01 故郷へ帰るんだな
「アムルズ……君には、このパーティを抜けてもらう」
とある宿の一室。
そこで冷たく言いはなったのは、僕の正面に陣取るこのパーティのリーダーだった。
さらに、同行していた他の旅の仲間達から囲まれ、冷たい視線を向けられた僕は、ますます身を小さくする。
神に選ばれ、聖剣を与えられた勇者とその仲間達……一応は僕、アムルズ・トロワフィロもそのメンバーではあるのだけれど、今は仲間達から糾弾される立場になっていた。
「理由は……わかっているだろう?」
「……は、はい」
リーダーであり、聖剣の勇者でもあるエルビオさんの言葉に、僕は力なく頷いた。
「世界的に高名な魔道士であるカルノ様の孫で、ご本人からの推薦された少年……だが、蓋を開けてみればロクに魔法も使えぬ未熟者とはな」
ため息を吐きながら、一行の盾役であるグリウスさんが肩をすくめる。
「それよりも、彼の嗜好の異様さの方が問題と言えます。何せ私達の、ふ……服を……」
青ざめた顔で、神に使える神官のヴァイエルさんが口元を押さえる姿に、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「ていうか、アタシは擁護するつもりはないよ。子供のくせに、あんな変態みたいな真似してさぁ」
僕を睨みながら、嫌悪感を隠そうともしない、斥候役のルキスさんの言葉が心に刺さる。
「……そうだな。どんな理由があるにせよ、アムルズがほとんど魔法が使えず、ヴァイエルやルキスの服を盗み着ようとしていたというのは事実だ」
うう……それには、僕なりの言い分がない訳じゃない。
でも、その理由は絶対に信じてもらえないし、下手をすれば家族にも迷惑がかかるかもしれない。
だから、僕は黙ったままで、すべてを受け入れるように項垂れていた。
「……十歳という若さで、この旅に同行することになった、君の境遇には俺達も思う所はある。だが、能力に欠けていながら、パーティ内の結束を乱すようでは、これから先に連れていけない」
「はい……」
か細く答えた僕の前に、ガチャっと音を立てて、お金の入った小袋が置かれた。
「路銀として使うといい。多少は色をつけておいたから、十分に足りるはずだ」
そう言うと、立ち上がったエルビオさん達は、僕を残して部屋を出ていく。
「故郷へ帰るんだな」
そう声をかけられると同時に、関係性を絶ちきる意思を込めて、部屋のドアは閉ざされた。
こうして、僕は勇者のパーティから追放されたのだった。
◆
「うう……ご、ごめんなさいぃ……」
……ハッ!
苦しげな自分の声で、僕は目を覚ました。
あの時の……夢か。
勇者の一行を追放されたあの日の出来事を、いまだにこうして夢に見てはうなされてしまう。
それだけ、あれは僕にとって衝撃が大きい出来事だった。
借宿のベッドから起き上がり、カーテンを開く。
窓の外には、朝から行き来する人達の姿があり、いつもと変わらない町の光景が、あの悪夢は過去の事なんだと教えてくれる。
そう思うと、少しだけ心が軽くなった。
よし、今日も日銭を稼ぐために、ハンターギルドへ行くとするか!
悪夢の余韻を振りきるように、僕は出掛ける準備を始めた。
──僕が勇者一行から追放されたあの日から、早くも半年が過ぎていた。
エルビオさん達から故郷へ帰れと放逐された後、僕はまっすぐ故郷に帰る事もできず、一人でハンター……依頼を受けてお金を稼ぐ、実力主義のなんでも屋の一人として、名前と身分を偽って暮らしていた。
だって、役立たずの上に変態の烙印を押されてパーティを追放されたのに、どの面を下げて帰れるというのだろうか。
エルビオさん達が、そこら中に僕の事を吹聴したりする事は無いとは思う。
だけど、僕を追放した理由については、王様や大貴族といった国の偉い人に説明しなければならないだろう。
そうなれば、人の口に戸は立てられず、僕についての噂は面白おかしく広められしまうに違いない。
いや、すでに広まっているか……うちの一家を、快く思っていない貴族の人達もいるだろうしなぁ。
こうなってしまった以上、ノコノコ帰れば僕を推薦したお祖母ちゃんや家族に、迷惑をかけてしまうに違いない。
だからこうして、正体を隠しながらハンターの資格をとって、知らない町で細々と暮らしているのだ。
「でも……こんな状況になった原因の一部は、お祖母ちゃんにあるんだよなぁ」
そう呟きながら、僕は鏡に写る自分の姿を見つめる。
そこにはどう見ても女の子にしか見えない、自分の姿が映っていた。
この見た目こそが、最大の問題なんだよなぁ……。
僕は元々、生まれながらにして膨大な魔力を宿していたらしい。
その魔力が暴走する事を恐れた両親は、大魔法使いであるお祖母ちゃんに僕を預け、六歳になるまで育ててもらった。
でもその間、なぜかお祖母ちゃんは僕を男として育てながらも、女の子の格好をさせていたのだ。
生まれた時からそんな生活で、外界から離れていた事もあり、僕はそれが当たり前だと思っていたから、両親の元に戻って普通を知った時に、それは驚いたものだ。
後に、お父さんやお母さんに、なんで自分がおかしな格好をしているのを止めてくれなかったのかと聞いてみたけど、「お祖母ちゃんのやる事だし、何か考えがあるんだろう」といった返事しか返って来なかった。
とにかく、僕は悪目立ちしないように、お祖母ちゃんの元を離れてからは普通の男の子の格好をする事を心がけたのだけれど……弊害は、意外な形で現れた。
僕は……女の子の格好をしないと、魔法がロクに使えないようになっていたのだ!
これは、魔力のコントロールを教えてもらっていた時分に、女の子の格好をしていた事に起因しているらしい。
とにかく頑張って、普通の格好でも魔法が使えるように訓練もしたけれど成果は出ず、そんな状態のまま四年が過ぎた頃、邪神復活と共に聖剣の勇者が現れたという話が世間に広まっていた。
世界で五指に入る魔道士であるお祖母ちゃんにも、国から協力を要請する書状が届いたのだけれど、なぜかお祖母ちゃんは僕を推薦し、そしてあの追放劇に至ってしまったという訳だ。
……うん、やっぱり、お祖母ちゃんも悪い気がしてきた!
でも……いまさらそんな事を思っても、どうにもならないよね……ハァ。
思った以上にままならない現実に、小さくため息を吐きながら、僕は身支度を再開した。
髪を櫛でとかし、眼鏡をかけて軽量の防具を身に付ける。
そうして、鏡の前でスカートを翻しながら一回転すると、おかしなところが無いかチェックしていった。
……うん、大丈夫!どうみても女の子だ!
服の着こなしや、女の子っぽい仕種については、幼少の頃にお祖母ちゃんから仕込まれただけの事はあって、ある意味完璧だ!
いや……完璧っていうのも、それはそれで男としてはちょっとどうなのかと思うけど。
そんな少し釈然としない思いを抱えながらも、生活のためと自分に言い訳をして、僕は魔法使い用のローブを羽織り杖を手にすると、ギルドへ向かうために部屋を後にした。
あけましておめでとうございます。
そんな訳で、新作を開始いたしますので、よろしければ今年もお付き合いくださいませ。