第一章 1-7 異世界就職戦線異状あり - Not Quiet on the Recruit Front
異世界で売っている酒には、アルコール度数など書いていない。
みんな! 気をつけろ!
たまたまウッカリ、酔っ払ったはずみで転落事故。
危うく死にかけた僕を救ってくれたのは、軍服の【バットマン】だった。
目元を隠すメタルの仮面。僕の骨製仮面とは異なる、銀仮面。
筋肉質の肉体と、大盤振る舞いの刀傷、歴戦の勇士を物語る。
やっぱり軍人さんなんだろうか?
人命救助に躊躇なく身を投げ出せるのも、修羅場を潜った軍人だから?
なんとか尖塔の袂へ軟着陸した僕とバットマン、
「いかな嘆きに苛まれようと、命を粗末にしてはならんぞ、若人よ」
僕は別に自殺志願者じゃないけど……死にかけたのは事実。助けてもらったのも事実。
「ありがとうございます……」
血の気が引いた顔で、軍人さんへ謝意を述べると、
「ところで、君の名は?」
「咲也と申します。咲也・ポイゾナススネイク・サンダーユー男爵です」
「ポイゾナ…………ポイズン君!」
なんか適当に略された。まぁ、自分でも呼びにくいし、仕方がない。
「私はテュルミー中尉。フリーの王立軍人さ」
やっぱり軍人さんだったのか。
「ポイズン君! よかったら私のところへ来なさい。アットホームな職場で、君だけの生き甲斐を見つけてみないか? 若い力で急成長中の、夢と感動あふれる職場だ!」
誘われるがまま、テュルミー中尉に連れてこられた先は……
「……『非合理思想摘発局』?」
なる看板が掲げられているらしい。翻訳妖精によると。
「世間では「思想警察」などと呼ばれておるがね」
し、思想警察? なんだその物騒な通り名は? というかここは軍隊なの? 警察なの?
公的な機関とは思えない、民家に毛が生えた程度の建物、その暖簾をくぐると……
「テュルミー中尉!」
男気ムンムンの剣術稽古を行っていた部下が、即座に駆け寄ってきて、
「お帰りなさいませ! 中尉殿!」
ビシッと敬礼で上官を出迎えた。
「沖田ァ!」
「ハイッ!」
「貴様を一番隊隊長の任から解く。これより私の直属で働けィ!」
「ハイッ! 中尉殿!」
「これより一番隊は、このポイズン君が率いる。みな、異論ないなァ?」
「「「「ハイッ!」」」」
上半身裸で稽古を行っていた男たち二十~三十人、全員がユニゾンで応えた。
さも当然、とばかりの勢いで。
「は?」
待って待ってチョイ待って!
なんでそんなことを気軽に了承してるの? 君たち?
リクルートされたばかりの新人社員を最精鋭の管理職に据えるとか、ありえないでしょ?
ねぇ、あなた、元隊長の沖田さん?
あなたも納得できないよね? こんな非常識な人事!
……と目で窺っても、当の元隊長、「何の不満もありませんッ!」とでも言わんばかりの顔で。
てか妖精さん! 翻訳、間違えてない?
『あってるわよ~』
ホントに? もはや妖精さんの誤訳としか思えないんだけど、こんな展開?
「よーし! 新隊長の就任祝いだッ!」
「「「「オーッ!」」」」
テュルミー中尉の号令で散っていく男たち。
四十秒後には、揃いの制服で再集結! 世にも珍しい浅葱色の軍服で。
腰には物騒な得物を携え、揃いの鉢金を額に巻き、いつでも行くぞの臨戦態勢!
『殺る気マンマンね~』
呑気な妖精さんとは対照的に、常在戦場の殺気を漂わせる隊士たち、
ギラギラと血気盛んな眼は、飢えた狼のデインジャラス! ハングリー・ライク・ザ・ウルフ!
どう見てもヤバい集団です! 本当にありがとうございました!
「さぁ、景気づけだーッ!」
完全に腰が引けている僕を差し置いて、隊士へ檄を飛ばすテュルミー中尉。
「「「「オーッ!」」」」
その合図で隊士たち、一斉に屯所を飛び出していく!
龍都の目抜き通りから、路地裏の住宅街へ。
得物を携えた物々しい漢ども、そこのけそこのけ思想警察が通る。
触らぬ神に祟りなし! とばかりに、庶民たちも慌てて道を譲る。
「ここか!」
やがて辿り着いた、何の変哲もない集合住宅。労働者階層向けのアパートっぽいけど……
「はい、中尉殿ッ! 斥候の報告に拠るとォ、ここで間違いありませんッ!」
「ならば踏み込めーィィ!」
テュルミー中尉の号令一下、隊士たちは暴力的に扉を蹴破って!
「思想警察だ!」「御用改であーる!」「神妙に致せィィィィ! 抵抗する者は斬るッ!」
傍若無人な【捜査】を宣言した。