第四章 4-15 ぼくが感謝すべきもの
クーデター回顧録。
やっぱりアルコ婆の見立ては正しかった。
説得の結果、約束通りテュルミー中尉は中立を貫いてくれて、
僕はマクシミリアン帝とのサシの勝負まで持ち込めたワケだから。
でも、勝利の要因は、それだけじゃない。
【龍災】戒厳令下で行われた、僕とテュルミー中尉の秘密会談。
最終的に、僕と中尉の合意は成った。
悪王は排除すれども、政治空白を許さない――その空白を埋めるピースが「僕の顔」だ。
マクシミリアン帝が「完璧な影武者」を演じさせるために喚んだ、異世界の自分。
それを逆手に取ってやろう、という目論見である。
「異世界の自分」なので、容姿の違いを見破れる者はいない。
民衆も、貴族たちも、諸外国も……見掛けだけなら近習でも気づけないだろう。
その「そっくりさん」を武器に無血クーデターを果たしてやろう、という筋書である。
そのために、加護の龍・カジャグーグーには一芝居、打ってもらった。
いかにも「今から帝都を襲いに行くぞ」という素振りで、近くのテーブルマウンテンに留まってもらったのだ。
そうすることで帝都には緊急配備が敷かれる。
王は「絶対安全圏」の地下壕へと篭もり、僕らが好き勝手できる余地が生まれた。
だがそれでも【異世界召喚術式】の秘密は、最後の最後まで分からず、冷や汗をかいたけど。
「儀式の秘密」を僕らが知り得たのは、塔の高窓から一部始終を観察してくれたハミングバードさんのお陰だ。
彼(彼女?)の証言で儀式のキーアイテム(=玉璽)が分かった。
そしてその「鳥語」を翻訳してくれた妖精さんもね。本当にありがたいよ。
僕らだけではどうにもならなかった。
「誠、感謝に堪えません――加護の龍、カジャグーグーよ」
僕とルッカは、再び龍の巣を訪れていた。
無血クーデター作戦に助力してくれた龍に、謝意を述べるために。
『構わぬ、人の子。新しき約定が果たされるのならば、些かの労苦は吝かではない』
「人の子を代表して、ここに誓い申し上げる。これより先は、決して龍の安眠を妨げぬと」
『結構』
すると龍は、穏やかに羽を休め、眠るように身を鎮めた。
☆
龍の寝息を横目に、そっと塒から退去した僕らだったが……
「あ……渡しそびれた」
加護の龍に渡すはずだった勲章が、ポケット入ったままだった。
「要らないんじゃない?」
「一応、感謝の印は必要かな、と思ったんだけど……」
こんなもの貰っても仕方ないか。
勲章なんて人間だから価値を見出だせるものだし、龍も鳥さんも妖精さんも、要らんわな……
「じゃ、これはキミのものだよ」
立派な勲章を、ルッカの胸に着けてあげた。
「ありがとうルッカ。キミがいなければ、事を成せなかった」
今回のクーデター作戦のキモである【国璽の奪取】は、優秀なアサシンがいたからこそ、遂げられた偉業だ。薄暗闇に紛れ、巧妙な擦り替え術の達人業がなければ。
切り札(=玉璽)の入手はルッカの手柄だよ。
てかそもそも……吊り橋から転落した時に死んでたよな僕は、ルッカがいなければ。
「ううん」
首を振った彼女は、
「感謝するのは私の方だよ」
自分の胸から勲章を外して、僕の胸に着けた。
「だって、おばあちゃんを助けてくれたのは男爵だもの」
一筋、涙がキラリ☆
そうだった。
こんなバカみたいに規模が大きくなってしまったクーデター劇も、結局はアルコ婆の救出が最大目標だったワケで。
それさえ叶えば大体はオッケーな話なのだ。
(よかった……)
僕は彼女の涙に胸を撫で下ろした。
あんなストーキング無理矢理婚活押し付け婆さんでも、ルッカにとって血を分けた肉親であり、賢者という弱者救済機関の導師として敬愛する存在だ。
あのクソババアが助かっただけでも、骨を折った甲斐があったというものだ。
「おばあちゃんは男爵が諦めなかったから助かったのよ。この勲章は、あなたのもの。咲也」
でもルッカ……諦めなかったからじゃない。
諦めたくなかっただけだ。
僕と同じような悲しい別れ方をする子が、いちゃいけないと思ったからだ。
大切な人との別れは厳粛で、そして優しいものでなくてはいけない。
理不尽に引き離されて、死に目にも会えないなんて寂しすぎる。
獄中死など以ての外。
ルッカ……アルコ婆の最期はキミが看取らなくてはいけない。
だから僕が――――必ず助け出す。そう誓ったんだ。
それが愛する家族との正しい別れ方なんだよ。
「……あのね、男爵?」
僕の胸に勲章を着けつつ、うつむきながら彼女は呟いた。
「私、迷惑かけすぎよね……男爵に」
「そうかな?」
「龍退治を唆してドラゴンゲートの通行証を取らせたし、
王族や貴族の腐敗を知った時は、龍と一緒に逃げようとしたし、
挙句の果ては、一人で王様を殺そうと先走っちゃったし」
「うん……」
でもそれは、決して悪意の発露ではなくて……ルッカはルッカなりの義憤で行ったことだし。
「【あの男】と手を組むのも大反対しちゃったし……」
「でも、最後は手伝ってくれた。たぶん、もし僕が一人で屯所に忍び込んでたら、三秒も保たずに斬られてたよ」
「男爵……」
「何度だって言うよ――僕はキミがいたから全てを成し遂げられたんだ。本当に感謝してる。こんな勲章程度じゃ気が済まないくらい」
「ほんとに……?」
「だからルッカ、何か欲しいものはない?」
「えっ?」
「僕は単なる代行者、臨時の王様だけど……一応王様だからさ、一回くらいは権力の私的行使してもいいよね? それをキミのために使いたいんだ」
「でも……」
「最大の功労者に何もなし、じゃ王様のメンツが立たないだろ? 僕を立てると思ってさ」
「じゃあ、賢者協会を国教化し……」
「できません!!!!」
そんな国の形が変わるようなヤツは無理だっちゅーの!
「もっと、穏便で僕に出来るようなヤツを頼むよ……」
「それなら……ずっと、ここに居て」
そう言ってルッカは僕を静かに抱き締めた。
「男爵、言ったよね? 「ようやく、くたばったか!」って笑いながら、おばあちゃんを見送ってあげるんだ、って」
「ああ……まぁ確かに……」
「長生き……すると思うよ?」
ぎゅ。
「おばあちゃん長生きするから、それまで……ずっといてくれるんだよね?」
まるで「離さない」とでも言わんばかりの強さで。
知ってるくせに――僕が、元の世界へ帰りたくて仕方がない召喚者だって。
それでもなお、繋ぎ留めたいという気持ちが伝わってくる抱擁だった。




