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第四章 4-6 マクシミリアン・スターリング爆殺事件 - Assassination of Maximilien Stirling

 元大陸軍 第七師団少佐 - 現王立情報部付 非合理思想摘発局(=通称 思想警察)局長、

 テュルミー・バンジューイン中尉。

 着任以来、率先して汚れ仕事をこなし、王の歓心を得た男である。

 弱者を食い物にすることで、異例の出世を遂げたのだ。


 そんな薄汚い輩に協力など乞えるか!

 そもそも私と男爵を殺そうとした男よ? お婆ちゃんを投獄した男と組めるの?

 ルッカは頑として意思を曲げず、ノーを貫く。


 じゃあ、どうしたらいいのさ? 僕は?


 ルッカの気持ちも分かる。

 なにせテュルミー中尉は手段を選ばぬ男だ。

 思想警察では、彼の恐ろしさを肌身に感じたものよ。

 些細な捕物でも、過大な宣伝で自分をアピールする厚顔無恥さ、

 チャンスと見れば、斥候を待たずに現場へ踏み込む勇猛果敢さ、

 部下であっても、上意ならば容赦なく切り捨ててしまう冷酷さ、

 徹底した合理精神がテュルミー・バンジューイン中尉の強みであり、恐ろしさでもある。


 つまり、そんな究極合理主義者ならば――たとえ手を携えることが出来たとしても、「小説家と賢者の小娘には勝ち目がない」と判断した瞬間、平気で裏切り、僕らを売るだろう。

 その姿が容易に想像できるほど、中尉は計算高い男だ。


 というかまず、協力を持ちかける段階で「(現時点で)王に叛旗を掲げるより、このまま忠犬であり続けた方が軍の掌握には近い」と判断されたら……最初の一歩すら踏み出せない。

 けんもほろろにお断り、呆気なく袖にされるのがオチだ。


 ルッカの主張通り、中尉が僕らにくみする可能性なんてゼロだろうか?

(でもアルコ婆は……)

 この帝都で、最も人を見る目がある大賢者が……「頼るべきは、彼だ」と……


「ねぇ、ルッカ、やっぱり反対かい? ……ルッカ?」


 あれ?

 この狭い賢者アジト、振り返れば彼女がいるはずなのに……つい、今さっきまで、いたのに……


「嫌な予感がする…………」


 ☆ ☆ 


「なっ!」

 何も告げずに僕の前から消えたルッカ。彼女を探しに外へ出てみたら……

「なんじゃこりゃー!」

 表通りは黒山の人だかりだった。



「何が始まるんですか?」

 何重にも重なった人垣へ、遅ればせながら加わろうとしていた男たちに訊ねてみると、

「グランプリだよ! グランプリ!」

「ええと……それは一体……?」

「なんだぁ? あんた旅の人なのかい? 帝都の人じゃないの?」

「ま、そんなもので……」

「グランプリと言えば競争だろ!」

 V型12気筒エンジンを積んだモンスターマシン……ではないよね、当然ながら。

「大貴族の威信を懸けた馬くらべよ! 都一周で雌雄を決する決闘だよ!」

「都の正門である羅生門をスタートして、繁華街の雷門トゥールゲートを抜けて、凱旋門を回って戻ってくる。朱雀大路を二十頭もの駿馬が駆け抜けるんだ! 旅の土産話にも最高だろ?」

