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第四章 4-6.75 最後の後悔 - last regrets

 王の暗殺に失敗し、あわや思想警察に捕縛されかけたルッカだったが――――寸前で龍が飛来。

 軍隊を含む全帝都民が、あらゆる社会活動を停止し、対龍防御体制へ移行する、

 そのドサクサに乗じ「お婆に続いて、孫まで投獄される」という最悪の事態は回避されたが……


 『脳に漂う無意識のカケラ――それを具体的なカタチにコンバートする』

 小説家のおしごととは、そんなものだ。


 あやうくルッカまで投獄されかける、という悪夢に直面し、僕は自分というものを改めて気付かされた。

 どうやら、僕の内側には【後悔】と【幸せのカタチ】があるらしい。

 行動や心理を強く規定する、無意識の規範を再認識した。


 僕を強く動かすもの――

 その一つ、【後悔】とは、ばあちゃんのことだ。

 ばあちゃんと言っても、アルコ婆のことじゃない――僕の、実の祖母である。


 僕は思う。

 じぃじ・ばぁばはエルフなのではないか? 孫にとって。


 まず前提として――

 子供と親は、最も近しい血縁者でありながら、ライバルの側面も持ち合わせている。

 生物学的観点では、世代が近ければ近いほど(無意識に)競争意識を持ち合わせるものだ。

 サンプルとして、兄弟姉妹が分かりやすいだろう。

 歳の近い兄弟ほどいがみ合うではないか。幼い頃は特に。

 「みんな仲良く!」状態は、社会性という名の矯正教育の賜物である。

 社会とは不自然に馴致じゅんちされた大人によって構成されるコミュニティなのだ。

 自分が子供だった頃を思い出して欲しい。

 子供だったアナタは、親の説教をどう感じただろう?

 たとえそれが自分にとって有用なアドバイスだったとしても、「そんなん知らんがな!」という反発心が先に立ちはしなかったか?

 そう。素直に耳を貸せないのは、相手が(生物学的に)競合者だからだ。

 多かれ少なかれそういうところはあるものだ、親と子には。


 でも、孫とじぃじ・ばぁばならば事情は異なる。

 血縁関係はあっても世代的な利害とはバッティングしない。

 その事実こそが生存競争の殺伐さから遠ざけてくれる。

 ゆえに、じぃじ・ばぁばは孫を無償の愛で慈しみ、

 ゆえに、孫はじぃじ・ばぁばに誰よりも心を許す。

 そういう関係を結べるのだ。


 異世界ライター的に表現するならば、短命の人間種と長命のエルフ族、

 ライフサイクルの遠さが、幸せな距離感をもたらしてくれる。


 だから、素直に言葉を受け取れる。

 余計な敵愾心や劣等感、嫉妬など無縁な耳で。


『誠実な人には、誠実に返しなさい』と言われたから、

 僕はジュンコさん(=お見合い相手)を邪険には扱えなかったし、

『困っている人には手を差し伸べなさい』と言われたから、

 不憫な邪教徒をお目溢ししたし、

 龍災で逃げ遅れかけたババアも助けたよ。

 そうするのが正しいと思ったからだ。人として当たり前のことと認識していたからだ。

 全ては祖母に、僕の実のばぁちゃんに教えてもらったことだ。


 そのばぁちゃん、ある時、体調を崩して入院した。

 当然、僕は一日も欠かすことなく、病院へ足を運んだ。

 早く家に帰りたいと駄々をこねるばぁちゃんに、元気になったらすぐ帰れるよ、と諭しながら手を握るのが日課だったのに……

 間の悪いことに、新型感染症の大流行と重なってしまったのだ。

 全国的拡大が始まると病棟は閉鎖され、お見舞いも叶わぬ状態に陥った。


 その後……

 世間では感染症の蔓延が収まらないまま、ばぁちゃんは退院したが……

 医師の判断で施設へと入所することとなり――――結局、そこで亡くなってしまった。


 ばぁちゃんは入院前、「自分はもう長くないから、覚悟しておくように」と僕に告げていた。それを僕は遺言として心に留めていたが……

 でも――これは違う!

 こんなの正しい別れ方じゃない! 間違ってる!

 そう、強く感じた。

 物言わぬばぁちゃんが家へ戻ってきた時に。

 たとえ先が長くないと承知していても、穏やかに送ってあげるのが僕らの務めだ。

 見舞いも叶わぬまま亡骸と対面するなんておかしい。

 それは死者の尊厳も、残された者の想いも踏みにじっている。


 だから――いくら自分勝手な強引ストーカー見合いババアだとしても、死に際は孫が看取らなくてはいけない。

 ルッカがアルコ婆を看取ってあげないと。

 こんな後悔をするのは、僕で最後にするべきだ。

 それが僕の【幸せのカタチ】なのだ。


 ☆ ☆ 


「だから、するな――あんな、自分の身を投げ出すような、危ないことはするな」

 遠く戦火の音がする。

 誰もいなくなった倉庫で、僕は――華奢な彼女を抱き締めながら懇願した。

「ルッカ……君は生きて、見届けるんだ。ババアの死に様を、君が」

「男爵……」

「死んじゃダメなんだ。命を粗末にする孫を、どこのババアが見たいんだよ? そんなババアは一人もいるもんか!」


 僕は君を必ず幸せにする。

 僕が思い描く幸せのカタチを実現させるんだ。

 そうじゃなきゃ、気持ちよく元の世界へなんて帰れるもんか!



『そうじゃ、ルッカ。必ず生きよ』

 気がつくと、そこには「アルコ婆」がいた。賢者魔術のアルゴリズムが形作る、粘菌製のミニチュア婆が、(ルッカが携帯する)賢者の大図書館から這い出し、僕らの前でうごめいてた。


『ルッカ――賢者協会の名誉回復など、もう忘れよ』

「でも! 賢者の汚名挽回が果たされないと、おばあちゃんは一生、塀の中よ!」

 悪王・マクシミリアンが王位にある限り、奴の啓蒙政策(インパク知)=迷信の廃絶方針は撤回されることはない。

 恒久に賢者は邪教であり、アルコ婆は永遠に思想犯のままだ。


『よいかルッカ。心して聞くがよい――――これが最後の宣託じゃ』


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