第四章 4-13 王様、だ~れだ? 2 - It's King's turn!
事前に示し合わせた、僕とテュルミー中尉との【密約】。
それは、僕と「本物」の真贋勝負が着くまで、日和見を決め込んで欲しい、というものだった。
ミエミエの三文芝居であっても、中尉は約束をキッチリと履行してくれた。
よし!
あとは演者の立ち回り次第。
稽古不足を幕は待たないよ!
「バンジューイン……余を試すか、下賤の分際で?」
恐れ入ります、と恭しく「本物」へ頭を垂れるテュルミー中尉。
だが、手駒の思想警察隊士たち数十人は、自分の手元で「お預け」させたままだ。
思想警察は中立に回る――――どちらの「王」にも与しない。
明確な意思表明だ。
でもそれは、僕が有利という話では、決して無い。
相手は超リアリストのテュルミー中尉である。
僕の旗色が悪いと判断すれば、即刻、「本物」へ靡くだろう。
それくらい抜け目がない。
それがテュルミー・バンジューイン中尉という男だ。
僕か、マクシミリアン帝か。
公衆の面前で「自分は王である」と証明した方に中尉は(=思想警察は)味方する。
だから僕は「本物」に勝たねばならない。この公開真贋対決で。
でなければ、僕も中尉に投獄されてしまうだろう。
「大丈夫――あなたは死なないわ、男爵」
この世界で、何の組織もコネクションも持たない小説家に対して、寄り添ってくれる人は彼女くらいなものだ。
ルッカ・オーマイハニー。
しばらく単独行動を行っていた彼女が僕の許へと戻ってきた。
「僕は早死しなくて済みそうなんだね? 賢者様のお告げでも」
「ええ男爵。あなたは死なない。私が死なせない」
全身黒尽くめのアサシンは頼もしい言葉で、僕を勇気づけてくれる。
「そりゃ助かる。まだ僕には、やり残したことが山ほどあるんでね!」
「ハッハッハ! 笑わせるわ小説家!」
思想警察という手駒を失っても、「本物」は余裕綽々、
「だから賢者などという淫祠邪教はダメなのじゃ、盲従迷信で人心を惑わす人界の悪である!」
不敵な笑みで僕に凄む。
「小説家! 貴様の生死は余が掌中にあり! 召喚者の生殺与奪は余の専権よ!」
忘れるものか。
有無を言わせず、この世界へ僕らを喚びつけた【異世界召喚術】――門外不出の超魔術として、王のみが隠匿する秘儀中の秘儀である。
どうしても元の世界へ帰りたい僕は、都中の書庫を必死に漁りまくった。
だけど、ど~しても見当たらず、終ぞ発見は叶わなかった。
それくらい厳重に秘匿された超魔術なのである。
だからこそ、召喚者の運命は王の機嫌次第、ということになる。
昨晩も王様の独断で、桑谷(※二代目影武者)は強制送還の憂き目に遭った……
跡形もなく、桑谷は消え去ってしまったのだ。この世界から。
僕らは抗えない、
王は勝手に別世界から召喚者を招き寄せ、要らなくなったらポイだ。
意に沿わぬ影武者など、王の一存で時空の島流し――それが「召喚主」の絶対権力なのだ。
「テュルミー・バンジューイン……王たる余を試すなど不遜にもほどがある!」
「誠に申し訳ございません」
と悪びれず返す中尉に対し、
「だが、苦しゅうないバンジューイン、見せてやろうではないか……余こそが真正の王たる証をな!」
マクシミリアン帝は王の度量で切り返した。
「我が城前に集いし民よ、貴様らが証人である! 余の正統、しかとその眼に収めよ!」
静まり返る数千数万の民衆を前に、バルコニーの「本物」が高らかに命じた。
「宰相! ――魔法陣を敷けぇぇぇぇい!」
「は!」
昨晩の転送儀式の再現である。
名門の魔術家系を継ぐ若き宰相、彼が詠唱を唱えると――広いバルコニー全体を覆うほど、巨大な魔法陣が出現した。現代のプロジェクションマッピングを彷彿とさせる、派手な視覚効果を伴い。さすが最上級官吏の血筋は伊達じゃない!
「もはや、これで逃れられぬ――簒奪者・堀江咲也、どこぞの異空へ飛ばされるがよい!」
チェックメイトを確信し、サディスティックな笑みを浮かべるマクシミリアン帝。
「宰相、国璽を持て!」
「これに!」
アメリカ大統領の側近が常に抱える核ミサイルのスイッチ――あれを彷彿とさせる。
国家最高機密のブリーフケースは、この世界では、豪奢な豪奢な袱紗だった。
それに包まれた金の印章こそが、【異世界召喚術式】に於ける最重要呪具だ。
「龍国ヤーパンを知るものは幸せである。心豊かであろうから――――」
『賢者の議定書』の一節をトリガーに、魔法陣は起動し……
床から空へ向かって、眼も眩まんばかりの光が放たれる。
光の結界だ。
広場に集った民衆たちも、固唾を呑んで見守る。
光の絨毯を踏みしめながら、詠唱する王は「舞台」を練り歩く。
数万の眼を釘付けにする千両役者ぶり、さすが「本物」の王である。
威風堂々、その振る舞いで「自分こそ主役である」と広場の隅々まで知らしめた。
その姿たるや――僕も、ルッカも、妖精さんも、思わず見入ってしまうほどだった。
「それゆえに、翻訳妖精の語る、次の物語を伝えよう――――」
唄うように舞うように、檜舞台を支配したオペラ皇帝だが、
――突然の豹変!
「小説家ああああああああ!!!!」
王は僕の許へ猛然と迫る!
まるでオペラから歌舞伎への急転直下!
吉良上野介に襲いかかる浅野内匠頭の勢いで、僕に襲いかかってきた!
ただし!
王が手にしたのは、浅野の小刀ではない。
この国、最大の呪具にして、【異世界召喚術式】を発動させる直接の触媒である。
「召喚者・堀江咲也、貴様は帰還せい! 国璽の主たる、この余が許す!!!」
王は力いっぱい国璽を叩きつけた!
「転移せよ!」
――――僕の額に向かって!
「フハハハハハハハハ! 消え去れ不埒者!!!!!」