 物を知らないお上りさんに対し、帝都民は気さくにレクチャーしてくれた。

「でも公道レースなんて……前もって予定されていたものなんですか?」

「いや、そんなものは貴族様の気まぐれさ!」

「なんでも今回は王様肝煎りの興行らしいぜ?」

「誰が主催であろうと、俺たちは一向に構わないがな!」

 赤ら顔の男、興奮して振り上げた手にはブックメーカーの投票券が握られている。

 突発的な興行であろうが、お祭りとなれば派手に騒ぐ。

 浮世を忘れて享楽に身を委ねるのが帝都庶民の心意気らしい。


 とはいえ……

「まるで……何か大事なことから目を逸らすみたいなタイミングじゃないか……?」

 まさに今この瞬間、地下水源の水位は低下を続け、都に破滅的な危機が迫っているのに。


「来たぞぉぉぉぉ!」

 誰かが叫んだ。

 すると沿道の衆目が集まる先には……黒光りする毛艶の馬や、輝く金の項髪うながみなびかせる馬、雪のように白い芦毛馬など、各貴族自慢の駿馬が次々にお披露目され……

 そして、それらを露払いにして現れたド派手な山車には……

「マクシミリアン様だ!」

「文明開化帝のお出ましだ!」

「ビバ、マクシミリアン! インパク知! インパク知! インパク知! インパク知!」

 相変わらず庶民には大人気だ、あの王様は。

 啓蒙主義に基づいた開明政策で迷信や因習を否定し、既得権益集団から知識を解放させ、

 龍に襲われても、不死鳥のごとく蘇る、強き王。


 ――裏では、とんでもない超法規的な都市計画を推し進めている張本人なのに……


「決して死なない、強き王か……」

 「影武者のカラクリ」がある限り、【龍災】では王は死なない。決して。

 言うまでもなく王城は、この帝都で最もセキュリティの強固な施設であり、暗殺者の魔の手も届かない。

 ならば【もしも】が考えられるとしたら、どんな時だろう?

 その時――僕の脳裏に映像が浮かんだ。

 もし王が命を落とすなら……こんなお祭り騒ぎの最中ではないか?

 浮かれた雰囲気に警備も緩むハレの日なら――テキサス教科書倉庫ビルのリー・ハーヴェイ・オズワルドのごとく、歴史を変える一撃が…………


「はああああ????」


 そんな小説家の夢想で、背後の建物を見上げてみたら……

 目抜き通りに面した集合住宅――その六階の窓から身を乗り出して、弓を構える女、まるで那須与一のごとし。

 絞られた弓の先、そのきっさきが向かうは、華やかなる山車の舞台!

 この国で最も偉い男の心臓に向けられている!


「――ルッカ!」


 六階からの角度ともなれば、山車を遮るものもなし!


「悪王マクシミリアン! 天誅!」


 放たれた必中の矢が不死身王の胸を貫く! 白昼堂々、衆人環視の山車の上で!

 沿道の民衆、護衛の親衛隊、馬上の貴族たち、皆が呆気に取られて動けずにいた。


 だが。


 ただ一人、「オズワルドの弾丸」を見切っていた者がいた。


 ――――スパッ!

 王の皮膚をやじりが切り裂く寸前、軍刀が矢を真っ二つに叩き切った。

 マジックバレットならぬマジックソードが、鮮やかに王を救ってみせた。

「陛下! 御身、ご無事か!」

 臣下にとって、主の危機こそ最大の見せ場。最も「 美 味 し い 」役回りである。

 そんな極上シチュエーションを、みすみす見逃すはずがあろうか? ――――「あの男」が!

「この命、助けられたな、テュルミー!」

「なんの。これがそれがしのお役目なれば」

 ここぞとばかりに王の寵愛ポイントを荒稼ぎする、龍国のナポレオンと呼ばれた男の面目躍如である。


「ちぃぃぃ!」

 オズワルドの再現を狙ったルッカだが、図らずも敵に塩を送った形になってしまった!

 不本意極まる表情で弓を捨て、彼女は部屋の奥へと消えた。

「曲者は上だ! 出合え! 出合え!」

 テュルミー中尉の号令で、思想警察、近衛親衛隊、大陸軍治安隊が一斉に建物を取り囲む。出入り口は残らず封鎖され、獲物は袋のネズミだ。

「だから! 言わんこっちゃない!」


 それを見て僕は駆けた。

 脇目も振らず駆けた。

 一心不乱に走り出した。

 ルッカが立てこもった建物から正反対の方へ向かって。


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