第四章 4-8 異世界が静止する日 - The Day the ExEarth Stood Still
改めて、アルコ婆の救出を固く決意する咲也だったが……
果たして、具体的にどうしたものか?
ヒント自体は既に「大賢者の宣託」が教えてくれている。
【三つの謎掛け】を解いた僕には、たった一つの冴えたやり方がある。
ある。
あるにはある。
あるにはあるが、なかなかに難しい。
「自分を殺そうとした男を頼れ」って言われて、「はい、そーですか」って頷ける?
ねぇ?
大丈夫、これ?
小説家的に、プロットは通ってる?
帝都ドラゴグラードは、未だ厳戒態勢下にあった。
災厄の龍が巣を飛び立ち、帝都近郊まで迫っている! という状況を鑑みれば当然である
全ての経済・社会活動は停止し、全臣民が今か今かと【龍災】に備えた。
が――――
今回の襲来は、どうもおかしい。
普段なら、熱り立った龍が一目散に都を目指し、その鬱憤を晴らしにかかる。
都市城壁の脆くなった箇所をブチ抜き、辺り一帯を黒焦げに焼き、
果ては王城の一部を溶解させると、気が済んだかのように去っていく。
それが【龍災】の定番コースだったはず。
しかし今回、龍は帝都への飛来の兆しを見せたものの……
都から数キロ離れたテーブルマウンテンに居座ってしまっていた。
小田原城を見下ろす石垣山城みたいな位置で、微動だにしなくなってしまった。
来るワケでもなく帰るワケでもなく。
龍の気まぐれに翻弄されつつも、警戒を解くワケにもいかない。
龍の気配に慄きながら、固唾を呑んで動静を見守る――
帝都ドラゴグラードは静止した状態にあった。
☆
地上とは些か異なるが、地下は地下で不気味な静けさに包まれていた
「これは……」
帝都の地下水路を辿るのは二回目の経験だが……前回よりも明らかに静かだ。
それは水音が更に小さくなっているからだ。
帝都の水甕、地底湖の水位は文字通りの【危険水域】。もはや言い訳の効かない惨状に陥りつつある。
厳しい取水制限が発令されれば、暴動すら誘発させかねない。
【災龍の襲来】が何とかそれを誤魔化している状態だ。
しかしこれは好機――僕らにとっては千載一遇と言える。
なぜならば、行く手を遮る水流も乏しく、地下を自在に移動できるからだ。
目指すは、大寺院ウエストホンガンチャーチ。
その近所に軒を連ねる、非合理思想摘発局――通称・思想警察の屯所である。
「ねぇルッカ。本当に、ついてくる気?」
「男爵一人で何が出来るのよ? 相手は【あの男】なのよ?」
確かに、僕には体術も護身術も全く心得がない。
歴戦の軍人さんが相手ならば、アッという間に伸されるのがオチだろうな……
なにせ小説家なもんで。
ペンが剣より強いなんてことは絶対にない。斬られれば人は死ぬ。当たり前の話だ。
ペンが剣より強かったら、世界中の独裁政権は存在していないはずだ。
そもそも僕はペンで小説を書いた経験もない。
……閑話休題。
「危ない橋だよルッカ……敵地に乗り込むんだよ?」
思想警察の隊士たちは、対龍非常展開で出払っているはず。
今ならテュルミー中尉とサシで話ができる、その可能性が高い……と踏んでの決死行だが、
もしかしら何人かの護衛は残っているかもしれない。
となれば、交戦の可能性だって……
「男爵!」
「は、はい!」
「男爵は私に「死んじゃダメ! それじゃお婆ちゃんに顔向けができない!」って言ったよね?」
ええ確かに言いましたとも。
誰も勝手に逝かせたりしない。幸せな人生のグランドフィナーレを見せてやる、と。
「私だってそうだよ」
「えっ?」
「おばあちゃんは男爵に必ず、最高の嫁を娶らせてやるって言ってたんだから。勝手に死んだら許さない。おばあちゃんの願いを叶えてあげるのが孫の務めでしょ?」
「ルッカ……」
こりゃ一本取られたな……
「男爵、あなたは死なない。死なせない。私がアナタを護るから」
内心、ルッカには蟠るものがあると思う。
ルッカは中尉を毛嫌いしているし、彼の手を借りるなんて以ての外! が本音だと思う。
でも「アルコ婆を助けたい!」の想いだけで、好き嫌いを呑み込んでくれた。
だからこそ僕は彼女に告げる。
「ああ。僕の命はルッカに預けるよ」
☆
「見て、男爵」
ルッカが差した水路は、ほとんど干上がる寸前だった。
この地下へ僕らが踏み込んでからも、数十分~数時間単位で水量が変化している。
「加護の龍は上手くやってくれているみたいだな……」
それは僕の差し金だ。
ルッカが思想警察に包囲された時、僕は一羽のハミングバードに特急の伝令を依頼した。
それは加護の龍に向けた嘆願だった。
【直ちに巣を飛び立ち、帝都を襲う「フリ」をしてくれないか?】
虫のいい話だとは思ったが……加護の龍は僕の願いを叶えてくれた。
龍が、気まぐれに近郊のテーブルマウンテンを飛び立つと、帝都は緊張に包まれる。
地下水路の水流が減るのは、その現れだ。
臨戦態勢が強まれば強まるほど、日常生活も経済活動も滞る。都市は身構え、静止する。
その隙を突いて、僕らは思想警察の屯所を急襲するのだ!
