第四章 4-4 異世界ライターの取材日記 3:無銘サナトリウム - Stay Foolish 1
砂漠の世捨て人、ボギーG。
彼は元々、帝都の夜をブイブイ言わせてた傾奇者だった。
つまりパラマウント曹長と同じ元ヤンである。現代風に言えば。
虚勢と強欲に取り憑かれ、どこの誰とも知らない「顔役」に唆された彼と彼の仲間は、
まんまと盗掘者に仕立て上げられ……哀れ、龍の巣の露と消えた。
彼を除く全員が。
騙されたのである。
騙したのは……おそらく王。
一人残されたボギーG。
彼もまた――僕ら召喚者と同じ――王の被害者なのだ。
帝都ドラゴグラードは非常に治安の良い街である。
数十万人口を抱えるにも関わらず、驚くほど犯罪が少ない。
現代日本に住む僕らは錯覚しがちだが、人が集まれば必ず一定数の落伍者が生じる。
どの時代でも、どの地域でも、影で野良犬が蠢き始める。
それが人間社会の特質だ。
いくら名君が善政を布こうとも、落ちこぼれは闇で跋扈する。
なのに帝都は治安がすこぶる良い。
王国の歴代王は、いかにしてその問題を解決したのか?
アルコ婆の【三つの謎掛け - 第二の謎】は、そのカラクリを教えてくれた。
曰く――「腐った林檎は捨ててしまえばいい」。
裏路地に巣食うロクでなしは頭が悪い。総じて悪い。
虚栄心や金銭欲を刺激してやれば簡単に食いつく。
結果、浮かれた愚連隊が龍の安眠を妨害して、【龍災】の引き金となる。
為政者としては人為的に(しかも自らの手を汚さずに)【龍災】を招いた上、「社会の腫瘍」まで切除できるのだから笑いが止まらない。
「酷い話だ……」
反社構成員だって、止むに止まれず引き込まれた者もいるはず。
社会福祉のセーフティネットがあれば、道を踏み外さずに済んだ奴だって……
「はぁ……」
返す返すも僕らの社会は幸せだ。
平和ボケと言われてもいい。前近代と現代とでは、幸せのベースラインが違いすぎる。
中世の身分制度を思えば、現代日本の社会格差など無きに等しい。
なんて僕らは恵まれてたのか……
現代日本に産まれおちただけで出生ガチャは大当たり。
アルコ婆が僕を「幸せの国から来た男」なんて言ってたのを思い出すよ……
☆
「さて、ここが最後か……」
アルコ婆の出題した【三つの謎掛け】、今度は不毛の荒野から一転、近郊の森を指していた。
いや、「近郊」でも大変な道程なのだが。
帝都ドラゴグラードは台地上に縄張りされている。
水資源の乏しさという重大欠陥を抱えながらも、初代カルストンライト王がこの地を選んだのには理由があった。
それは都市要塞としての守りやすさである。
さすが前近代、「いつ攻められるか分からない」時代ならではの設計思想よ。防御上の戦略が、生活の利便に優先したのだ。
帝都台地の高低差は、ざっと百メートル以上あろうか?
これは迂闊には攻められないな、と素人でも分かる。
斜面を四苦八苦しながら降りると……麓の森に建物が見えた。
「大きいな……」
数時間かけて曲がりくねった斜面の道を降りた僕とルッカ、
辿り着いた地には、予想以上に大きな施設が建っていた。
坂の途中からは一部しか見えなかったが、実際は三階建ての建物が四棟から五棟くらい?
