第一章 1-5 ナースウィッチ? ルッカちゃんマジカルて - The Akihabara art dealer
異世界には夢も希望もない……
小説家には何のアドバンテージも存在しないのか?
打ちひしがれた咲夜に訪れる転機とは?
王に『ブラザー・プリンシィズ』と称された、僕ら、召喚同期生。
今朝、十二人が十一人になりました。
出席番号七番:横手白雪が帰らぬ人となったのだ。
僕ら『ブラザー・プリンシィズ』は全員、王城域内の別邸、パルテノン神田 (※メイド・執事付きシェアハウス。部屋数五十以上)に個室を与えられていた。豪華すぎる寮みたいなものである。
で、その寮の共用掲示板に張り出されたお知らせには……
【出席番号七番:横手白雪は、王との契約不履行のため、処刑】(※玉璽押印)
と、記されていた……
果たして白雪は、何でそんな不興を買ったのか?
「身分を偽って就職しようとしたらしい、白雪のヤツ」
「これだから無趣味の社畜野郎は……」
「俺たち、カネもヒマもある貴族なんだから、余計なことしなきゃいいのに……」
ワーカホリックの会社人間は、この世界の退屈さに耐えられなくなったらしい。
パルテノン神田の共用掲示板には、僕ら召喚者が守るべき「法度」が貼り出されている。
いくつかある条文には、
・【貴族の身分を偽ってはならない】
・【召喚者であることを明かしてはならない】
・【人前で仮面を外してはならない】
・【商業活動は貴族の品位を損なうので、関わってはならない】
などが並んでいたが……
「だからって……規律違反=即、打ち首とか……」
過酷な現実に打ちひしがれた僕は、酒場に入り浸っていた。
庶民からは「名君!」と慕われる王様でも、その機嫌一つで配下の首が飛ぶ。それが専制国家。
頭では理解できていたつもりでも、その権力の強大さには恐れ入るばかりだ。
ほんの数週間とはいえ、一緒に過ごしてきた同期が呆気なく【処分】されてしまうとか……
「もうヤだ、こんな世界……」
異世界なんて懲り懲りだ、大嫌いだ。
やっぱりあの時、無理にでも帰るべきだったんだ……
帰れさえすれば僕は、新進気鋭のラノベ作家としてチヤホヤされていたはずなのに……
それがなんだ?
異世界じゃ、昼間っから呑んだくれるしか能がないダメ人間に成り下がっている……
「もう死にたい……」
「◎△$♪×¥●&%#?!」
「はい?」
「○!※□◇#△!」
僕に向かって、見知らぬ女の子が何か大声で言い散らかしている?
でも、何を言っているのか分からない……
「○▼※△☆▲※◎★●、○×△☆♯♭●□▲★※、▲☆=¥!>♂×&◎♯£!」
何かに気づいた女の子、ぐったり酒場の机に突っ伏していた妖精さんに、緑の粒を与えた。
すると、その緑の粒=枝豆をムッシャムッシャ! ビッグマックよろしく食べ切った妖精さん、
『あ~、庶民語ね~』
再び、翻訳妖精として業務再開。現金だな、妖精さん。
「……あなた! 人生に悩んでるわね!」
Bluetoothヘッドホンの接続ラグみたいな無音期間を経て――いきなり「意味の分かる」声が、僕の脳に届いた!
「てか、あんた誰?」
まず初対面なら名乗るのが礼儀でしょうが。
「あたしは救済者!」
などと意味不明の供述をしやがる彼女、見事なまでのコスプレ風味。
こんな真っ昼間から、純白のナース衣装が酒場に似合うとでも思っているのか?
浮いてる、完璧に浮いているわ、この子……よく恥ずかしげもなく、こんな格好で外に出られるものだ、と度胸に敬服する。
プロのコスプレイヤーか何かだろうか?
「救済者って言ってるでしょ!」
痛い痛い。手羽先の骨で頬をグリグリしてくるのは止めて下さい、コスプレイヤーさん!
「あたしルッカ! ルッカ・オーマイハニーは迷える子羊を救う、流しのケアマネージャーよ!」
「お、おう……」
銀河美少年ばりにキメた彼女に、狂おしいまでの厨二マインドを感じる……
「あなた、救済が必要な人ね!」
いや、救済の押し売りは間に合ってます、と断ろうとした僕を遮って、
「分かった! 何も言わなくていいから! …………あなた、悩み事を抱えているわね?」
そりゃ悩みの一つも無けりゃ、昼間っから酒場で管を巻いてませんよ。
「だめ! 言わないで! 私が『診て』あげるから!」
と宣言するなり、あやしげナース、僕を手を取って……うんうん唸り始め、
「あなた……就職面接に失敗したのね? それで悩んでいる!」
「違いますけど……」
「じゃあ、女の子にフラれた! そうでしょ?」
「いえ、全然」
「えー? じゃあ、なんで悩んでるのよ……」
それを当てるって自分で言いましたね? あなた?
「もしかして……お金がない?」
貴族なので金はあるんですよ。
「住むところを追い出されて困ってる?」
執事・メイド完備の大邸宅に住まわせてもらってますが? 敷金礼金家賃ゼロで。
「じゃあ、なんなのよ!?」
キレた……遂にキレた。自分で当てるとか言っておきながら、このコスプレ女……
「僕はクイズ大会をするために酒場に来たワケじゃないんだ! ほっといてよ!」
「そういうワケにはいかないわ! なにせ私は流しのケアマネージャー! 迷える子羊を救う、癒やしのマジカルナースだもの!」
「マスター! お勘定!」
翻訳妖精が枝豆への未練を訴えているが、そんな場合じゃない!
「待って待って! なにか知らないけど悩みがあるんでしょ? いいものがあるから!」
と自称マジカルナース、リュックから取り出した【板状の何か】を押し付けてきて、
「これ! これはご利益あるわよ~! すんごいご利益が! 嘘みたいに運が開けちゃう!」
よく見れば、イルカの描かれたリトグラフじゃないか!
アッー! これはダメだ!
「将来、価値が上がる」とか騙って、言葉巧みに大量生産品を売りつける商法じゃん!
「結構です!」
「何よ? そんなに私が信用できないっての?」
「出来るワケがないでしょ!!!!」
追いすがるコスプレ女を振り切って、やっとの思いで僕は酒場からトンズラした。