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第四章 4-3 異世界ライターの取材日記 2:砂漠の世捨て人 - One rotten apple spoils the barrel

 土地の限られた城郭都市で、いかに悪辣な【都市開発】が行われてきたか。

 咲也とルッカは、歴代王の悪逆非道に憤る。


 ……憤ったところで、何も出来ないのだけれど……戦闘力ゼロの小説家には。


 彼に出来るのは、大賢者の謎掛けを解くことだけだ。

 まだ【三つの謎掛け】は二つも残っている。


 果たして、次に彼らが向かう先とは?

 本来、帝都ドラゴグラードは人が住める場所じゃない。

 乾いた台地は草木も生えず、荒涼とした景色が広がっている。

「まるで西部劇だな……」

 乾燥に耐える多肉植物だけがニョキニョキと枝を伸ばし、あとは枯れ草色の平原が続いている。

「こんなところに人が住んでるのか?」

 僕なら耐えられないよ、こんな過酷な環境は。ひ弱な現代日本人なので。

「でも男爵、おばあちゃんが言うんだから……」

 そうなのだ。

 アルコ婆(※粘菌)による【三つの謎掛け】、その二番目は、この荒れ地を指していた。

「本当にここか? 人影なんて、ぜ~んぜん見当たらないぞ……」


 そもそも、帝都の周りには誰~も住んでいないはずだ。

 水の便が悪すぎるからだ。

 だからこそ、人は都市城郭の内に居を求め、地底湖水源の恩恵にすがる。

 だからこそ、龍脈の維持は死活問題で、すぐさま解決しなくてはいけない重大懸案なのに……


 地底湖で思い知らされたよ。

 王侯貴族の連中は【龍災】の被災地分配で頭がいっぱい。

 腐ってる。

 龍に襲われ迷惑を被る庶民のことなど、まるで眼中にない!

 ダメだアイツら、早くどうにかしないと……


 だけど、僕には力がない。

 仮に、冒険者ギルドへ入会申請したとしても、鼻で笑われて却下されるレベルである。

 転生勇者のスーパーパワーなんて異世界ライトノベルの中だけの話だ。夢物語よ。


 そんな僕にアルコ婆は、「お主にはお主にしか出来ぬことがある」と言ってくれた。

 なんだ?

 アルコ婆は僕に何をさせようってんだ?

 分からん…………想像もつかん。

 そのアルコ婆の出題した【三つの謎掛け】を解けば、それが分かるんだろうか?


 乏しい情報だけで、あてどなく荒野を彷徨っていた僕らだったが、

「あー! 男爵! あれあれ! あそこあそこ!」

 鷹の目ルッカが、遠くに何かを見つけたようだ!


 ☆


「小屋……?」

 オアシスを発見した遭難キャラバンの勢いで向かってみると、

「ここか? アルコ婆が指示したのは?」

 確かに粗末な荒屋あばらやではあったが、生活の痕跡がある。

 食事、洗濯、寝床……見るからに蜘蛛の巣だらけの廃墟とは違っている。


「すいませ~ん、どなたかいらっしゃいますか~?」

 無施錠のドアを開けて、奥へ呼びかけてみたものの……返答は帰らず。

「まいったな……」

 野良仕事か水汲みか、住人は不在のようだ。


「しかし、この家……」

 誰が住んでいるんだろう?

 散乱する衣類は男モノばかり。食器は簡素で、花の一つも飾られていない。

「男の一人暮らしか?」

 こんな荒野で隠遁生活とか、どんな変わり者だよ?


「ちょい~と失礼します……」

 そろりベッドルームを覗けば……そこにはちょっと風変わりなコートが掛けてあった。

 マトリックスのネオのコートみたいな丈の、白いコートが。

「なんだこれ?」

 砂嵐避けにでも使うんだろうか? この荒野ならば。

 しかも背中のど真ん中に、派手な筆使いでシンボルが書かれているんだけど……

「妖精さん、これなんて書いてあるの?」

『よる、つゆ、よん、にがい』

「なんだそれ?」

 意味が通じない。

「それ、翻訳、合ってる…………?」

 肩に乗っている妖精さんに確かめようと、首を回しかけると、


「はっ!!!!」


 さすがの僕でも――平和ボケした日本人でも気づいた!

 僕の背中へ狙いをつけた、得物の気配に!!!!


 ☆


「死ぬかと思った……」

 僕とルッカ嬢、荒屋あばらやから決死の大脱出。

 体中の酸素が欠乏するまで全力疾走して、驚異の槍男を振り切った!


 巨大な岩陰に隠れて、なんとか一段落。

 乱れた息が、なかなか戻らない。


(しかし、ほんとに奇跡だ奇跡)

 香港映画のクンフースターか、マトリックスのバレットタイムか。

 そのくらいの必死アクションで、槍の連打を切り抜けた。

 気分はもう、ムービースターだよ。

 どういう映画かというと――――何らかの理由で、うっかり牧場の敷地に足を踏み入れた時、問答無用で牧場主からショットガンをブッ放される主人公、

 あの気持ちがよく分かった。

 たぶん、それが荒野の常識的対応なのだ。古今東西異世界現世。

「ま、黙って上がりこんだのは僕らも悪かったよ」

 断りもなく敷居を跨いだ余所者が悪いのだ。


「それにしたって狂犬よ、あれじゃあ」

 呆れ顔のルッカ嬢。彼女の救援がなかったら、今ごろ僕の胴体は穴だらけだったはずだ。

 あのサイコ野郎、威嚇も何もあったもんじゃない。殺す気マンマンの突きだったよな?

 あんな狂犬に「取材」とか無理だよ、アルコ婆!

 まず以って、人の言葉が通用するかも怪しいわ!


「だいたい【よる、つゆ、よん、にがい】って何だよ!?」

「なにそれ?」

「寝室に仰々しいコートが吊るしてあってな、その背中にデカデカと書かれてたんだよ、意味不明の言葉が」

「【よる、つゆ、よん、にがい】……何かの符号?」

「符号……」

 この世界の字を僕は読めない。あれは妖精さんが「見たまんま」を翻訳してくれたものだ。

「よる、つゆ、よん、にがい……夜、梅雨 or 汁、四、苦い……」

 なんだ?

 なんかどこかで見たことのある文字列のような……なんだ……なんだっけ?

「む? むむ……??」

「何か思い当たる節があるの? 男爵?」


 てか「見たことがある」なら、それって文章問題じゃないか!

 文章題も解けずに、何が文筆業か!

 小説家の名折れだぞ!

 なんだ? この既視感の正体は? 思い出せ堀江咲也!


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