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第四章 4-16 残る火種

 龍の巣へのお礼参り。

 その帰り道、僕はルッカに何か「ご褒美」を進呈すべく、リクエストを尋ねたところ……

 意外にも、彼女の答えは「そばにいて欲しい」だった……


「ま、まぁ、すぐには帰らないけど……」

 というか帰れない。

 今、事後処理を投げ出して帰るなんて無責任すぎるから。

 中継ぎとはいえ、王様には王様の仕事がある。


 最大の懸案は元老院だ。


 龍征伐軍を思い出して欲しい。

 要塞堅固のドラゴンゲート、ノーチェックで素通りするには通行証(勘合符+朱印状)が要る。

 セキュリティ的に重要な関門であるからこその、ダブルチェック体制である。

 その発行は、それぞれ王様と元老院に委ねられていたのだが……

 それでも龍の巣を襲う不埒者が存在していた。

 つまり【人為的な龍災】の許可を下したのは悪王だけではない(・・・・・・・・)、ということになる。

 通行証の発行という状況証拠からすれば、元老院=有力大貴族も関与していた可能性が高い。

 なにせ【龍災】特例で強制接収された、復興済み一等地を買い漁っていた奴らなのだから。

 そいつらが今まで通りの「美味い汁」を吸い続けたいと考えていても不思議ではない。

 古今東西、革命には王政復古の反動が付き物である。

 旧来の既得権益者が叛旗を翻せば、必ずまた血が流れる。

 そんなのはダメだ!

 帝都を【龍災】の脅威に怯える街に戻してはいけない。

 それじゃ何のために無血革命を果たしたか、分からないじゃないか!


 そのためにも「王」が必要だ。

 国家を統制し、秩序を保つ者が不可欠である。

 将来的に別の政体を国民が選ぶにしても、今は、そうなのだ。


「まずは後継者を探さないとね」

 この人なら任せて大丈夫! という立派な為政者を指名しないと、門閥貴族や軍部が権力争いを始めてしまう。誰もが認める跡継ぎを指名するまでが、王様のお仕事です!

「条件は?」

「【龍と人との約束】を誠実に遵守してくれる人、だな」

 それが絶対条件だよ。

「皆が【龍災】に怯えず済む世界は、人と龍の架け橋が保持し続けられないといけない」

 そう、この峡谷に架かる橋みたいにね。


 いやぁ……高い……

 改めて見ると、よく助かったもんだ。こんな高さから落ちて。

 いくら下が川面だったとしても。


 再び架け直された橋を渡りながら思い出す――【この吊り橋を落とした張本人】も、(暫定王様)には頭の痛い人物だった。



 ☆ ☆ ☆



「中尉!」

 郊外の屯所から城内の一等地へオフィスを移した思想警察、

 数日前まで、大貴族の軍務尚書が使っていた豪奢な執務室で「彼」は取り巻きに囲まれていた。


「おや陛下、本日はお日柄もよく……」

 不躾な来客にも、余裕の笑みで返す中尉だが、

「ちょっとこの書類!」

「お手を煩わせて申し訳ございません、やはり陛下のご裁可が必要とのことで……」

「いやいやいや! こんなの許可できるワケないでしょ!」

 元元帥、元幕僚本部長、元軍務尚書、元統帥本部長、元安全保障局長の処刑執行許可書とか!

 なんて物騒なものを決裁させようとしてるんだ、この人は!

「……いけませんでしたかな?」

 僕のクレームなど、どこ吹く風の英雄殿――食えない人だよ、全く!


「ダメだよこんなの! 大粛清じゃん!」

「陛下、どうせ此奴こやつら、生かしておいたところで碌なことは致しませんぞォ。隙あらば簒奪を謀り、陛下のお命を狙ってくることでしょう。ここで躊躇しては、いずれ寝首を掻かれる。禍根は断っておくのが最善。クレメンティアも、ほどほどになさるべきと存じます」

 分かる。中尉の主張は尤もだ。

 しかし僕は現代人、中世基準の大粛清を看過できるほど、図太い神経を持ち合わせてない。


「さすがにここまで一気に殺ったら、民衆だって不審に思うでしょ?」

「その時はその時、我が思想警察が誇るプロパガンダ扇動で世論を染めてご覧にいれます」

 アッー!

 ダメだこの人! 殺る気マンマンじゃん!

