07 勝手に話を進めないでください
与えられた一時間の間に、僕達は住人を街の中央にある街主の館周辺に集めた。
魔蝙蝠による空からの襲撃に備え、魔法使いと遠距離攻撃の手段を持つハンター達にそこの護衛を、残りは全員で街の防護壁周辺に配置して鬼狼に睨みを効かせる。
これで、守りはひとまず安心。
後は、僕とディセルさんで吸血鬼王を倒すだけだ。
「しかし、相手は魔王四天王の一人。何か、対抗手段はあるのかい?」
「もちろんです!ボクは昔、お祖母ちゃんから対吸血鬼用の戦法と魔法を習ってますから!」
「心強いよ……でも、年端もいかない子供にそんな事を教える、君のお祖母ちゃんって、いったい……」
ディセルさんは難しい顔で首を傾げるけど……まぁ、確かに常識とはかけ離れている人だもんなぁ。
僕に、女装させてたし。
でも、世界で五指に入る魔法使いであるお祖母ちゃんからの教えだから、きっと魔王四天王にだって通じるはずだ!
「とにかく、アムールは吸血鬼王への攻撃に集中してくれ。君の事は……私が守るから」
キラリと輝くような笑顔を向けてくるディセルさんに、僕の胸は高鳴った。
くっ……男の僕が女性であるディセルさんに「守る」宣言をされて「キュン♥」とくるなんて、ちょっと情けない気もする。
でも、そこは前衛と後衛の役割分担だと、自分を無理矢理に納得させて、僕は彼女に置いていかれないように、走る足に力を込めた。
◆
──簡易的に積み上げたバリケードを越えて、僕達は街を囲む壁の正門から外に出る。
そうして、待ち構えていた吸血鬼王とその使い魔の群れに対峙した。
「……ふむ。どうやら、人間どもに追い立てられ出てきた……といった様子ではないみたいだな」
面白くないと、肩をすくめながらスウォルドは言う。
ううむ、さっきの顔半分とは違って、ちゃんと顔を見たのは初めてだけど、なんとも嗜虐趣味がありそうないやらしい雰囲気を纏っているなぁ。
目付きも言動もねっとりしていて、まさに「嫌な貴族!」といった風格がある。
「まぁ、そういった希望があると思っている輩の、心をへし折るのも楽しみのひとつだがね」
ぬぁ……本当に悪趣味な貴族その物だなぁ。
舐めるように見られているディセルさんも、思わず僕の側に寄ってきてすがるようにキュッと服の端を摘まんでいた。
……こんな状況だけど、頼られてるのが少し嬉しい。
「そこまで、ディセルさんに執着する理由はなんなんです!」
僕が面と向かって問いかけると、スウォルドは一瞬、おや?といった顔をしてからニヤリと笑った。
「フフフ……獣人族の姫が、王に逆らって国を追われたと聞いてねぇ。そういう可哀想な娘を貰い受け、保護するのが私の趣味なのだよ」
絶対に嘘だ!
明らかに保護って雰囲気じゃないもん!
ディセルさんの父親にしろ兄弟にしろ、彼女をこんな奴に献上しようなんて、何を考えているんだ!
「それよりも、君がアムールとかいう魔法使いの少女かな?」
内心、プンスコと怒っていた僕に、突然スウォルドの矛先が向けられてきた。
「そ、それがなんですか!」
「君にどうしても会いたいという者がいてねぇ」
「ボクに?」
魔族や吸血鬼に知り合いはいないはずだけど……そんな事を思っていると、鬼狼の一団からぬっと姿を現す男が一人。
あ、あいつは!
「アムールウゥゥゥゥッッッ!」
狼の遠吠えを思わせる勢いで、僕の名を咆哮する男……ディセルさんの二番目の兄、ルド!
「会いたかったぞ、アムール!」
狂気を宿した笑顔を浮かべ、ギラつく目で僕を見据えながらルドは言う。
でも、僕としてはこんな厄介な敵に、全然会いたくなかったんですけど!
「フフフ……感動の再会だ。せいぜい血みどろの戦いを見せて、私を楽しませてくれたまえ」
残酷なショーを期待すると、スウォルドは道を開けてルドを前に出す。
それに合わせて、ズンズンと歩み出たルドだったけど、やや遠目の間合いで足を止めた。
なんだろう……前に見た奴の攻撃範囲からは、まだ距離があるけど……?
「アムール……貴様にやられてから、片時も忘れた事はなかったぞ!」
ギリッ!と歯軋りの音を響かせながら、ルドの表情にさらなる緊張が込められた。
うわ……これは、すごく恨まれてる感じがする。
「敗北の屈辱と苦しみの中で、俺が行き着いた答え……それがこれだぁ!」
叫びながら、ルドの右手が腰に下げた剣ではなく、懐に突っ込まれた!
何か秘密兵器でも取り出すつもりかっ!?
だけど、警戒した僕達の前に突き出されたのは、一本の首輪!
……首輪!?
「アムールウゥゥ!貴様に惚れた!俺の物になれぇぇぇっ!」
………………は?
