第四章 4-17 勝手に逝きやがれ! - A bout de souffle
首尾よく無血クーデターを遂げられたものの、残る火種はアチアチすぎて、
臨時代行の王様の手には余る。
もう全て放り出して、元の世界へ帰りたい。
帰りたいけど…………帰れない。
確かに【龍災】の呪縛から、帝都を解放したのは大成功と言っていい。
でも……
現状の混乱を招いてしまった責任は自分にもある。
その呵責に押しつぶされそうな咲也。
身に余る重責に、頭を抱える彼の前に現れた者とは――
「――アルコ婆!」
何日ぶりだ? 何週間ぶりだ? 何ヶ月ぶりだ? ――もう何年も会ってなかった気すらする!
「男爵殿……いや、もう今は陛下と呼んだ方がよいか?」
前触れもなく現れたストーカー婆さんを、僕は強く抱き締めた。
(よかった……よかった……五体満足で出所できたんだ!)
これで僕も報われた。
小説家には荷が重すぎる、無茶な世直し作戦の甲斐もあった、ってもんだよ!
「これで、いつ死んでも大丈夫だな!」
涙を誤魔化して、減らず口を叩いてみれば、
「何を言うか男爵殿。曾孫の顔を拝むまで、あの世になど逝っておられぬ」
などと返してくる始末。
何ヶ月も投獄されていたとは思えないバイタリティだよ、アルコ婆!
こっちが呆れ返るほどにタフだ。ほんと敵わないな、この婆ちゃんには。
「それよりも男爵殿!」
あの、やり手ババアの悪~い顔で、僕に囁いてくる。
「ルッカと、よろしくやったんじゃろ? 過酷な二人旅で育まれたものがあったじゃろ? 無い方がおかしいじゃろ? 吊り橋効果じゃろが! 男爵! ルッカ!」
釈放即婚活! 婚活! しかも自分の孫を差し出して!
困惑する僕を差し置いて……即レスする強者!
「それはもう、大変にスリリングな吊り橋を体験なされましたよ、ご息女は」
あんたがそれをいうか! 中尉!
あんたが落とした吊り橋から転落して、紐なしバンジーだよ!
あれほんと死ぬかと思ったよ、マジでマジでマジで!
「年頃の男女が二人で旅に出る――その行為自体が運命共同体じゃ! 命を預け合う【伴侶】じゃろが! のぅ男爵殿!」
ええ、まぁ……小説家的に考えても、それはそうです。
「伴」であり「侶」でもなければ、危険な二人旅なんてできませんよ。
僕とルッカは命がけで龍の巣へ潜入したり、【三つの謎掛け】を解く旅を踏破した。
僕はルッカに全幅の信頼を預けて、窮地を突破してきた。
それは紛うことなき事実だ。
しかし!
だからといって!
即「結婚! 結婚!」と囃し立てられても困る!
なぁ、ルッカ…………
(なんで目を逸らす!)
ここは二人揃って「またまた御冗談を……」とババアを軽くいなすところだろ?
なに赤くなってんの! 目が泳いでんの! 挙動不審になってんの!
「のう、男爵殿……」
したり顔のアルコ婆、僕の肩を叩きながら、
「信頼と愛情の間に大差はないじゃろ。そうは思わんかね? 理解るじゃろ? 物事の本質を見極められるのがショーセツカの職業上の特性なんじゃろ?」
た、確かに……それはそうかもしれない……ババアの言い分を否定できない。言い返せない。
「手を携えて困難を乗り越える――それは冒険であっても結婚であっても同じことじゃ」
と諭すババア、僕と孫娘の手を取って、
「さ、ここにサインせよ」
と婚姻届の前に座らせる。とてもババアとは思えない腕力で。
「しかし……」
「しかしも案山子もないわ、男なら甲斐性を見せんか!」
もはや力づくで判子を押させようと迫るアルコ婆!
「いやいやいやいや! 待って待って!」
反抗しようにも、力強いな、この婆さん! ほんとに老人なのか? 死に損ないなのか?
「自分が手伝いましょう、ご老人」
待って待って!
中尉までババアに加勢しようとしてるし!
「陛下には末永く帝位にお就きあそばされることが、この国のためでございます」
いやいや! それは僕が扱いやすいからでしょ?
異世界出身の影武者とか、傀儡王として最適だからでしょ? 自分の目的を果たすために!
返さない方が都合がいいからでしょ、僕を元の世界に!
「ババア! 中尉! それは困る! 僕は困る!」
「…………」
(ルッカ!)
