第四章 4-11 小説家、王になる。
「貴様は、先任の影武者と同様、あの龍に焼き殺されるのだ」
【龍災】という劇場型の災害は、生贄を求める。
王が罪を贖えば、災害は収まる。
だが、頭ごなしに「死んでくれ」と言われても困る!
僕ら召喚者は、この国とは無関係。王様から勝手に喚ばれた異邦人である。
何も知らないまま「影武者契約」を結ばされた僕らの身にもなれ!
と、王様に抗議したかどうかは定かではないが、
生贄として生殺し状態に留め置かれた二代目影武者・桑谷は……結局、心が壊れてしまった。
慌てて次の生贄を指名しようとするマクシミリアン帝だったが、
そこへ自ら立候補する破天荒野郎が現れた。
ああ、僕です。
小説家は王になる!
「気でも触れたか? 小説家?」
さすがのマクシミリアン帝も、僕の蛮勇を狂気と見た。
そりゃそうだろう!
だって、あそこに龍がいるんだから! 何日も居座っているんだから! ほら、あそこあそこ!
この王城からも見える、テーブルマウンテンに!
空駆ける巨大龍であれば、ものの数分で帝都を捉える至近距離に。
あのプレッシャーで、桑谷はおかしくなってしまったのだ。
客観的に見て――こんな状態で影武者に手を挙げるヤツは自殺志願者に等しい。
「熱すぎて拾えぬ栗ぞ?」
「僕にとっては千載一遇なんです、マクシミリアン陛下」
精一杯の虚勢で、僕は王に訴えた。
「なにせ僕、十二人の中で最も帰還願望が強い召喚者ですからね。手っ取り早く任期を済ませて、少しでも早く帰りたい。他の召喚者が譲ってくれるなら、願ったり叶ったりです」
「…………」
注意深く腹を探る目で、王は僕を窺う。
マクシミリアン帝は騙す側の人間である。
ゆえに知っている、騙る者の思考を。
ゆえに用心する、謀ろうとする輩の企みを。
ゆえに王は、僕の言葉を鵜呑みにしないだろう。詭弁だと見破っているはずだ。
「火中の栗は僕が拾います」
だが、それでも王は僕を身代わりに使命するだろう。
「いかがですか?」
なぜなら王には選択肢がないからだ。
「…………」
王は、誰でもいいから【生贄のバトン】を渡さなくてはいけないのだ。
龍の気が変わる前に、ハンカチを誰かの後ろに落とさなくてはいけない。
キングボンビーをなすり付けられるなら、相手は誰でもいい。
自分と同じ顔の召喚者十二人(うち、残り七人)の誰でも。
「よかろう」
胡散臭い立候補を怪しみつつも、王は決断する。
「望み通り、次の「国王」は貴様とする。小説家よ。ポイゾナス男爵・堀江咲也」
「謹んで拝命いたします」
こうして僕は目論見通り、三代目影武者に就任する運びとなった。
☆ ☆
影武者指名を受け、夜明けと共に僕は動き出す。
王の声を城下に伝える、魔法ビジョンシステムを起動させ、
『あーあー……テステス。我が名はマクシミリアン・フォン・カストロプ・スターリング。本日は晴天なり。本日は晴天なり』
王様である。この国で一番偉い人である。
その地位に就任したのだから、そりゃ最初にやることは一つである。
所信表明演説だ。
古今東西、それが定番さ。
『It's fine today……………この新しく佳き日を、我は皆と分かち合いたい!』
は?
何を急に言い出すのか?
昭和の街頭テレビよろしく、帝都各所の魔法ビジョンを見上げる帝都民たちは、
「突如、王様が意味不明なことを口走り始めた!」
と首を傾げたに違いない。
だって今は非常時だ。
女・子供・老人は防空壕に篭もり、息を潜めている。
男たちは武器を片手にバリケード裏で臨戦態勢だ。
すぐそこまで迫った【龍災】に備え、全臣民が身構えているのに、何が「fine today」か?
怪訝なオーディエンスたちに向かって、僕の所信表明は続く。
『安堵せよ我が臣民たち! このマクシミリアンが宣言する――――もはや【龍災】は起きぬ! この帝都に、本当の安寧は訪れた!』
「「「「「「「「「「「は?」」」」」」」」」」」」
帝都中で、そんなリアクションが飛び交ったに違いない。
今ごろ防空壕でも自警団の防御陣地でも、皆が素っ頓狂な顔を見合わせているに違いない。
怒れる龍は虎視眈々と都を狙っている。
現実として、数キロ先のテーブルマウンテンに居座っているのが、肉眼で観察できる。
なのに――――なぜ王様は、そう断言できるのか?
