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第四章 4-4.5 異世界ライターの取材日記 3:名もなきサナトリウム - Stay Foolish 2

 アルコ婆が出題した【三つの謎掛け】、いよいよ最後の一つ。


 帝都城壁の域外、急峻な台地斜面を降り下った先に――得体の知れない療養所を訪れた咲也とルッカ。

 傷を負った元兵士が多数入所しているが、その施設は軍のものではないらしい……

 運営者も不明。

 じゃあ誰に話を訊いたらいいんだ?

 取材対象すら分からず、途方に暮れる咲也。


 そんな時、(いつも悪い癖で)ルッカがイルカの絵を売りつけようとした患者、

 チャールズ・セクストン准尉に咲也(小説家)は大いに惹きつけられたのだった。


 ――入院患者、チャールズ・セクストン准尉曰く……


 かつて自分は大陸軍 第七師団に所属し、北方の国境警備に就いていました。

 遠く離れた帝都からは想像もつかないと思いますが……北方は厳しい戦場です。

 御存知の通り、我が国は国際紛争解決の手段に武力を用いない、という国是を掲げています。

 それは素晴らしい理念だと思いますが、残念ながら他国は、そうではありません。

 特に北のシビル・ハン革命連邦は好戦的な国です。

 獰猛な領土欲を隠そうともせず、虎視眈々と我が国への侵略を狙う無法者国家なのです。

 連邦の挑発は収まることを知らず、我が軍は応戦に四苦八苦――それが北の現実です。

 現場の兵士は手柄どころか、疲弊するばかり。

 軍内でも北方への配属は貧乏クジと呼ばれていました。

 ところが――――

 そんな北方戦線の様相を、一変させる男が現れたのです。

 誰もが驚く奇想天外な戦略を駆使し、防戦一方の戦局を「彼」は覆した!



「そんなにスゴい人がいたんですか?」

「ええ。龍国のナポレオンだの、異世界転生したハンニバルだの、異名を取った逸材で」

 マンガかラノベかソシャゲーか、くらいのチートキャラだな……

「チャールズさんも、その将軍の麾下で?」

「光栄でした。自分の人生で最も輝いた瞬間を挙げろ、と問われたら、即座に「彼と共に戦場を駆けた時」と答えます! あれは本当に夢のような時間でした……彼の背中を追えば、世界を股に掛ける大帝国を拝めるのではないか? まるでペルシアを蹂躙するマケドニア軍人の心地でした……」

 精悍な軍人である准尉が、夢女子のように頬を染めている……

「「彼」は部下たちに全幅の信頼を寄せて、我々も鉄の結束で「彼」に応える。我々、北方警護第七師団は固い絆で結ばれていたのですよ……」

 准尉、「彼」への心酔度が半端じゃないな。


 太古の昔から「救世主」には、有能な軍事指揮官像が重ねられてきた。


 基本的に、神様は何もしてくれないものだ。

 神様とは「信じる者しか救わないセコい奴」ではなく、熱烈な信者にすら報いを保証しない。

 自分を拝んでいれば、来世はいいガチャ(=人生)引けるかもね?

 または、死後に天国だの極楽だの緑園だのいうユートピアに行ける(※誰も皆、行きたがるが、遥か彼方にあるらしく、生きてる奴は誰も見たことがない)と甘言するだけだ。

 大概の場合、信仰とは共同幻想と言っていい。究極的には。


 しかし「軍神」は違う。

 軍神は戦に勝つことであらゆる難題を解決してくれる。

 食料も豊かな土地も宝物も女も内部の権力争いも借金も、経済から国民の自尊心まで全部、ズバッと参上、ズバッと解決である。

 軍神とは、現世利益の申し子なのだ。

 そんなにも強い神を前にしては、ルッカの熱烈布教も形無しだ。


「彼が北方国境へ着任して数年、革命連邦の侵攻拠点は軒並み陥落し、我が国の、長年の悲願であった逆侵攻も現実味を帯び始めました」

 現場の兵からすれば、宿敵に積年の恨みを晴らす! その沸騰は、容易に想像ができる。


「ところが逆侵攻案は軍上層部に却下され……それどころが拠点の放棄まで命じられた!」

 よほど腹に据えかねたか、松葉杖を壁に叩きつける准尉。

「おかしいわよ! そんなの返したら敵にまた利用されちゃうじゃない!」

 ルッカ嬢の疑問は至極もっともだ。積極侵攻策を支持するかしないかに関わらず、現場の兵士は同じ気持ちだっただろうよ。

「それでも、軍の上層部は「返せ」と?」

「実は理由があったのです…………」


 ☆


 龍国のナポレオンが、北方で華々しい戦果を見せている頃、

 それに匹敵する大戦果が成し遂げられていた――――戦火から遠く離れた帝都において。

 英雄の名はカラビ・ヤウ。

 情報部が拉致同然で招き入れた数学者が、革命連邦の暗号解読に成功したのである。

 ヤウの設計した機械式演算器「ヒューレット・パッキャマラード」が堅固な暗号鍵を突破。

 見事、暗号通信を平文化してみせた。

 数十年来の難問が、一人の天才によって陥落した瞬間だった。


 ――しかし、それを語るチャールズ准尉の口は重かった。


「もちろん、その報を受けた「彼」は狂喜したそうです。これで不倶戴天の敵(革命連邦)を完膚なきまで粉砕できると」

「…………」

「ところが―――」


「握り潰されたんですね?」

「ええ……暗号解読の偉業は【なかったこと】にされてしまった」


 軍上層部の思惑も分かる。

 伝家の宝刀は、温存してこそ価値がある。

 遊び人の金さんと侮られようが、桜吹雪は披露するタイミングがある。

 最も効果的なシーンで使ってこそ、価値が最大化されるのだ。

 つまり侮られる存在で(・・・・・・・)居続けねばならない(・・・・・・・・・)

