第三章 3 - 14.5 小説家は取材者であって、クレーム処理係ではないのですが?
龍とのコンタクト達成=建国の英雄以来の快挙! だって?
そんなこと言われてもピンとこないよ……
もしパラマウント曹長なら、鼻高々で悪友たちに吹聴して回るだろうけど……
というか、僕とルッカの本題は、ここからだ!
僕らはまだ、何も成し遂げちゃいない!
『問おう、人の子――なぜ人の子は約定を破るのか?』
問答無用のご立腹状態から、なんとか意思疎通を図れるまで落ち着いてくれた龍さんだったが……
最初の言葉は、ものすごい主語のデカいクレームだった。
『かつて我は、勇者の求めに応じ、荒れに荒れた人界の鎮撫せんと、力を貸した。果たして人界の平定は成り……御役御免となった我が拝領したのが、この森である。而、勇者は我に約束した。この森は決して人には侵させぬ、と。堅き城門を誂えて、末永く龍の安穏を守る、と。そう約束したであろう? 人の子よ?』
龍さん、
激おこぷんぷん丸状態は脱したものの、積もり積もった鬱憤は未だグツグツと沸いている模様。
理不尽な人類種に対する不信感が根深い。
これじゃ、いつ、いきなりブレスを吐かれたりしないか、ヒヤヒヤものだ。
こんな至近距離では、避ける暇もありゃしない。
『なのになぜだ? なぜ人は我が安眠を乱す? 不躾に我が塒を蹂躙するか? なぜだ人の子? 人という種は約束というしきたりを知らぬ生き物か?』
「すいません、全人類を代表して謝罪します!」
人類代表・堀江咲也、帝都臣民数百万になり代わり、龍へ頭を下げる。
いや、頭を下げて誠意が伝わると思っているのは現代日本人だけだけど。
でも僕は日本人なので、これしか知らない。全力DOGEZAである。I am 誠意大将軍である。
『あの勇者のごとき高潔な男を王と仰ぎながら、なぜ約束の一つも守れぬか? 人の子よ?』
いや……その勇者という方(=建国の始祖 カルストンライト王)、もう二百年以上前に亡くなってますので……完全に教科書とか歴史書とかの人です。
龍族のスタンダードで人の寿命を語られましても……
『我にばかり一方的に、約定の義務を守らせるのは理不尽であろう? 不義理であろう? 傲慢であろう? そうは考えぬのか、人の子は?』
「約定の義務……?」
初耳ですが?
人の側に守るべき戒め(=龍の森への不可侵)があったのと同様、龍の側にも履行すべき義務が存在した、ということ????
初代カルストンライト王と龍との間の契約には?
僕らの知らない条件が?
☆
「うわぁ……」
火口は更に、地底奥深くへと続いていた。
かつて、この広大なカルデラを成すほどの大噴火を起こした火山である。
大量のマグマを噴出した火口跡には、底も見えぬほど深いクラックが刻まれ……時折、断続的な光の脈動が、地下から明滅した。
グリーンのようなイエローのような、その神秘的な光は――まるで地底世界のオーロラだ。
そしてその光は、ただ漫然と光っているだけでなく、底しれぬエネルギーの波動を帯びていた。
具体的に人が感じられるのは熱、そして風圧だ。
遥か地の底から、ビュウビュウと熱風が巻き上がってくる。
「なんなんだ、これは……?」
「龍脈よ……」
龍脈?
河原の水を熱湯に変えた、あの地熱の正体がコレなのか?
