第四章 4-2 異世界ライターの取材日記 1:帝都地下水源 - DRAGON scrap and build
粘菌姿の「アルコ婆」は言った――
“【三つの謎掛け】を解き明かしてみよ”、と。
それらに隠された「真実」を前にすれば、咲也とルッカの前途も拓けよう。
そう、大賢者アルカセット・オーマイハニー(※粘菌)は僕に告げた。
ほんとに?
この粘菌(→賢者の秘術で作られた第二人格だとしても!)の言うこと、信じていいの?
てか、アルコ婆は僕に何を見せるつもりなの?
「洞察の精度を上げるには、取材こそ最良の羅針盤となる――――違うかね? 異世界のショーセツカよ?」
いいえ、全く違いません。大賢者様の仰る通りです。
「その言葉が、為人が、果たして嘘か真か? 取材対象を「己の眼で」吟味することこそ、正鵠を射抜く最善策じゃろ?」
もはや返す言葉もございません。アルカセット(※粘菌)様。
アルコ婆は「小説家」を知らない。識字率も低い社会では、そんな風俗は未だ存在せず。
なのに、そこまで的確に見抜くとは。
アルカセット・オーマイハニー ―― 苟も大賢者の称号を戴く者、
ただの、お節介見合いババアなどではなかった……
☆ ☆ ☆
さて、その「大賢者の宣託」=三つの謎掛け。
一つ目に指定されたのは【 帝都の水瓶 】だった。
地下に張り巡らされた上下水道システム、それは帝都ドラゴグラードの生命線と言っていい。
なにせ乾いた大地に立つ城郭都市・ドラゴグラードは、水源らしい水源が見当たらない。
周囲の細流を掻き集めても、人口数十万を支えるには全く足りない。
そんな渇水都市を支えるのが、足元深くの地底湖であった。
龍脈の力によって導出される地下水が、首都圏外郭放水路をも凌駕する地底湖を満たした。
普段であれば。
「これが【帝都の水瓶】……」
有能アサシン・ルッカの先導により、地下水路網へと忍び込んだ僕ら、
薄暗闇を数キロ進むと、目的の地底湖ドームに躍り出た。
「枯れかけているじゃないか……」
確かに「東京ドーム数個分」の巨大貯水空間が存在した。帝都の直下に。
だが、その貯水池は……明らかに水位が低い。
渇水期のニュース映像で見る、水不足のダムみたいな有様だ。
「これ……相当マズいんじゃないの?」
だってこの水源が枯れてしまったら、即座に帝都民数十万の生活が立ち行かなくなる。
飲料水も生活用水も農業用水も、この地下水源で賄っているのに。
「原因は……加護の龍が、龍脈の管理をボイコットしているせいだよね?」
「その通りよ男爵……」
だからこそ、僕らは龍の意思(→初代王との契約の遵守。それが徹底されれば、龍は帝都を襲ったりしないし、龍脈も維持する)を王へ伝える必要があったのに。
人と龍、お互いが約束を守りさえすれば、丸く収まるんだ、と。
しかしそれも……
思想警察の横槍によって、水の泡となってしまった。なぜだ? なぜなんだ、中尉!
「クソッ! 今からでも王様に直訴すべきか?」
三つの謎掛けの解読など後回しにして、
今、そこにある危機を回避するため、正面突破を試みるべきではないのか?
「男爵……気持ちは分かるけど、でも……それやったら、あんた死ぬわよ?」
王の身辺は思想警察の堅い護衛で固められている。四六時中。
「でもさルッカ! その危険を犯してでも、やる価値があるんじゃない? これ!
人と龍との和解が成れば、あらゆる障害が除かれるんだよ? 懸案が解決するんだ!
【龍災】の問題も! 水源の問題も!」
「――シッ!!!!」
突然! 僕の口を塞いだルッカ嬢、展望台の死角へ――――心中スタイルで身投げした。
「ここは異世界の玉川上水かーい!?」
いくら最難関のラノベコンペで大賞を取った僕だって、まだ太宰治するには早すぎる!
「黙って!」
アサシンの目で僕を窘めるルッカ。非常事態の気配に、息を呑めば…………
「おうおう、減っておる、減っておるのう!」
数秒前まで僕らが立っていた、地底湖を望む展望台――そっちから声が聴こえた。
「思わず絵筆でも執りたくなる絶景、絶景、珍百景よな! のぅ宰相?」
崖下の死角からでは姿は見えない。
でも、声を聴けば誰でも分かる。老若男女、全王国民が聴き覚えのある、その声は!
(王様!?!?)
国王マクシミリアン・フォン・カストロプ・スターリング!!!!
まさか王様直々の水源視察と搗ち合ってしまうなんて!
(でも! これって! ……千載一遇のチャンスじゃないか!?)
思想警察の目を盗んで王へ声を届ける、願ってもない機会なのでは????
「ダメよ」
しかしルッカが、それを許さなかった。
「男爵……あんた死ぬわよ?」
代わりに覗いてくるわ――とでも言わんばかりに、肩からテイクオフした妖精さん。
(うおっ!)
僕の中枢神経に突き刺さった妖精の尻尾経由で、視覚情報まで共有できるんかい!
なんて高性能な妖精さんなんだ……
(あー……)
妖精さんの目に映る国王視察団一行、ルッカの予想通り、思想警察が脇を固めていた。
その数、十数名――高い緊張感を保持しつつ、周囲の警戒を続けている。
たとえ優秀なアサシンが奇襲しても、最終的には数で潰されるだろう。
――――優先順位を間違えるな、堀江咲也!
欲望・絶望――そんな衝動に流されちゃダメだ。
僕の1st priorityはババアと孫娘の命だ。
僕のせいで、ルッカを危ない目に巻き込むワケにはいかないんだよ。
可愛い孫娘には、老い先短いババアの最期を看取らせてやらねばならない。
それが僕の為すべきことよ。
人として!
「うん……戦で死ぬのは騎士の役目よな」
落ち着け堀江咲也。お前は小説家だ。刹那的な英雄願望は作家の領分じゃない。
小説家にしか出来ないことをやれ、と言われただろ、あのクソババ……大賢者様に。
――取材だ。
僕が出来ることは取材すること。
耳を欹てろ、堀江咲也! エルフの耳並みに聴覚アンテナを張れ!
「もし、このまま地下水の湧出が途絶し続けた場合――あと一ヶ月も保ちません」
顔面蒼白の宰相、重々しく王に説明すると、
「なぁに、いつものことだ。何も心配は要らんよ、宰相」
「いつものこと????」
何を言ってるんだ、王様は?
まるで結末を知っているみたいな口ぶりじゃないか?
僕とルッカは、豆鉄砲を食らった鳩みたいに、顔を見合わせた。
だって、おかしいじゃないか。
重要な都の水源が枯渇寸前なんだよ? 為政者たる王は、泡を食って右往左往してるはずだろ?
そういう立場でしょ?
なのに……
「龍は人を裏切ることなど出来ぬ――――なにせ、あの龍は人を加護する龍なのだからな」
ブーッッッッッッッッッッッッッ!!!!
もしも、今が給食時間だったのなら、教室は大惨事だっただろう。
マーライオンのごとく吹き出した牛乳で、対面のクラスメイトがズブ濡れだっただろうから。
それくらいの衝撃だったんだ、僕らには。王様の言葉が。
(知ってたのか!?!? 王様は!?!?)
災厄の龍が災厄の龍ではない、ということを!
知っていたのに――僕を、龍退治へと向かわせたのか!?!?