唐突で予想外なルドからの告白に、僕やディセルさんだけでなく、スウォルドまでもキョトンとした様子で言葉を失う。
「え?君、いったい何を言ってんの?」
「部外者は黙っていてもらおうかっ!」
「あ、はい……」
つい、キャラ作りを忘れたかのように素でツッコんでしまったスウォルドを、ルドは一蹴する!
そのあまりの迫力に、吸血鬼王は思わず引き下がってしまった。
あ、いや、それよりもちょっと待った!?
告白云々より、確かルドは僕が男だって知っていたよね!?
「アムール!貴様は俺を圧倒的な力で倒した、初めての女!まさに、俺の妻に相応しい!」
女!
今、僕の事を女って言った!?
ど、どういう事なんだろう?
「もしかして、だけど……前に君の魔法で吹き飛ばせた時に、ショックで記憶が混乱したんじゃないのかな?」
ルドに対し、若干引いた様子でディセルさんがそんな事を言う。
なるほど、その線はありそうだ。
で、でも、それがなんでこんな告白に繋がるんだ!
「獣人族は、強さに価値を見いだすからね……自分より強いと思った異性を、伴侶に迎えようとするのはおかしくはないさ」
「そ、それにしても、いきなり『妻になれ』なんて、飛ばしすぎじゃないですか?」
「まぁ、アムールは可愛いからね」
「ディセルさん……」
ディセルさんから可愛いと言われて、また僕の頬が熱くなる。
えへへ、複雑だけどちょっと嬉しいな。
「何を女同士でイチャついているのかっ!」
僕とディセルさんの間に流れる甘い雰囲気に、イラついたルドが横槍を入れてくる!
「強き女は、強き男の子を産むのが本懐!さぁ、アムール!俺からの首輪を受けとり、共に来るんだ!」
「勝手に話を進めないでください!」
一人で盛り上がるルドと、戸惑う僕の間に、ディセルさんが立ちはだかった!
「アムールに首輪をつけようなどと……正気ですか!」
「当然だ!お前こそ、俺達の間に入って来る権利などなかろう!」
「権利ならありますよ!私はすでに、アムールから首輪を送られているんですからね!」
「なにぃ……?」
ドヤ顔で、首に巻かれたギルドの認識証を見せるディセルさん。
しかし、ルドはペッ!と地面に唾を吐き出した!
「はっ!女同士で送られた首輪に、何の意味がある!」
「私にとっては、十分に意味がありますがね!」
バチバチと火花を散らして、ふたりの兄妹は睨みあう!
でも、なんでそこまで首輪にこだわるんだろう?
たしか、友愛の証か何かとは聴いていたけれど、ここまで対立するようなものなんだろうか……?
そんな疑問が僕の顔に出ていたのか、ルドがニヤリと口角をあげて牙を覗かせた。
「愚妹がゴチャゴチャと言っているが、獣人族の王族にとって異性から贈られる首輪こそ、正当なる婚姻の申し入れ!つまり、俺のから首輪こそが……」
ルドが何かベラベラと吠えているけれど、僕の頭にはある言葉以降は入ってこなかった。
……異性から送られた首輪は、婚姻の申し入れ?
つ、つまり、認識証とはいえディセルさんに首輪を贈った僕は、彼女にプロポーズしたのと同じ事ってことなの!?
そ、それにディセルさんもそれを受け入れたって事は……。
僕はあわあわと動揺しながらも、ちらりとディセルさんの様子を伺う。
すると、表情こそは見えないけれど、耳がペタンと垂れて顔が真っ赤になっているのがすぐにわかった。
こ、これは、完全に意識してるよね……前に言っていた責任とってもらうって、そういう意味だったのか……。
「ディ、ディセルさ……」
「さぁ、アムール!素直に俺の首輪を受けとれぇ!」
ディセルさんに声をかけようとした所に、ルドの声が割って入ってくる!
むぅ、そんなの受けとるつもりはないっつーの!
「……やれやれ、なんという茶番か」
「!?」
不意に、蚊帳の外に置かれていたスウォルドが口を挟んできた。
「結局は、実力が物を言うのだ。ならば、相手を屈伏させて、力ずくで物にするのが、わかりやすくていいだろう?」
「フッ……確かにそうでしたな」
スウォルドの言葉で落ち着きを取り戻したルドが、首輪を再び懐にしまい込んだ。
そうして、凶暴な笑みを僕達に向けてくる!
「貴様を力ずくでねじ伏せ、俺の子を孕ませてやる!」
いや、できないからね!
そんな声に出せない心の内でツッコんでいる間に、ルドの肉体に変化が訪れた。
筋肉が膨張し、全身が硬い体毛で覆われ、顔がノビテ口は裂けていく!
ずらりと並んだ凶悪な牙を湛えた口許が、ニヤリとした形に歪んだ。
『さぁ、始めよう』
再び完全獣人化したルドは、僕を陵辱する期待に目を輝かせながらスラリと剣を抜いた。