そんな風に「困る?」とか上目遣いを向けられても、僕が困る!
そりゃキミのことが嫌いなはずがない。
瀕死の窮地から逃れられたのは、君のお陰だ。一回や二回の話じゃない。
それだけでも感謝すべき存在だよ。
それに、長い間、一緒に過ごしてよく分かったよ。
キミという人間の人となりが。
正直、君がこのクソババアの孫だなんて、今でも信じられない。
大賢者アルカセット・オーマイハニー導師は、詐欺師と預言者の境界を八艘飛びする、海千山千の猛者だよ。嘘と方便を使い分け、食えないレトリックで他者を煙に巻く傑物よ。
そんな怪人の孫とは思えないよ、君は。
賢者見習いとはとても思えないほど、人を見る目がないし、
宗教説法者の適性を疑うほど、自分の感情に素直だ。
だから危なっかしいし、ほっとけないよ。
でも僕は、天賦の才よりも、理想に近づこうとする懸命さの方が美しいと思う。
それが人の美しさだ、君の美しさだよルッカ。
君は美しい、そして優しい。
おばあちゃんの命も名誉も使命も、全て回復してあげたいと尽くす姿が優しい。
だから僕は君に共鳴するんだ、ルッカ。
おばあちゃん子に悪い子はいない。身近な弱き者を大切にできる子は偉い子だよ。
だからルッカ、僕は君を信じ続けることが出来たんだ。
うんうん。
アルコ婆は、僕の心を読み切った笑顔で頷いた。
――だったら、何を選ぶべきか? 理解るじゃろ?
とでも言わんばかりの笑みで。
でも……だけど……僕は……帰らないと……
い、いやもう骨を埋めてもいいのか?
こんな彼女と所帯を持つことができるのなら…………
相手がこの子なら、僕は後悔なんかしない……ような気もする……
……それがいいのか?
「男爵殿……」
ヴァージンロードの新婦をエスコートする父親のように、僕の手を取るアルコ婆、
導かれるがままに、婚姻届に判を押――しかけたところで、
「あーっ!」「いましたわよ!」
敏腕婚活ババアの段取りに水を差す、黄色い声が二つ。
聞き覚えがある。理知的なエルフの澄んだ声と、脳筋系シスターのよく通る声じゃないか?
「「ポイゾナス男爵、咲也様!」」
答え合わせは見事に正解。
振り返ると、二人の女性が僕を呼んでいた。
最初の見合い相手ジュンコ・チアチアクラシカさんと、
二番目の見合い相手アーナセル・ダン・シャーリーさんである。
「「男爵様! 私たち、まだ、お返事を頂いていません!」」
「いやいやいや、待って下さい! この帝都の法では【龍災】の到来とともに、あらゆる交渉事が反故にされる決まりでは?」
たとえそれが見合い話だとしても……龍が来ればご破算にされるのが通例である。はずだ。
「男爵、それアンタが廃止したんでしょ……」
「あ…………」
ルッカから溜息混じりのツッコミが。
そ、そうだった。
龍との新しい契約の履行=【龍災】の消滅という現実を踏まえ、
【龍災】に伴う慣習法も全て廃止させたのだ…………僕が。
「ポイゾナス男爵!」「咲也様!」
つまり自業自得ってことか――この状況も。
「「お返事、ください!」」
「カッカッカ! もはや観念せよ男爵殿!」
僕が大岡裁き的ダブルブッキング状態に陥っても、アルコ婆には他人事だ。
まったく……無責任な婚活屋だよ!
目的のためなら手段は選ばない、用いた手段に罪悪感も後悔も感じない、結果良ければドント・ルック・バック。
平然と過去を割り切れるのが一流の証拠ならば、それはつまりこの二人、
大賢者アルカセット・オーマイハニー導師と、元大陸軍少佐テュルミー・バンジューインの生き様である。
こういう人でないと、偉人の覇業は成せないのだ。
カリスマの実践力の前には、抵抗するだけ無駄なのである。
つまり僕は勝てない、この婚活の鬼には。
クソババアめ!
…………そんなワケで。
拝啓ばあちゃん。
まだ、そちらには帰れそうもありません。
豪腕ストーカー見合いババアに振り回されつつ、残務処理を遂行するのが僕の使命のようだよ。
なので今年の墓参りも……キャンセルになりそう……
でも待ってて、ばあちゃん!
僕は必ず帰るからね!
以上で、このお話は終了です!
ここまでお付き合いいただけた方、本当にありがとうございました!
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