第四章 4-7 勝手なこと抜かしてんじゃねーぞ、クソババア!
『よいかルッカ。心して聞くがよい――――これが最後の宣託じゃ』
大賢者アルカセット・オーマイハニーこと、アルコ婆の魔術アルゴリズムを注入された粘菌は、賢者の大図書館を勝手に抜け出し、孫娘にそう伝えた。
いったいアルコ婆は、粘菌に何を仕込んでいたのか?
『その調子ではダメだったようじゃな。【三つの謎掛け】は、お主らを「征くべき道」へ導けなかったということか』
「……おばあちゃん、ごめんなさい」
『いや、それはそれでよい。お主らが案ずることではないルッカ、男爵殿』
「アルコ婆……」
アルコ婆(※粘菌)は落胆の素振りも見せず、穏やかに受け容れてくれた。
見合いの話になると、優柔不断は悪! とばかりに前向きな決断をグイグイ迫ってくるのに、
普段のアルコ婆は、孫に甘い好々爺だったりする。
たとえ孫が困難に躓いても、頭ごなしに叱ったりせず、優しく頭を撫でてくれる。
なので……
これは本当に本人じゃないのか? と疑ってしまうくらい、その粘菌はアルコ婆っぽい。
反応も思考も完璧に婆を再現している。
まさに魔術だ。
僕らの世界の科学体系では、全く理解できない超魔術だ……
『進むべき指針を見つけられなかったのであれば……諦めよ、ルッカ』
「おばあちゃん!」
『【三つの謎掛け】で見聞きしたもの、賢者協会の復権、そしてこの婆のことも皆、忘れるのじゃ』
「えっ?」
『そしてこの国を離れよ、ルッカ。新天地へ旅立つのじゃ。
オーマイハニーの名を捨てて、身分を隠し、遠く離れた地で新たな生活を始めよ。
むしろこの婆は、それを願っておる』
【三つの謎掛け】を解くことで得られる結論よりも、それをアルコ婆は願う?
こっちが本命だったのか?
それを伝えるために、この粘菌AIをルッカの図書館に忍ばせておいたの?
『たとえ賢者協会が終焉を迎えても、婆は何も悲しまぬ。大賢者の名跡など途絶えてもよい。
それよりもルッカ、可愛い孫が危険な街に居続ける方が心配じゃ。
思想警察の襲撃に怯えながら都に留まるくらいなら、どこか遠くへ逃げよルッカ。
そこで恙なく暮らしてくれれば、それに勝る喜びはない』
「…………」
『裕福でなくともよい。誠実な伴侶と家庭を築くのじゃルッカ。
上司の命に逆らっても、弱き者を守り、
迷惑を掛けられた婆でも、倒れれば背負って助け、
破談承知の見合い相手も、無碍には扱えぬような、
力もなければ、素顔すら開かせぬ、
意味不明のショーセツカなる職業を自称する者』
僕じゃん!
それ僕だろ、アルコ婆ー!
『じゃが、其奴は決して伴侶を蔑ろにしたりせぬ。
病める時も健やかなる時も。富める時も貧しき時も、親しき者を慈しむ。
そういう男じゃ。
何故なら、その男は、それが当たり前だと思っておる。
小さい頃から、ずっと優しさに包まれて育った者だからこそ、人にも優しくなれるのじゃ。
そんな男と幸せになっておくれ、ルッカ』
「おばあちゃん……」
『この大賢者アルカセット・オーマイハニーが保証してやろうぞ――その男こそ、オーマイハニー家が迎えるに相応しい、最高の婿だと』
そ、そこまで言う……?
なんか、妙な空気が流れちゃってるんですけど? ――――僕と、あなたの孫娘。
『二人とも、満更でもないようじゃの! ……フッフッフ』
「「そんなことないよ!」」
とは言いつつ……なんかもう、マトモに顔を見られない。
こんな突然のカップリングシチュエーション!
お節介見合いババアは粘菌になっても、強引すぎる!
『婆は最初からお似合いだと思っておったがのぅ……
じゃが、おやおやおや~?
以前より、睦まじく見えるがな~、この婆には~、
何百組もの男女を娶せてきた、この仲人の目には~』
そりゃね!
あんだけ方々を二人で旅行してくればね……そりゃまぁ、ちょっとは……仲良くなるよ。
距離も縮まるよ。
まぁ、そりゃ。
…………というか、そう差し向けたのはアンタでしょ! 謎掛けと称して!
『これは曾孫の顔を見られる日も近いかのぅ? フッフッフ』
「「それはないから!!!!」」
ほんとに何もないからね!
邪推するな! 粘菌のくせに!
粘菌…………あっ!
ぐにゃり。
カタチが崩れた!
粘菌のエネルギーが切れかかってるんだ……だから賢者の図書館から這い出してきたのか……
『ふ……そろそろ時間のようじゃな、ルッカ、男爵殿』
「アルコ婆……」
『のぅルッカ……最後に一つだけ、この婆の頼みを聞いてくれぬか?』
「どんなこと?」
『やがてルッカも子を儲ける。
まぁ……婆はその幼子の顔を拝むことは出来ぬじゃろうが……
それはそれでよい。致し方なきことじゃ。
ただなルッカ、その子が健やかに育ち、やがて旅立てる歳になったら、三人で、この婆の墓参りに来ておくれ。それだけが望みじゃ』
ドロリ……
流体金属のように蠢きつつ、アルコ婆の姿を模していた粘菌が――形を保てなくなってきた!
溶けたアイスクリームのように、秩序を失いかけている!
『よいかルッカ……ショーセツカ殿……いつまでも仲良くな……』
「おばあちゃん!!!!」「アルコ婆!!!!」
ドロリ……
「いざ、さらばじゃ…………」
遂に活動限界を迎えた粘菌は張力を失い……無意味なスープへと溶けていった…………
「かっ……」
呆然と最期を看取ったルッカの横で僕は、
「勝手なこと抜かしてんじゃねーぞ、クソババア!」
既に溶け果てたAIに当たり散らした。
死に際まで身勝手が過ぎるぞ、ババア! お節介にも程がある!
最期の最期に自分の孫を僕の嫁候補に充てがって逝くとか! ほとんど当て逃げじゃねーか、この無理矢理仲人が!
「ひとこと、文句を言ってやらなきゃ気が済まない!」
あのストーカー見合いババアめ!
絶対に助け出して、僕の前で謝らせてやる!
絶対に、だ!
曾孫の顔を見る前に、勝手に死なせたりしねーぞ!
アルコ婆「ハンドパワーです……」(The Art of Noise / Legs)