿が写っている。
けれど、そんなディセルさんの表現がみるみると「やっちまった!」感に溢れた物へと変化していった!
「あ、ああ……ごめんよ、アムール!」
ぐったりした僕を抱きかかえ、謝りながらディセルさんは僕の頭と背中を撫でる。
押さえきれなかった自身の欲望を後悔しているのか、謝罪する彼女の声は可哀想なくらいに狼狽えていた。
獣人族は、情が深い事もあり、時としてこんな風に暴走しそうになることがあるらしい。
「だ、大丈夫……です、ディセルさん……」
なんとか声をかけると、ディセルさんはパアッと顔を輝かせた。
「無茶をして、本当にごめんね……つい興奮しちゃって」
「いえ、その……気持ちよかったですから……」
「なら良かった……」
心の底からホッとしたように呟き、ディセルさんは僕をさらに強く抱き締めた。
……さっきディセルさんは、「自分は僕の物」なんて言ってけど、なんだか逆に僕の方が彼女に捕まり、ハマっていっているような気がする。
疲労感に加えてゆで上がった思考、ディセルさんの柔らかさといい匂い、そして頭を撫でられる心地よさなどがゴチャゴチャに混ざりあって、いつしか僕は眠りの沼の中にズブズブと沈んでいくのだった……。