「私も、本物は初めて見たけど……」
現地民であるルッカも、軽く血の気が引いている。
確かに、地底を走るエネルギーの奔流とか、普通は見る機会もないだろう。
『この龍脈の乱れを収束させるのが我――龍脈の守護者のお役目じゃ』
「その役目を果たすのに、この森が好都合だった?」
『いかにも』
「もう一つだけ……質問よろしいか、救国の龍……」
『カジャグーグーと呼ぶがいい』
「では龍種カジャグーグー、もし貴龍が龍脈の管理を放棄した場合……どんな事態が予想されるか?」
『最も影響があるのは――地下水脈じゃろな』
「地下水脈?」
『かの勇者が居を構えし台地の都、あの不毛の台地に、なぜ斯様に多くの人の子が棲まえるのか? 訝しくは思わぬか、人の子よ?』
言われてみれば……
『もし龍脈が安定を失えば……いずれかで暴発し、台地まで龍脈は届かぬこととなる』
「てことは……」
『水脈の水位は下がり、いずれ台地の井戸は全て枯れ果てる』
「そんな…………」
『今も、帝都直下の地底湖は干上がりかけているじゃろ? あれは故意に我が龍脈の管理を怠ったからじゃ。人の子に灸を据えてやろうかと思うてな』
「は、初耳なんですけど……」
そんなヤバい事態に陥ってたのか? 帝都は!
知らなかった……
『こたび、わざわざ貴様らが我の元へ馳せ参じたのは、謝罪の使者だとばかり思うておったわ。勇者との約定を破った詫びと、龍脈維持の懇願をするために参ったのだと』
つまり……つまり……
僕ら人間は、特に帝都に住まう者全員にとって――危機的状況だった、ということ?
龍の機嫌を損ねる=帝都住民数十万の死活問題だ。
特に弱者は!
王侯貴族なら、いくらでも別荘がある。
でも、大半の庶民は……水の枯れた台地で緩慢な死を待つだけだ!
【龍災】なんて目じゃない程の被災者を生み出してしまう!
衆生の救済を目的とする賢者協会的にも、それは絶対に避けたい事態じゃないか!
そんなの許されないよ! アルコ婆だって、そう考えるはずだ!
「救国の龍よ!」
初見の情報に面食らってる場合じゃない!
僕がここでするべき事は!
「本当に申し訳ない!」
平身低頭、土下寝の勢いで龍に乞い願う!
「偉大なる龍脈の守護者に対して、我々は不遜が過ぎた! 全て我ら人間側の責任と認めます!」
実際のトコロ、僕には何の代表権もないれど……そんなこと言ってる場合じゃない!
「この期に及んでは、いかなる対価も受け入れましょうぞ。守護者の赦しを賜われるのなら!」
やっぱ龍だから、生贄とか要求されるんだろうか?
大して美味くもない、小説家の切り身で満足してもらえるだろうか?
そんな僕に対して、龍脈の守護者・カジャグーグーは、
『人の子よ……』
「はい」
『我が望むことは、一つじゃ……』
「はい」
『我が、あの男と交わした約束、それを守ってくれるだけでよい』
そう呟いたカジャグーグーの目は、ひどく遠くを見ているような気がした。
それは絆だ。
未だ彼の脳裏には、人と龍、交わるはずのない異種族間の絆が焼き付いているのだ。
『あの誇り高き勇者は、約束を必ず守る男じゃった……人の子にしておくには勿体ない』
数々の戦場を共に駆け抜けた『盟友』に対する篤き信頼。
僕らには歴史の彼方でも、カジャグーグーには昨日のことにように、鮮烈な思い出なのだろう。
だからこそカジャグーグーは、人のために龍脈を守り続けてきたんだ……
『のう……人の子よ』
「はい」
『…………あの男は……もう死んだのか?』
「……はい」
『儚いな、人の子の命は儚い』
たぶん聡明な龍種には分かっていたんだと思う。薄々。もう彼はいないのだ、と。
『しかし我は生きておる。勇者の約定、我が命の尽きるまで、全うしようぞ』
「龍種カジャグーグー……感謝いたします。全人類を代表して、心より感謝を」
『そのためにも人の子よ、人と龍との戒めは堅持されねばならぬ』
「決して龍の安寧を乱さぬ、龍の森は神聖にして不可侵の禁猟区である――ですね?」
『いかにも』
「分かりました。僕が責任を持って、王に、その旨、伝えます」
『人の子が、我が塒を脅かさぬと誓うのであれば、我も人の子の塒を荒らしたりはせぬと誓おう。かの誇り高き勇者の名にかけて」
…………え?
それってつまり……二度と【龍災】は起きないってことですか?