漂う消毒臭が、それを医療施設だと告げていた。
☆
で、その「病院」だけど……僕の常識から考えると、どう見ても異常だった。
だって入所者は若い男性ばかり。
しかも、みなミイラだ。
体にグルグルと巻きつけられた包帯で、彼らが相当に大きな外傷を負った患者だと分かる。
「男爵、これ戦傷者の療養施設かな?」
ルッカの推察は的を射ていると思う。
それくらい、分かりやすく偏っていたからだ。患者の属性が。性別も年齢も患部も。
若く健康的な男性が、身体のどこかを欠損している。
ここは軍のサナトリウムだよ、という説明が最もシックリくる。
「そう僕も思う…………でも……」
「なにか気になるの?」
「ちょっとおかしいよ、この施設」
「どのへんが?」
「ルッカ、最近、大規模な国境紛争があった、とか聞いたことある?」
「ないけど……」
「でもこの病院は一杯だ。傷病兵で満員御礼じゃないか」
「軍隊なら、訓練で負った怪我、という可能性は?」
「まず、ここが軍の施設なら、それと分かる旗やエンブレムが掲げられているはずだけど……」
ヤーパンの王立軍なら【守護の龍】を模した華やかなエンブレムをシンボルとする。
あの思想警察(=ほぼテュルミー中尉の私兵集団)ですら、王立情報部の紋章を制服にあしらっているのに。
そんなものは 一 つ も 見 当 た ら な い 。
なんなんだ、この病院は?
☆
病院とは一種の戦場ともいえる。
異世界であれ現代であれ、常在戦場の張り詰めた空気に包まれているものだ。
病魔という敵を打ち倒すため、僅かのミスも許されない場所。
しかし……
この病院は、そんな緊張感とは無縁だった。
「いったい……アルコ婆は僕に何を見せようってんだ?」
……静かだった……
まるで時が止まったような空間で、患者たちは花を愛で、読書を嗜み、カードに耽っていた。
こんなにも何もない場所で、僕は何を観察すればいい?
というかまず、誰に話を訊けばいいのかすら分からない。
「困った……」
取材しようにも対象が見つからない。お手上げだ。
取っ掛かりすら掴めない有様では……
「ん?」
行き詰まってしまった作家にありがちな、現実逃避――――「鳥になりたい」とか呟きながら屋上で黄昏れていると……
「あれ? ルッカ嬢?」
庭を見下ろすと見知った顔が、不特定多数を相手に「セールストーク」を繰り広げている。
「なにやってんの! ここ病院よ?」
ダッシュで庭へ駆け下り、極彩のイルカの絵を売ろうとしているルッカを窘めたのに、
「病院だからこそよ! 迷える子羊たちが待っているでしょ、賢者協会が差し伸べる救いの手を!」
ああもう弱者を食い物にする新興宗教ムーブは勘弁して欲しい!
隙あらば布教活動、の抜け目なさが実に宗教人らしいよ、ルッカ!
悪い意味で。人の道に外れているという意味で。
ところが相手の好青年、迷惑そうな素振りなど一切見せず、
「そんなに彼女を叱らないであげて下さい」
と、場を収めようとした。
ルッカ嬢の押し売り布教を受けていた被害者なのに、なんて心の広い人だ。
「いやもうホントすいません、うちのバカ娘が……」
「バカ娘とは何よ! 絵は心を豊かにするし、分割なら支払いも楽々よ! 楽天的よ!」
もうね、そういうところがダメなんだと思います、ルッカさん。人としてダメ!
布教も結構だけどTPOは弁えないと!
「そもそも自分は神を信じていません。よって、散財の心配など無用です」
「神を信じない……?」
この好青年は無神論者なのか…………珍しいな、こういう世界では。
「自分が信じるのは神様ではなくて「人」ですから。こうして自分が希望を失わずにいれるのも、その人のお陰です」
と語る彼は、片脚が欠けていた。
前近代じゃハンディキャップの不利益は計り知れない。現代とは比較にならないほどに。
それでも彼は「前を向いていける」と言う。
何が彼を、そこまで強くするのか?
僕は俄然興味が湧いた。
「あの、失礼ですが、お名前を伺っても?」
「チャールズ。チャールズ・セクストン大陸軍准尉であります。現在は退役扱いですが……」
「差し支えなければ准尉、あなたが信じる人とは、どのような方か、聴かせていただけませんか?」




