第四章 4-5 有限オートマトンのふるまいから類推される結論 - Turing machine
アルコ婆(※粘菌)の出題した【三つの謎掛け】、最後の一つが激しく二人を打ちのめした。
よりにもよって「あの」テュルミー中尉が聖人級の篤志家だったなんて。
帝都では弱者迫害の横暴を極め、
あまつさえ、自分たちを龍征伐軍ごと川底へ葬ろうとした、「あの」思想警察の首魁が、
まさか身銭を切って、かつての部下たちを庇護していたとか……
小説家もビックリだよ!
「ね、男爵――私と一緒に街を出ましょ!」
せっかく帰ってきたばかりだというのに、もう出ていこうというのかい?
ルッカさんや。
僕とルッカは物流業者の馬車に潜み、再び帝都へと戻ってきた。
賢者協会の「アジト」の一つである貧民街の安アパートで、ホッと一息……と思ったのに、
矢も楯もたまらず、ルッカが僕に切り出した。
「見たでしょ? 男爵も――――この国の実態を!」
アルコ婆(※粘菌)が僕らに出題した【三つの謎掛け】、
婆は言った。
『己の眼で、ショーセツカ目線で、この国を観察してこい』と。
[ 帝都の地底湖 ] ―― [ 荒野の世捨て人 ] ―― [ 鄙びたサナトリウム ] 。
そこで出会った、
粉飾の王:マクシミリアン帝――復讐者:ボギーG――傷痍軍人:チャールズ准尉。
彼らの口から語られたのは、
小説家も真顔で「知らなかった、そんなの……」と呟いてしまいそうになる事実だった。
王様が【龍災】を確信犯的に利用して、自分と貴族に都合のいい都市計画を練っていたとか、
その【龍災】の銃爪となる盗掘者が、言葉巧みに騙された不良たちだったとか、
阿漕な切り札温存策の犠牲となった若者たちを、テュルミー中尉が自腹で救済していたとか、
そんな「真実」を告げられたら、そりゃルッカでなくとも絶望するよ。
こんな国、救う価値もない! って卓袱台を返したくなるさ。
分かる。
ルッカの気持ちも分かる。
「加護の龍に報告しましょ男爵、もはやこの国は、龍に守護されるに値しない国だ、って」
怒髪天のルッカは、興奮して捲し立てる。
「龍が初代カルストンライト王との契約を捨て、龍脈を放棄すれば……王や軍部も己の愚かさを後悔せざるを得ないでしょ?」
確かに地下水源が枯れてしまったら……ドラゴグラードは廃都される。王を始めとする上級国民の資産も、相当な額が失われるだろう。
「でも……そんなことをしてしまったら、最も困るのは誰なのさ?」
たとえ帝都ドラゴグラードの放棄が決定したとしても、王や貴族は新しい都に移るだけだろう。
臣民の租税で、再び豪華絢爛な城と城壁が建設されるさ。
「家を失い、仕事や生活の一切合切を失ってしまって、困るのは誰よ?」
「それは……」
しわ寄せは弱者に行く。結局。
それはルッカ、賢者協会が懸命に救ってきた、弱き者たちじゃないか?
彼らが辛酸を嘗めるんだ。
「そんなことをして、アルコ婆が喜ぶと思うか? ねぇルッカ……」
「うん……」
怒りの炎も一気に鎮静。
ルッカ、糸の切れた人形のように座り込む。
「じゃ、どうすればいいの……」
――僕らは知ってしまった――この国の看過できないイビツさを。
いくら賢者協会が寡婦のペアリング事業を邁進したとて、根本が腐っていては埒が明かない。
どうにかして、現状を変えなくてはいけないと思う。
思うのだが……
小説家に何が出来るというのか?
戦闘力はゼロだ。
信長の野望的にいえば、統率 7 知力 4 武力 3 政治 29 の一条兼定レベルだよ。
一応、貴族の家名を借り受けているから、社会階層は上の方かもしれないが、
公的には「龍征伐の帰途で川へ転落、行方不明」とされている。
ほぼ死人扱いだよ。
表立っての抗議陳情活動など、事実上不可能だ。
「ルッカ」
苛立つ彼女を宥めながら、僕は問いかけた。
「アルコ婆は言っただろう? 【三つの謎掛け】を解けば、征くべき指針が現れる――って?」
「うん、そうだった……」
「じゃあアルコ婆は僕らに何をさせたかったんだと思う?」
思い出してみて欲しい――それぞれの「謎掛けの真相」を。
そして、それらを勘案することで生まれる結論を……
「…………あ」
利発なルッカのことだ。彼女も気づいてしまったんだと思う。
でも、口に出せない。出すのを憚られる。
なぜなら、ルッカにとっては認めがたい結論だからだ。
「この【謎掛け】、キーポイントは三番目だよ、最も言いたいことを最後に置いたんだ」
小説家には分かる。それは小説家の常套手段なのだ。
最も言いたいことは【最初か最後】だ。
一番目=「専制君主は身勝手」←これは既に分かっている。
マクシミリアン帝は自らの権威を演出するために、召喚者を影武者として使い捨てにする王だ。
慈悲深い名君像は上っ面に過ぎない。
ならば答えは三番目。
「テュルミー中尉は体制の犬などではない。むしろ反体制の旗手である」
現体制に対する忠誠よりも憎しみが勝る、潜在的革命分子であるということだ。
それを婆は伝えたかったんだ。
でも……
「あの男を信用しろ、っての?」
アサシンの目で僕を睨み返すルッカ嬢。
そうだ。
ルッカは筋金入りの中尉嫌いだ。
確かに中尉は思想警察を率い、賢者協会の信徒を片っ端から逮捕投獄した男だ。
救うべき弱者を迫害する、悪魔の手先である。
だけどそれも、年功序列を飛び越え、一刻も早く軍の中枢へ出世するための手段だった。
自分が軍を牛耳ることで腐った組織を変革する、その意志の現れだ。
そうアルコ婆は教えてくれた。
「あいつは! 弱い庶民を踏み台しにして出世した男よ? あの魔利支丹婆羅門追放令に従い、率先して女子供を狩った輩よ? そんなこと許されるの?」
その現場をルッカは何度も見てきたのだ。
いくら大義を為すためとはいえ……
「許せるワケがないよ!」
「でもねルッカ、僕らだけで何が出来るのさ?」
――一人だけでは無理だ。二人だけでも無理だ。
何かを変えるためには助力が要る。
革命の魁には必要なんだ、それなりの実行部隊が。
「あの男と手を組めって言いたいの?」
そう解釈すべきだ。アルコ婆はそれを示唆したんだ、【謎掛け】を紐解く旅を通して。
「目を覚ましてちょうだい男爵! もう忘れたの? あの男は私たちを殺そうとした男よ? 王に命じられればどんな命令にでも従う男よ?」
「それは、そうかもしれないけど……」
「男爵、あいつは――――お婆ちゃんを投獄した男なのよ?」




