第四章 4-10 王様、だ~れだ? - A representative of strangers
龍は来た。
塒である巣を飛び立ち、帝都に迫る!
しかし――そこから一向に動かない。
帝都外壁から、目と鼻の先であるテーブルマウンテンに居座り、歩みを止めた。
襲おうと思えば、数分で帝都まで飛来できる距離である。
なのに動かない。
なぜだ?
【災厄の龍】の気まぐれに、全帝都民が翻弄されていた。
――この街は、戦場だから。
それは帝都ドラゴグラードで育つ者にとって、常識であった。
物心つく前から、人々は龍に怯え、いつ来るとも知れぬ「天災」を覚悟した。
実際、災害に見舞われたなら、
たとえ家族と逸れようとも、振り返らず逃げよと教え込まれ、
男たちは傷だらけの英雄となる。
それが「この街の当たり前」なのだ。
だが……それが当たり前ではない者もいる。
僕らだ。
別世界から喚ばれた召喚者たちに、そんな常識は通用しない。
しかも召喚者は王の影武者として、龍へ捧げられる。
襲撃者の、振り上げた拳の収め時、
「この辺にしといたるわ!」という落とし所で、焼かれてしまうのだ。
「約束を守らぬ、傍若無人な人の子」の罪を背負う、ノブレス・オブリージュの担い手として。
なので――――
「陛下! 大変でございます陛下!」
若き宰相が、王の御座所へ飛び込んできた。血相を変えて。
「どうした宰相? ようやく龍が動いたか?」
「龍ではございませぬ! 【影】の方でございます!」
☆
御座所から謁見の間へ移動したマクシミリアン帝が見たものは……二代目影武者、桑谷亞憐の抜け殻だった。
「テーブルマウンテンに龍が現れて以来、明らかに情緒不安定の兆しを見せておりましたが……昨日今日に至っては、錯乱状態に至り……側近に狼藉を働いた末、事切れてしまい……」
苦渋の侍従長が成り行きを説明した。彼自身、頭に包帯を巻いた痛々しい姿で。
当然だ。
【龍災への覚悟】を待たぬ召喚者には、あまりに酷な状況だ。
初代影武者・小林衛の時のように【龍災】の定番シークエンスが、あれよあれよという間に滞りなく進んでしまうならまだしも――
ギロチンに首を括られたまま生殺し、では心を病んでも致し方ない。
「これでは使い物にならぬ……」
影武者には、最期の最期まで「勇敢なる王」を演じて貰わねばならぬ――王としては、それがマストだ。
このような目から光が消えた死に損ないでは、役不足も甚だしい。
もしも、こんなものを人前に出そうものならば、王の権威も丸潰れである。
「【儀式】を用意せよ! 今宵、返還の儀を執り行い、明朝には代わりを立てる!」
影武者を十二人も喚んでおきながら、己が焼かれたのでは間抜けもいいところだ。
「嵐は近い……もはや猶予はない!」
最悪のタイミングで影武者を失う悪夢。言うまでもなく王は焦っていた。
☆
その夜……
ドラゴグラード王城の奥深く、古びた尖塔。
余人を寄せ付けぬその塔は、スターリング朝で代々使われてきた、曰く付きの塔だ。
【おおっぴらに出来ない事情】を抱えた、貴人のための住まいである。
そこに王と、彼の替え玉を担っていた者の姿があった。
つい先程まで、絢爛たる王のローブをまとっていた桑谷亞憐が、見窄らしい衣服で椅子に縛り付けられている。
「宰相……国璽を持て」
「これに」
金糸が織り込まれた豪奢な袱紗を開き、恭しく国号印を掲げる宰相。
「うむ」
それを手に取ると、マクシミリアン帝は秘儀の詠唱を唱え――――かけて、止めた。
キェェェー……キェェェェー……
見上げれば小窓、月明かりを背に不気味な碧い鳥が鳴いていた。
「追っ払いますか陛下?」
「よい。構うな宰相、所詮は畜生よ」
「は」
「それよりも【儀式】じゃ。萎れた王を廃棄する」
「御意」
「美しく、強く、勇ましく――民に敬われる者こそ王よ。干枯らびた花を「王」という器には活けられぬ」
改めて、マクシミリアン帝は詠唱を始める。
国中で王しか知らぬ、秘儀中の秘儀のマジックスペルを。
「龍国ヤーパンを知るものは幸せである。心豊かであろうから――――」
それはなんと、『賢者の議定書』の一節だった。
異世界召喚術式は賢者の超魔術も取り入れていたのだ!
まさか王が賢者を邪教として取り締まったのは――異世界召喚術を独り占めにするため?
儀式の秘密を外に漏らさぬため?
もしそうならば、王が執拗に賢者狩りを命じていた理由も分かる…………
なんて奴だ!
教会やギルドが秘匿していた様々な知識を開示させ、民から絶大な人気を得たくせに!
自分だけは門外不出の秘術を隠匿するとか!
「文明開化帝」なんて嘘っぱちだ!
「召喚者・桑谷亞憐、貴様を元の世界へと還す。国璽の主たる王が許す」
詠唱を終えた王は国璽を思いっきり叩きつけた! 腑抜けきった桑谷の額へ!
「転移せよ!」
パーッ!
すると茫然自失の桑谷が、身体から神々しい光を放ち――――
次の瞬間……消失した!
影武者が縛られていた跡には、椅子と縄と衣服だけが残されていた…………
「よし、これで半分は片付いた」
あまりにも無責任な「返品」を終え、王は満足げに呟いた。
☆ ☆
残りの半分は、もちろん新しい影武者の選定である。
誰でもいいので手っ取り早く「次期王位」を指名して、生贄の任を委ねねばならない。
そうしなければ自分が焼かれてしまうのだ。
王が焼かれないと、【龍災】は区切りが着かない。
それが【龍災】に関わる全ての者たちの、暗黙の了解だった。
桑谷の【強制送還】が片付くと、王は次期「国王」選定会議を招集した。
草木も眠る丑三つ時であろうがお構いなし。
召喚者は直ちに城へ出自せよ――専制君主の絶対命令が、パルテノン神田の全室へ通達された。
が――――
まだ朝も開けきらぬ頃、
「おはようございます、your majesty」
王の御座所へ姿を見せたのは、僕一人だけだった。
「他の者はどうした? まだ六、七人は残っておったろう? まさか全員、気が触れたとでも戯言を抜かすか?」
「いいえ王様――他の六人は、この通り」
僕はカードを広げるマジシャンよろしく、両手に三枚づつ、計六枚の「委任状」を披露した。
「召喚者全員の委任を受けました――次の影武者を僕に譲るとね」