 簡単に言えば「負け続けろ」ということである。

 伝家の宝刀は決して抜くな。戦局を左右する重大決戦まで――それが軍上層部の判断であった。


「それを軍は【ステイフーリッシュ作戦】と名付けました……自分も後で知ったことですが」


 つまり……そういうことか……


 「To be comprehensible――――物語は紡がれた」

 その時、(小説家)の頭の中で線が繋がった。


 合理的だ。この上なく合理的な判断と思う。

 だが、負け続けるということは、必ず犠牲がつきまとう(・・・・・・・・・・)ということでもある。

 つまりそれは……【悪魔の均衡】だ。

 有事に際しては、必ず勝てる最強のカードを軍は手に入れた。

 しかしカードを維持するためには、前線の若い兵士たちの生き血をすすらねばならない。

 この療養施設の戦傷兵――彼らは【ステイフーリッシュ作戦】の犠牲者だ。


 おそらく「彼」=龍国のナポレオンも苦渋の選択だっただろう。

 愛する部下を見殺しにせねばならないのだから。

 いつか来る「本命」のために――――そこで華麗なる逆転劇を果たさんがために、

 愚者のロールプレイを強いられる。

 地獄だ。

 彼が有能な将軍であればあるほど屈辱と罪悪感に苛まれるだろう。


 もちろん、最大の被害者は、このサナトリウムを埋め尽くす戦傷兵たちなのだけれど…………


「――――恨んではいませんよ」

 ところがチャールズ准尉は笑みを浮かべて、

「自分は少佐をお慕い申し上げております。今までも――これからも。ずっとです」

 自分を見捨てた上司を?

「そんなのおかしい!」

 憤慨したルッカが准尉へ食って掛かる。

「そいつのせいで、こんな傷を負ってしまったのに! これからずっと、そんな体で生きてかないといけないのに!」

 恨み言の一つも言いたくなるだろう。分かる。ルッカの言い分も分かる。

 だけど……


「少佐は軍を退役なされました」

「えっ?」

「それまでの経歴をかなぐり捨てて情報部へ転属したんです」

 超エリートである大陸軍の士官から情報部?

「そんなの聞いたことない……一人も……」

 ルッカも絶句だ。

 大陸軍とは国防のシンボルであり、華々しい英雄として羨望を浴びる存在であるのに比べて、

 情報部は後ろ暗い、汚れ仕事の部署だと民には認識されている。

「――チャールズ准尉、「彼」の狙いは権力中枢へのジャンプアップですね?」

「ええ、お察しの通りです」


 強固なエリート組織であればあるほど、年功序列でガチガチなのだ。

 異世界であれ僕らの世界であれ、変わらない。

 いくら有能な人材でも、歩むべき出世ルートは順番で決まってる。そういうものだ。

 だが、それでは遅すぎる。

 自分がトップに達する頃には、いったい何人の若者が犠牲の羊として捧げられた後なのか?


 それに対し、

 確かに情報部は、後ろ暗い組織かもしれないが……

 一発、大きな事件ヤマを当てれば、一気に大出世する可能性がある。

 たとえばウォーターゲート事件級のスキャンダルが在任中に起こったのなら……

 いや、

 そんなギャンブル性の高すぎる昇進計画など、正気の沙汰とは思えないのだが……


 それでも、途方もない博打を打ってでも叶えたい夢がある。

 それが「彼」の心の内だ。


 チャールズ准尉のような若者から、未来を奪ってはいけない。

「そんなもので得られる平和は本当の平和ではない――それが「彼」の意思なのですね?」

「ええ」

 准尉は静かに、しかし力強く頷いた。


 確かに「彼」は、崇められるに相応しい。

 己の立身出世をなげうって、あくまで部下のために行動できる男。

 そんな「彼」をチャールズ准尉は固く信奉し、成功を信じて疑わない。

 ――まさに個人崇拝である。

 こんな全肯定ならば、そりゃ軽薄な布教なんて受け付けないよね。

 「彼」が神なのだ、チャールズ准尉にとっては。


「もしかして、その「彼」ですか? この療養所を運営するのも?」

 であれば筋が通る。ここに軍の紋章が見当たらない理由も。

「その通りです。しかも運営のために、莫大な私財まで投じているという話で……」

「えええ……」

 開いた口が塞がらない。ルッカも耳を疑っている。

 賢者協会だって、見合いの斡旋を通じて相当数の寡婦を救ってきた。

 【龍災】で夫を失い、困窮する女たちに手を差し伸べてきた。

 そんな自負を持つルッカすら、唖然とさせるほどの男だ。

 「聖人」なんて言葉じゃ生ぬるい。

 部下たちに教祖扱いされるのも当然か。


「あの、チャールズ准尉……差支えなければ、その篤志家の方……かつて准尉の上司だった方のお名前を教えていただけませんか?」

「元大陸軍 第七師団所属、現在は王立情報部に籍を置く――――「彼」の名は……」

「彼の名は?」

「――テュルミー・バンジューイン少佐です」


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