第一章 1-6 電光石火! バットマン登場! - Who is batman?
異世界では、小説の活躍の場など、なし!
ツラい現実から酒に逃避するダメ人間・咲也に、救いを与える女神登場……かと思いきや、
怪しげなイルカのリトグラフを押し売りする悪徳商法だった!?
いやぁ……ほんと、人間の居るところに悪徳商法あり。
気をつけろ!
「危ないところだった……」
もし怪しげなイルカの版画とか買わされたら、異世界で借金まみれになるところだった……
異世界デート商法……まさに、事実はライトノベルよりも奇なり……
『えだまめ……』
肩に乗る翻訳妖精、ガックリとうなだれてる。
そんなに好きなら、今度また喰わせてやるから。あのキャッチ女がいない時に、な。
酒場から猛ダッシュで逃げた僕は、王城へと帰ってきた。
この王城、場所によっては庶民の見学も可能だが、工事中の区画は関係者以外立入禁止である。
なにやらこのドラゴグラード王城、延々と造営が行われているらしく、今上帝・マクシミリアンの即位前から(つまり前王以前の代から)、いつ果てるとなく続いているらしい。
まぁ、かの有名なヴェルサイユ宮殿だって完成までに四十年とも五十年かかったとも言われているし、「権威の象徴としての宮殿」とは、こんなもんなんだろう。
これもまた、専制国家の王様らしいお金の使い方だよな……
いくら名君と持て囃されようが、これが「王様」の在り方だよ。
「おっとっと……」
懸命に走ってきたせいか、階段で足がもつれる。酒場で呑んだ酒が、足に来てるんだ。
あれ、何度くらいあったんだろう? アルコール度数。
やるせない鬱憤に任せて、何杯も呑んでしまったけれど……
「まぁ、ここで酔いを醒ませばいいか……」
建設途上の尖塔に登った僕は、資材の積まれたバルコニーで一息。まだ屋根が出来てないから、風通しは最高だ。王城の丘から眺める城下町の絶景を堪能しつつ、アルコールを抜こう。
「ふぅ…………」
ちょうど現場も休憩中、建設作業員たちも手を休めている。
できればこの仮面も外してしまいたいところだが……見つかったら処刑されるのでNGだ。
「しかし、まさか異世界でキャッチに遭うとは……」
もちろん、悪質商法は売る方が悪いが、僕にも隙があったのは事実だ。
「確かに、酔った勢いで『死にたい』とか口走ってしまったけれども……」
死んだらセーブポイントまで巻き戻るとか、死んだら元の世界で再スタートとか、
そんな保証は一切ないのだ。
お約束まみれの異世界ライターなら、思考停止で盛り込みそうなギミックも、現実では虫の良すぎるご都合解釈でしかない。
「実際に死んで確かめてみるか?」
酔っぱらいの思考が、怖いもの見たさの背中を押す。
頑丈なバルコニーフェンスをシッカリ抱えながら、下を覗くと……
「うひょー……」
ピサの斜塔級の高さに足がすくむ。
「さすが王城。ラプンツェルでも脱出不可能の高層建築。これなら、落ちれば確実に死…………んじゃう? ……あ? アッー!!!!」
ズルっ!
全体重を預けていたフェンスが【滑った】! よりにもよって塔の「外」へ向かって!
「ちょっと! まだそこ、留めてないよ!」「なにやってんだ、バカ野郎!」「死にてぇのか!」
と、後方で作業員たちが僕に叫んでるが……後の祭りである!
哀れに宙を掻いても、掴まるものなど皆無! 踏みしめるものも絶無!
「ひっ!」
となれば!
この地上数十メートルの尖塔から! 問答無用の 紐 な し バ ン ジ ー である!
「ヒィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!!」
『み”ょ”ー”!”』
僕の耳を掴んだ翻訳妖精が、必死に翼を羽ばたかせても……焼け石に水!
そんな昆虫~小鳥サイズの翼じゃ、揚力もタカが知れてる!
「ギャアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」
次第次第に、増していく加速度!
異世界の青い空に映る、走馬灯!
ああ、なんで僕はこんなことに?
好奇心は猫を殺す。酒は飲んでも飲まれるな。注意一秒怪我一生。後悔先に立たず。
ついうっかり、こんな縁もゆかりもない世界で転落死?
嫌だ!
嫌すぎる!
ここで突然の人生終了なんて!
「婆ちゃん!」
ごめん、約束を守れなくて!
せめて、最後に謝りたかった。約束を守れず終いの僕でも、最後に顔を見たかった!
ごめんね婆ちゃん……出来の悪い孫を許して…………
おおおおおおおーーーーーーーーちいいいーーーーーーーるううううううーーーーー!!!!
しかし、その時。
僕が諦めかけた、その時。
――バサバサバサッ!
空を遮る黒い影。カラスと見紛う、漆黒の翼。
急降下で獲物を捕獲する猛禽の如く――僕へ襲いかかってきた!
否!
彼は僕を両手でガッチリと確保した! ラガーメンか格闘家並みの豪腕で! 黒い軍服を激しくはためかせながら!
「確保ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
ガクンッ!
すると、すぐさま空気抵抗が倍増する! 自由落下していた体が、天空に引かれる!
漆黒の【バットマン】が翼ならぬパラシュートを宙に放ち、僕ら二人分の体を宙空に留めた。
「命――無駄に投げ出すな、若人よ」
失神寸前で、ロクに声も出せない僕へ【バットマン】は呟いた。
「未来を奪われる若者など、見るに堪えないよ、この私は」