第四章 4-1 賢者の宣託 - Three Enigmas
大いなる成果(=龍との和解)を手土産に、意気揚々と帰途に着いた龍征伐軍一行だったが……
突然! テュルミー中尉率いる思想警察の襲撃を受けてしまう!
深い渓谷の吊り橋を落とされ、二人の命も風前の灯火……
と思われた、その時、
ルッカの秘術「賢者の大図書館」へ逃げ込むことで、九死に一生を得る。
さて咲也とルッカ、生き残ったのはいいけれど……
果たして、これから自分たちは、どうしたらいいのか? どうするべきなのか?
迷える子羊たちの前に、「アルコ婆」が現れる!
「あくまで婚活屋など副業よ。ワシの本業は、迷える子羊を救い導くことじゃ。なにせ賢者じゃからのぅ、カッカッカ!」
アルコ婆だ。
いかにもアルコ婆が言いそうな台詞じゃないか。
でも「喋っている」のは粘菌の集合体。
賢者の秘蹟で特定のアルゴリズムを与えることにより、人工知能の振る舞いをする――という嘘みたいな理屈の「アルコ婆」である。
見れば見るほど、魔術的な逸物だ……
「なんじゃ男爵? 聞きたくないのか? 今だけ特別料金じゃぞ?」
流砂のように蠢きつつ、1/32 スケールほどのアルコ婆像を模ったまま、粘菌が僕に問う。
「いえ、聞きたいです!」
今の僕ら、猫の手でも粘菌の手でも借りたいくらい、切羽詰まっているので。
「そうじゃろそうじゃろ。この大賢者アルカセット・オーマイハニーの、ありがた~い宣託よ。よいか男爵? 心して聞くが良い」
ナムナム……と、いつもの呪術的な仕草で超常的な何かと交信し始めた「アルコ婆」。
1/32スケールでも作法は一緒らしい。
「――――ポイゾナススネイク・咲也男爵……」
「は、はい……」
「お主、以前「ショーセツカ」なる、この世界では聞き覚えのない生業に就いておったのだろう?」
「ええ、その通りです」
この世界では、何の役にも立たない味噌っかすですが。
「ええい! ダメじゃダメじゃ男爵! まず、その自己評価から間違っておる」
「え?」
「「ショーセツカ」は天下御免の穀潰しなどではない。何を卑下することがあろうか、男爵」
と「アルコ婆」、意外な評価をくれた。
「ほんとに?」
詭弁家にありがちな、強引逆張りじゃないの?
「「ショーセツカ」には「ショーセツカ」にしか叶わぬ、立派なスキルがあるじゃろ?」
スキル……役立つこと? 小説家ならでは、の???? そんなのあるか?
「よいか男爵殿? 「ショーセツカ」が他よりも抜きん出る能力――――それは【洞察】じゃ」
「洞察?」
「このアルコ婆、お主がやること為すこと、具に眺めて分かった」
「な、なんでしょう?」
「どうやらその「ショーセツカ」とやら、他者の為人を見抜く目が、殊の外、優れている者を呼ぶのじゃろ? 人を見抜く目で食っている者じゃ……違うかね?」
「い、いいえ。その通りです……」
ほんと、この婆様には参る。
この識字率も高くない世界で、テキストエンタメが全然普及していない世界で――
小説家の本質をピタリと言い当てる。
賢者協会の大幹部は伊達じゃない!
