第四章 4-14 国破れても王様あり - The Country may fall, but they king remain
王城前広場に集った数千、数万人の前で披露された、人体消失マジック。
今の今まで、僕と対峙していた「もうひとりの僕」は、光の藻屑となって消え去った。
僕が手にした賢者の神楽鈴(※底面に、異世界召喚術式の魔術回路を貼り付けた)の神威で。
国宝レベルの魔術回路は未曾有の魔力を放ち、最高権力者を別時空へ吹き飛ばした。
「「「「………………………………」」」」
突然の事態に、静まり返った群衆へ向け、
「民よ! 悪魔に憑依されし偽の王! 奴は去った! この世界より追放されたぞ!」
高らかに僕は宣言した。
そして――――
バサバサバサッ!!!!
平和の象徴たる鳩の群れ……ではなく、
その数千、数万倍の翼を持つ、巨獣の羽ばたきが! 広場へ叩きつけられる!
大型ヘリすら凌駕する、猛烈な風圧!
それを受けて、民の脳裏に【悪夢】が蘇る。
生まれた時から怯え震え続けた【災害の記憶】。
誰もが本能的に蹲り、飛来する悪魔に身構えたが……
鳩と同様、訪れた平和を祝福するがのごとく――――巨龍は彼方へと飛び去ってしまった。
「マジかよ……?」
帝都の民は、我が眼を疑った。
王城前広場に集った者たちだけではなく、数十万帝都民が、それを呆然と見送った。
一棟の建物も踏み潰さず、一人の自警団も焼き殺さず、城も王をも生贄に求めず、
塒へ去っていった龍を。
そして、広場は湧いた。
建国以来とも言える、最大の歓喜が王城を揺らした。
遂に帝都ドラゴグラードは「龍に怯えることのない街」になったのだ。
これで幕引き、一件落着である。余は満足じゃ、である。
遠山金四郎景元か水戸中納言光圀か、そんな気分でロックンロールである。
☆ ☆ ☆
いやま……そう簡単には済まないのが現実なのだが。
金さんや御老公は、ドラマの最も美味しい部分を受け持つ役どころなので……事後処理は部下任せである。代官とか奉行とか各地方領主とか。
本当に偉い人は、それでいい。
しかし僕は偉くない。
果たして、諸悪の根源たるマクシミリアン帝は、時空の彼方へ追放した。
だから龍国ヤーパンに、帝都ドラゴグラードに平和が訪れました……めでたしめでたし。
――とは、いかないのだ。
王国から王が消えたらどうなるのか?
若きマクシミリアン帝には世継ぎがいない。
そうした場合――必ず国が乱れる。王のいなくなった王国では戦乱が起きる。
複数の貴族や軍閥が、王の縁戚を傀儡に仕立て、血で血を洗う継承戦争が起こる。
そして、劣勢となった陣営が外国に助けを求め、事態は悪化の一途。
王のいなくなった王国は、ものの見事に同じ末路を辿る。
人類史で頻繁に発生する興亡譚である。異世界テンプレ以上のテンプレートである。
当然、賢明なるテュルミー・バンジューイン中尉は承知している。
暴発した王殺しは、必然的な破滅を招く、と。
クーデターから、遡ること数日前――――
【龍災】警戒の戒厳令下、その間隙を突いて、僕とルッカが殴り込んだ「敵地・思想警察屯所」での会談、
そこで最も重要な議題となったのが、この問題だった。
「中尉、僕とあなたは利害が一致しています」
勝手知ったる僕の「職場」――思想警察・屯所。
忠実な番犬たる隊士たち数十名に囲まれる状況では、
中尉から「処分せよ」と命が下った瞬間、僕の首が胴から離れる。
そんな緊張感の中で【決死のプレゼン】は敢行されたのであった。
今、思い返しても膝が震えてくる。
「論点を整理しましょう」
→邪悪なるマクシミリアン帝は廃すべきである。(※合意)
→しかし、まだ王には、誰もが認める後継者=嫡子がいない。(※事実)
→然るに、安易な王の排除は内乱を招く。(※歓迎されざる未来)
「ふむ……」
余計な口を挟むことなく、中尉は僕のプレゼンに耳を傾けてくれた。
「状況分析に異論はない」
「ありがとうございます、中尉」
「しかしだ、ポイズンくん」
「はい」
「分析だけなら学者殿でも出来る。我々に必要なのは具体策だ。単純な排除の論理では、泥沼の権力闘争しか産まぬ。我が国の自壊を防ぐ手立てが、どうしても要る。どうしてもだ!」
テュルミー中尉に対する王の信頼は厚い。
思想警察が警護に就けば、最も近くで王の御身を守護する立場である。
つまり――振り向けば王がいる。
かつて大陸軍士官として勇名を馳せた中尉である。斬ろうと思えば、斬れる機会などいくらでもあったはずだ。
それでも中尉は王を斬らなかった。
分かっていたのだ――――短絡的な王の排除がもたらす未曾有の危機を、国難を。
王国とは王様が君臨するから存立できるもの=王の不在は国、そのものを揺るがす。
中尉は待っていたのだ。
来たるべき後継者の誕生を辛抱強く待ち続けた。
今も北方の国境では若き軍人たちが命を散らしている。それを分かっていながら待ち続けた。
内乱が起これば、今以上の悲劇を招くと知っていたからだ。
「To be comprehensible――――物語は紡がれた」
その時、僕の頭の中で、線が繋がった。
「その具体策、僕が提供させていただきます」
「なに?」
「亡国の悲劇を回避する安全弁があるんです」
「ほう……それは一体?」
暴発寸前の隊士たちを宥めつつ、僕を値踏みする中尉。
肝が縮み上がる四面楚歌、
プレゼンの失敗は死を意味する――――そんな緊張感の中で、僕は仮面を外した。
この世界へ召喚されて以来、
誰の前でも外さずいた、外すことを許されなかった――その仮面を。
ペンでもなく剣でもなく、僕が所持する唯一の切り札を。
僕は中尉に晒した。
「は…………ハハハハハハハハ!」
修羅場に響く笑い声――カリスマの破顔は、場の空気を一変させた。
「なるほどそういうことか! それが君の秘密兵器か、ポイズン君ンンー!」
鬼の閻魔大王が審判の椅子を立ち上がり、僕の肩を抱いた。
「ハァ、ハァ……礼を言うぞポイズン君! 久方ぶりよ、こんなにも笑えたのは!」
「お気に召していただけて何よりです、中尉殿」
☆ ☆ ☆
本音は、生きた心地がしなかった――あの「会談」は。
交渉とは名ばかりの、実質、処刑前の命乞いタイムに等しい雰囲気だったからね……