隊士たちが帝都防備で出払っている屯所へ、僕とルッカが易々と突入する!
裸の中尉を襲うとしたら、もうこの機会しかない!
我に勝算アリ!
☆ ☆
勝算は――――あった、はずだった。
ウエストホンガンチャーチから数百メートル先、ちょうど屯所の真下の縦坑を発見した僕ら、
しめしめ……と坑を登っていったところ……
パカリ、蓋を開けて地上へ出てみたら、
「はっ!?!?」
見知った顔が僕を凝視していた。
思想警察の隊士たち、その数、総勢数十名。ほぼ全員が、僕らを囲んでいる!!!!
裏目った。
考えてみれば思想警察、帝都民の自警団でもなければ、大陸軍麾下の正式な軍隊でも治安部隊でもない。
情報部に設けられたイレギュラーな実行部隊である。ほぼ、中尉の私兵集団である。
なので、既存の対龍防御シフトには組み込まれていなかった。
誤算だった……
そして屯所待機は、お得意様の要請待ちでもある。
この非常にこそ、自由に扱える「手駒」は重宝されるに決まってる。
つまり【龍災】は思想警察が王様に恩を売れる絶好の機会でもあるのだ。
つまり……そういうことか……
「To be comprehensible――――物語は紡がれた」
その時、僕の頭の中で線が繋がった。
いかにも超合理主義者のテュルミー中尉が考えそうなことじゃないか!
くそ! こんなことにも頭が回らなかったなんて!
僕は小説家失格だ!
☆
こんな大人数相手では、応戦どころか逃亡も叶わず。
僕とルッカは、縄を掛けられたまま「元・上司」と対面することになった。
「生きていたとは驚きだよ、ポイズン君……」
情報部預かり、非合理思想摘発局(通称・思想警察)局長、
テュルミー・バンジューイン中尉。
元・僕の上司にして、僕らを吊り橋から川へ叩き落とした男である。
「復讐か? 私怨を果たすため、わざわざご足労いただいたのかね? 貴族殿」
「違いますよ少佐」
その呼び方に、中尉の鉄面皮が動いた。
メタル仮面の下……分かりにくいが、確かに窺えた。
僕の言葉が中尉の心にフックを噛ませたのだ。
「僕は、大陸軍第七師団所属 テュルミー・バンジューイン少佐と話に来た」
「どこで、その名を……」
「小説家の取材旅行で、ちょっと珍しい傷痍軍人のサナトリウムを訪れましてね……いや、それはどうでもいいんです。僕はあなたにプレゼンしたいんです、少佐。そのために、苦労してここまでやってきたんだ」
「プレゼンだと?」
「ええ……プレゼンテーションです。企画の売り込みですよ。有り体にいえば「いい儲け話がありますよ?」という悪魔の誘いです」
「この私が得をする話を持ってきたというのか? ハッハッハ!!!!」
心の底から中尉は僕を嘲笑った。
「君は頭がおかしいな! ポイズン男爵! 私が見てきた部下の中で、飛び抜けておかしい! 自分を殺そうとした男に儲け話を持ちかけるとか? どうかしているよ! ハッハッハ!!!!」
「笑い事じゃないですよ中尉。これはあなたにとって最高に得する話だ」
「ハッ! 聴くだけ聴こうかポイズン君!」
聴くだけ聴いたら首を刎ねるよ、とでも言いたげな暴君の笑みで僕を促す。
「では中尉、まずこの手枷を外していただきたい」
「いいだろう」
何かおかしげなことを企んでいるとしても、やれるのならやってみろ。
とでも言わんばかりに縄を解く中尉。
挑発的なカリスマに、心も萎縮しかけ――――だめだだめだだめだ。
ここで怯んだら、元も子もない。
奇跡的なお膳立ての上で、タイトロープを渡って来たんだ、
やるべきことをやって、ダメならダメと諦めろ!
やらなきゃ意味がないよ、堀江咲也!
伸るか反るかだ!
「少佐! テュルミー・バンジューイン少佐!」
この小説家、一世一代のプレゼンテーションを見せたろかい!
「この企画、高く買ってくれ!」




