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第四章 4-6.5 マクシミリアン・スターリング爆殺事件 - Assassination of Maximilien Stirling 2

 無謀すぎるルッカの賭けは、無残な結果を呼ぶ。

 当然だ。

 だって王を警護するのは、「あの」テュルミー中尉なのだから。

 かつて「龍国のナポレオン」と讃えられた英傑が、身を挺しているのだ。


 果たしてルッカ嬢――最も止められたくない相手に、暗殺を防がれてしまったのだ。

 しかも逃げ場は完璧に封鎖され、捕縛も時間の問題である。


 どうするルッカ?

 どうする小説家?


「聞こえるか! 畏れ多くも帝を狙う不届き者よ! もはや貴様は袋の鼠だぞ!」

 指揮を採るテュルミー中尉の声が教科書倉庫ビル(狙撃現場)に響く。

 その言葉に偽りなく、蟻の這い出る隙もない包囲網が張り巡らされていた。

 無理だ。

 こんな厳重な網を張られてしまっては、いくら優秀なアサシンとて逃亡は困難。

 諦めて投降した方がマシだ。

 破れかぶれで逃走を試みても、建物から飛び出した瞬間、骨の何本かは覚悟せざるを得ない。

 それくらいの厳重包囲網である。

 屈強な男たちが限られた出入り口の前で手ぐすね引いている。

「観念して、縄を頂戴せよ! オマエノ父母兄弟ハ國賊トナルノデ皆泣イテオルゾ!」


 実際のところ……捕縛する側が踏み込もうと思えば、今すぐ踏み込める。

 思想警察を始め、近衛親衛隊や大陸軍治安隊まで加えた数十名が包囲しているのだから。

 だがテュルミー中尉は、なかなか突入命令を出さなかった。

 (小説家)には分かる。

 あれもデモンストレーションの一環なのだ。

 我こそ、王の代理人たる正義の執行者である、というアピールだ。

 襲撃者の立て籠もりすら利用して、己の名声を高める「ショー」なのだ。これは。

 本当にテュルミー中尉は合理性の塊だよ。あらゆるイベントを我田引水して、出世の糧とする。

 その臨機応変さも、天才の手際である。


 だから僕には、天才を超える発想が必要となる。

 (中尉)を出し抜くには、超越アイディアで勝負するしかない!


「――――空を見ろッ!」


 教科書倉庫ビル(包囲現場)を何重にも取り巻く群衆の背後で、僕は思い切り叫んだ。

 なんだなんだ……? と訝しく見上げる野次馬たちだったが……

「鳥か?」

 遥か遠方から飛来する物体が……

「飛行機か?」

 米粒大のオブジェクトは、だんだん、だんだん大きくなり……

「いや……………龍だ! ――災厄の龍だ!」


 帝都民にとって、龍は全てを御破算に(・・・・・・・)する存在(・・・・)である。

 あらゆる仕事、契約、娯楽、諍い、睡眠や愛の告白まで、その瞬間に「なかったこと」になる。

 それが「龍災の都」の不文律である。

 龍の飛来が確認された瞬間から、帝都は対災害モードに突入する。

 女・子供・老人は一目散に防空壕を目指し、男は武器を採る。

 それは軍人も同じである。

 捜査活動や罪人の捕縛なども即座に中止、

 まごまごしていたら、下手人と共にドラゴンブレスで焼かれてしまうからだ。

 ――――【龍は災害】なのだ。

 この帝都住民にとって。


「撤収! 撤収ゥゥゥゥーーーーーーー!」

 当然のように、教科書倉庫の封鎖も解かれ、予め決められた非常配置へと散っていく思想警察、近衛親衛隊、大陸軍治安隊の兵たち。蜘蛛の子を散らすように霧散していった。

 帝都の龍迎撃システムは人海戦術が徹底されている。

 そしてそれが好都合なのだ――僕にとっては!



 緊急配備のドサクサに紛れて、包囲の解かれた教科書倉庫へ駆け入ると――――

「ルッカ!」

「男爵!」

「無茶しやがって!」

 彼女の無事な姿を確認し、堪らずに抱き締めた。

「もしも……君に何か遭ったら、どんな顔してババアを迎えに行けばいいんだよ?」

「男爵……」

「僕は君にババアの喪主をさせるんだからな!」

 もぬけの殻となった倉庫で、力任せに彼女を抱いた。

「分厚い香典袋を棺に叩きつけて「生前はお世話になりました!」と嫌味ったらしく、あの世へ送ってやるんだ! 被った迷惑を倍返ししてドヤるんだよ!」

 遠くで悲鳴が聞こえる。

 「この世の終わり」から逃げる断末魔の如く、逃げ惑う人たちの。

「その時、そこに君がいなけりゃダメだ! 見届けなきゃいけないんだ、君は! ババアが歩んできた人生を見届けるのが孫の役目、君にしか出来ない務めなんだよ!」

 だけどそんな喧騒も――別世界のように思える。この、僕らだけしかいない空間では。

「ババアより先に逝く孫とか、あるか……そんなプロットは全部ボツだよ……編集者にダメ出しされる前に僕が、全部ゴミ箱に突っ込んでやる」

「男爵……」

「ダメだそんなの、僕が許さない――」


 気がつけば僕は泣いていた。

 泣くつもりなどなかったのに、彼女のうなじをズブ濡れにしちゃってた。

 よかった、彼女を抱いていて正解だった。

 こんなにも無様な泣き顔を見られずに済んだのだから。


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