第四章 4-3.5 異世界ライターの取材日記 2:砂漠の世捨て人 - One rotten apple spoils the barrel 2
そりゃ、勝手に家へ上がり込んだのは悪かったさ。
だけど問答無用で襲ってくるとか、ちょっと危険人物すぎないか?
【三つの謎掛け】、二番目の取材対象氏は……
あんな頭のネジがスッ飛んでる野郎に、話なんか訊けるのか?
ねぇアルコ婆!
翌日。日も明けきらぬ早朝。
「仲間がパイクで死んだんですね……」
僕は「彼」へ声をかけた。
昨日とは逆の、彼の背中を僕が見つめる位置で。
「とっても良い奴だったのに……」
彼は肩を震わせながら絞り出した。
特に意匠も施されていない、素朴なモニュメントへ頭を垂れながら。
しかもモニュメントは一基だけではなかった。いくつもいくつも、不揃いな石が無造作に並べられていた。
「――ボギー」
言葉をかけるのが憚られる雰囲気でも、僕は続けなくてはいけない。
「ボギーGさんですよね?」
小説家だから。
小説家なら取材を躊躇してはいけない。己の矜持に奮い立て。
「それは――――お墓ですね? ボギー」
「なぜ、分かった……?」
「ショーセツカだからです」
☆
つい先程のことだ。
僕とルッカは再び彼の荒屋を訪れた――敢えて、彼の不在を狙い。
そして家主の許しも得ずに、再び彼の住まいを家探しした。
アルコ婆譲りの違法スレスレ情報捜索術である。
そこで‥……
「やっぱりだ――――」
抜け殻となった寝室で、僕は僕の推理を答え合わせして――――正解を確信した。
「これは特攻服だ」
妖精さんが読み取った大文字、よる・つゆ・よん・にがい、それはつまり【夜露四苦】だ。
そんな文句がデカデカと刺繍されている服は、特攻服以外にない。
最も目立つところに飾ってある服で、彼の為人=基本属性が知れた。
こうなれば、あとは類推も容易い。
注意深く部屋を探索すると……写真が出てきた。
正確には印画紙に光を感光させる銀塩写真ではなく、魔法使った写像らしい。
この世界ではポピュラーな記録手段らしいが……原理はサッパリ。
でもそれでいい。肝心なのは、何が写っているか? だから。
一冊のアルバムには収まりきれないほど、思い出がいっぱいの写真たち。
そこに写っていたのは――――仲間たちだ。
血気盛んな年頃の男女が、特攻服をユニフォームに馬を駆っていた。
豪華絢爛な馬具を付け危険な曲乗り。帝都の目抜き通りを、我が物顔で疾走っている。
一言で言えば傾奇者。現代風に表現するなら騎馬暴走族とでも言うべきか。
そしてそれら喧嘩上等仏恥義理な青春狂走曲とは全く様相の異なる品も保管されていた。
「これ……」
それは、ごくごく小さなカケラだったが……
「龍の鱗じゃないか……」
間違いない。だって僕は間近で見たんだから、本物を。あの龍の巣で。
堅い手触りと独特の緑がかった光沢は、龍の皮膚を守る鎧だ。
龍の巣に潜り込めれば、脱皮で散乱した鱗を拾い集められるが……まず、そこへ辿り着くのが至難の業である。通行手形(勘合符+朱印状)は王様と元老院の許しがなければ発行されない=ドラゴンゲートを守る岩の巨人とガチバトル=とんでもなく高いハードルだ。
僕らは実際に蹴散らされるのを見た。
屈強な馬賊の集団が、たった二体のギガンテスに手も足も出なかったところを。
「どうしてこれが?」
普通なら絶対に入手できない品が、なぜ世捨て人の部屋に?
「To be comprehensible――――物語は紡がれた」
その時、僕の頭の中で、線が繋がった。
ヒントは、パラマウント曹長だ。
曹長もまた、帝都の裏路地でブイブイ言わせてた、生粋の族上がりである。
そんなハミ出し者が、志願兵として龍征伐軍に加わっていたのだ。
その類似性に意図を汲み取れ。
☆
「ボギーG、あなたも騙されたんですね?」
「ああ…………龍の巣まで手引してやるから、あの龍に特攻んでこいや、って唆されたのサ。男を見せるなら、これ以上ない花道だぜ、って言われたら、退けるワケがねぇじゃんよ?」
「誰に、ですか?」
「知らねぇな」
どこの誰とも知らないヤツの挑発に乗ったのか……無謀にも程があるよヤンキードゥードゥル。
「ヤツは自分を「マッポにも顔が利く顔役」とか抜かしやがった。だからドラゴンゲートの通行手形も横流しできるのサと。実際そいつが手配してくれたしナ、手形を」
「はぁ……」
「なぁに、手形さえ手に入るなら、こっちのもんヨ! どうせ鱗は巣の周りに落ちてンだろ? 蛇とかトカゲとか脱皮するもんな、あいつら。だったら龍の目を盗んで、鱗を拾ってくるだけで大金持ちサ! 濡れ手に粟じゃん! な? こんな美味い話を、断る方がどうかしてンだろ?」
美味い話すぎるよ。どう考えても裏があるパターンじゃん……
「ハハハハハハ……そうだな……どうかしてた。どうかしてたのは俺たちの方だったヨ……」
乾いた笑いで頭を抱えるボギーG。
「今から考えれば、おかしいことだらけよナ……でも誰も「おかしい」って言い出さなかった。浮かれてたんだ、大当たり確定! 一攫千金と武勇伝を一挙両得できる激アツイベントだって!」
ガッ! ガッ!
「結局、俺たちはアッという間に蹴散らされたヨ。何の抵抗もできずに焼かれ、踏み潰され、吹き飛ばされた! 阿鼻叫喚の地獄絵図だったサ! 俺は命からがらケツまくった――――焼かれていく仲間の背中を踏み越えてナ!」
ボギーG、自分が許せない! とばかりに長槍を地面に叩きつけた。何度も何度も。
「そのパイクは……」
「形見ヨ。死んでった奴らのナ」
「…………」
「だから俺が、あいつらの骨を拾って、この墓に埋めるのサ。そう決めた」
「ボギーG……」
「じゃあナ、ショーセツカ」
☆
形見の長槍を担いだボギーGは、馬を駆り、山賊の集団に加わって行った。
「……あの山賊、中にはああいう人もいたのね……」
ルッカも複雑な視線でボギーを見送った。
奴ら山賊には通行手形はない。
たぶん、龍の元へ辿り着く前に、ドラゴンゲートの門番に蹂躙されるだろう。
それでも……それを分かっていても行く彼に、かける言葉もなかった。
命がけで仲間への義理を果たそうとする彼に。
「グッドラック、墓守」
そんな腑抜けた言葉しか。
※バイクじゃないです、パイク(長槍)です。