 大陸軍時代に被った冷遇を、倍返しで浴びせつけるつもりだよ!


 ☆ 


(は、早まったかな…………?)

 論功行賞として、中尉には軍の全権を握る役職として、非常時特務大将に任命したのだが……

 元々、大陸軍の切れ者将校として、北部国境を荒らし回った英傑である。

 とても僕ごときが御せる器の持ち主ではない。当然の話だ。

 しかし……

 だからといって古株の重鎮を、一斉に黒ひげ危機一髪させるワケにもいかないのだ。


「とりあえず、ソレは置いといて……まずはコッチを何とかしませんか?」


 僕と中尉、連れ立って向かった先は――――パルテノン神田。


 王城敷地内に佇む王族別邸であり、僕ら召喚者に充てがわれた宿舎だった(・・・)

 だった。

 なぜ過去形かと言えば、現在、そこはもぬけの殻になってしまっているからだ。


 マクシミリアン帝という「雇用主」が失われると、召喚者たちは散り散りに消えてしまった。

 帰還願望ばかり強い僕と違って、彼らはこの世界に順応し、それぞれのスキルを活かして異世界ライフを満喫していた。つまりは「帰りたくない勢」である。影武者契約が反故にされれば、王族別邸(ここ)に留まる理由もない。


「捕縛いたしましょう。ひとり残らず」

 帝都にその人アリと恐れられた、邪教ハンターの眼が光る。キラリーン――!

「奴らに叛意などなくとも、傀儡として担がれては厄介」

 まぁ、そうだよね……

 中尉は超の付くリアリストである。混乱の芽は全て摘んでおくのが最良と考える。

「お任せ下さい、陛下。我が思想警察が総力を以て全員を捕縛し、始末してご覧に入れます」

「いやいやいやいや! ちょっと待って! 始末しないで!」

 潜在的な危険分子だとしても、「始末」は困る!

「僕が、あいつら全員、元の世界へ送り返しますから。責任を持って」

 えぇー、って顔してる。

 ほんと何の躊躇もないな、この人は! 平和のためなら喜んで殺戮を執行するサイコパスだ。

「必ず生け捕りして、連れ帰ってきて下さいね。ほんと、頼みますから……」

「陛下の御心のままに」

 と、中尉は僕の意を汲んでくれる……が!

 内心、何を考えているか分かったもんじゃない。

 抵抗されたのでウッカリ部下が殺っちゃいましたテヘ、くらい平気で言いかねない人だもの。

 それがテュルミー・バンジューイン中尉という男だ。

 後顧の憂いを断ち切れるのなら、手段は選ばない。

 パルテノン神田から逃げ出した召喚者たちを捕まえるには、最高の適任者だが……

「いや、本当に! 殺さないで下さいね? 不要な血は極力流さない方向で!」

 過剰なくらい釘を差しておかないと、捕縛の過程で召喚者全員が謎の事故死、僕の手許まで戻ってきたのは首だけだった……みたいなことにもなりかねない。

 誰かが中尉に鈴を着けないと、この人【粛清大将】として歴史に名を残しかねないよ。


 元老院、逃亡した召喚者、そして粛清大将……

 諸悪の根源・悪王が追放されても、依然として危険人物は残る。

 誰かが手綱を抑えていなければ、カタストロフが千客万来でやってくる。

 そんな暴れ馬どもを「誰」が御するというのか?


 ――僕?


「参ったなぁ……」

 僕には全く向いてない。小説家だぞ?

 調整役は編集者の仕事じゃないか。


「帰りてぇ……」

 心の底から帰りたい。

 こんな、代理王様業とか、誰が好き好んでやるものか?

 しかし……

『咲也、他人様に迷惑をかけちゃならね』

 と言うだろう、ばあちゃんならば。

 確かに、こういう事態を招いてしまった責任は、僕にもある。

 出来ることなら、キチンと事後処理を負えてから、現地民にバトンを渡して帰りたい。

 それが、ばあちゃんから教えられた、正しい生き方である。


 にしたって……

「いつになったら帰れるんだ……」

 問題山積、解決の目処たたず…………


「なら、腰を据えて取り組んでみるがよろしかろう、この地に根を張って、な。男爵殿」

「簡単に言ってくれ…………はっ!」

 その聞き覚えのある声。

 ズケズケと心に踏み込んでくる押しの強さと――深い慈愛のブレンドされた声。


「あ――――アルコ婆!!!!」


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