間近に迫る龍は、まだ一人の人間も焼いていないし、王城も健在である。
なのに『危機は去った』などという判断は、帝都民なら誰も信じないだろう。
乱心王の妄言説の方が信憑性がある。
そして「王」の言葉は更なる危険領域へ踏み込んだ。
『彼の龍は災厄の龍などではない! あれこそ加護の龍である! 古くからこの龍都を守護してくれた恵みの龍神様ぞ!』
ザワッ!
王の戯れ言にしても、不穏すぎる――――禁忌の畏れに民は慄いた。
何故ならば、それは邪教の教えだからだ。
王自らが【魔利支丹婆羅門追放令】で邪教認定した賢者の教えだ。
禁書として燃やされた『賢者の議定書』の見解ではないか!
「つまり……王は改宗した、ということか?」
「王様が賢者信徒に?」
「賢者信仰を再び認めるのか……?」
突然の【改宗宣言】に戸惑う民たち。
だが、徐々に……
「もう龍が襲ってこないのなら、それはそれでいいんじゃないか?」
「そう……だよな」
「啓蒙思想とか迷信排除とか俺たちには関係ねぇ、龍さえ来なくなるのなら最高だ!」
「王様があれほどキッパリ申されるんだ、よもや嘘ではあるまいて」
「解放された…………のか? 俺たちは龍の災害から?」
「本当に?」
「帝都の民、解放された……?」
「龍に家を焼かれたり、自警団が殉職しなくて済むのか?」
「マジで?」
「嘘じゃないよな? だって王様が言ってるんだぜ? 王様、嘘つかない!」
「ば……万歳! 王様万歳!」
「マクシミリアン、真の救世主!」
「万歳! 万歳! 解放王マクシミリアン!」
抑圧からの解放は歓喜を生み、狂喜が伝播していく。
矢も盾もたまらず人々は踊り出し、全身で祝賀を表現した。せずには居れなかった。
帝都ドラゴグラードの新たな夜明けだ、インディペンデンスデイだ。
「見たか、小説家の実力を!」
これが僕の所信表明だ!
【読者が見たいものを見せる】ことこそ、小説家の仕事だからね!
長年、龍の災害に悩まされてきた帝都の民が最も求めるもの――それを与えてやるよ。
リアルタイムのエンターテイメントとして、ね!
夢を見たいのかい?
だったら僕を見つめていて。
強すぎるくらい溢れてる、その想いに応えてやるさ!
これだ、これが僕の【作品】だよ!
君が望む永遠を、僕が見せてあげる。
ウワァァァァーッ!!!!
帝都各地から人が押し寄せる、王城の丘の麓まで。
塹壕の兵士は武器よさらば、女たちも防空壕を飛び出した。
やがて王城前広場は、黒山の群衆で埋め尽くされる。
「「「「オー! マクシミリアン! 解放王マクシミリアン! 偉大なり我が王!」」」」
王城のバルコニーに立つ僕に向かって、計り知れない熱量で声が飛ぶ。
煉瓦造りの城が揺れている? と錯覚してしまうほどの音圧で。
圧倒される!
これが喜びの歌か!
帝都生まれの運命と甘んじるしかなかった、災龍の脅威、
その解放を祝う奉祝か。
もちろん【龍災】の停止は、紛れもない事実だが、
それは、一か八かの賭けで手に入れた偶然の産物と言ってもいい。
「あの災厄の龍が実は加護の龍だった」とか、本気で信じていたのはルッカ嬢と、隠れ賢者信徒だった猪八戒と沙悟浄くらいなものだろうな。
妖精さんの翻訳で龍と対話できるまで、僕だって信じられなかったんだ。
それに……【龍と人類との新しい契約(=決して人は龍の塒を荒らさず、龍は龍脈の管理を継続する)】は正式に批准されたワケではないし。
僕が勝手に宣言しただけだ。
もし僕が王位=影武者の地位を追われたら、その瞬間に破棄されるだろう。
「本物」の王と、元老院、有力貴族らの談合によって。
彼らは【人為的な龍災】で美味しい思いをする、強力な既得権益者だからだ。
そしてその脈動は、既に動き始めていた。