「男爵殿、お主は、その「ショーセツカ」の資質を備えた「異邦人」じゃ。ここではないどこかから紛れ込んだ【異物】。つまり――ワシらとは違う視点で、この世界を眺められる者じゃ」
「…………」
「固定観念の柵に囚われず、柔軟にこの世界を俯瞰できる――【特別な男】よ!」
「持ち上げすぎですよ……」
アルコ婆は過大評価だ。
僕は、自分がそんなにも価値がある人間だとは思えない。
ここへ召喚されてからずっと、僕は異世界不適合の劣等生だった。
「うんにゃ、持ち上げすぎに非ず。今、この絶望的な状況でこそ、「ショーセツカ」の能力が求められる時よ! 今がその時じゃ!」
と、粘菌「アルコ婆」は言い切った。
「――男爵殿」
「はい?」
「ワシと男爵殿、初めて会った時のことを覚えておるか?」
「ええと、確か……」
あれは確か思想警察のガサ入れの時……僕が中尉からスカウトされた直後の話だよ。
思想警察が隠れ賢者シタンの家宅捜索を強制執行した――その現場に(部外者のフリした)アルコ婆とルッカがいたんだ。
「あの時、お主、咄嗟に信徒を匿ったじゃろ」
「そうでした」
「なぜ、そうした? お主は思想警察の一員としてガサ入れに加わっていたのに?」
「だって僕には見えなかった。彼女が、逮捕されるべき極悪人には」
「だから、自分の判断で命令に背いたのじゃな?」
「そう……なりますね」
あの時の僕には、そこまで強固な根拠が有ったワケじゃない。
ほとんど直感だけで軍規違反を犯してしまってた。
それをアルコ婆は「洞察」と評価したのか……
「生粋の帝都民であれば、まず以って鬼の思想警察に逆らおうなどとは考えぬ。もし背いたら、何をされるか分からぬ愚連隊じゃ。触らぬ神に祟りなしよ」
あの時の僕は、あまりにも軽率だった、と言いたいんだな。「アルコ婆」は。
そう見えたんだ、この世界の人には。
「変わり者」で片付けるには、異質すぎたということか。
「つまり、男爵殿は理解しとったんじゃ。感じ取っておったんじゃ――思想警察という組織が、ろくでもない集団だということに。
テュルミー・バンジューインという黒いカリスマに魅入られた男どもが、群れる場所だと。
公共に奉仕する治安組織などではなく、首魁の思うがままに動く私兵集団だと。
お主は分かっておった。
分かっておったのに背を向けず、思想警察に留まり続けた――――それは何故じゃ?」
「それは……」
「彼奴を好かぬ者は、眉をしかめ、唾棄して背を向けるじゃろ」
「ああ……ルッカですね」
ルッカの中尉嫌いは筋金入りだ。彼の街頭アジテーションも、苦み走った顔で眺めてたっけ。
「あの男は、生理的な好き嫌いが極端に出る輩よ」
「そうかもしれない」
中尉は恐ろしくキャラが濃い、というか押し出しの強い上司だ。
誰にも異論を挟ませず、強引に自説を押し付ける人間ブルドーザーである。
そこが魅力でもあり、毛嫌いされる点でもある。
「じゃのに男爵、お主は奴の側に留まり続けた。一番近くで奴を見ておったのに」
「それは……」
「それはお主が「ショーセツカ」じゃからじゃろ? 「ショーセツカ」の本能が留めたのじゃ。
本能よ。
善悪を問わず、好奇な人間に惹かれてしまうのが「ショーセツカ」の職業病なのじゃろう」
これ? 本当に粘菌か?
賢者の秘蹟アルゴリズムで振る舞っているのか?
マジでアルコ婆が、その辺に潜んでいて、口パクにアフレコしてるんじゃないか?
…………と疑ってしまいたくあるほど、粘菌は、あのクソババアだった。
自分でも言語化できない性質まで、ズバリ言い当て、グサッと指摘してくる。
なんなんだ?
僕なんかより、ずっと小説家に向いてるんじゃないの? アルコ婆の方が……
まさに人間観察の鬼だ。
なんか自信喪失させられちゃうよ……
「なればこそ、男爵殿よ!」
投了宣言で肩を落とした棋士みたいに、打ちひしがれた僕に、
「この大賢者アルカセットが、お主を【特別な男】と見込んで、与える宣託よ」
粘菌「アルコ婆」は本題を切り出した。
「いや…………宣託というよりは、謎掛けとでも言った方がよいかの」
「謎掛け?」
「この婆の出す、三つの謎掛け――――それに隠された【真実】を見事、見抜いてみせよ」
「真実?」
「そうじゃ、この大賢者が込めた意図を解き明かしてみせよ。「ショーセツカ」の洞察力でな!」
「!!!!」
「その答えが全て明かされた時、正しき道が、お主とルッカの前に開かれるであろう!」




