第三章 3 - 14 名付けて「呉越同舟で四面楚歌作戦!」
そりゃ僕は異邦人。
この世界の事情なんて、疎いにも程があるワケで。
そんな輩が貴族様なんて地位を授かったら、寄ってたかって食い物にされるに決まってる。
火を見るより明らかだ。
思えば、この龍退治プロジェクトだって、ルッカ嬢に半分騙されて、あれよあれよという間に「後には退けない」状況に追い込まれてしまったんじゃないか。
ハッキリ言って、僕は被害者である。
客観的に考えれば。
でも……だからといって見過ごせないことだって、ある。
パラマウント曹長派に露天風呂を襲撃され、着の身着のまま森の奥へ逃げてきた僕とルッカ。
前門に不機嫌な暴れ龍、後門に敵となった兵士(=元・部下)たち。
八方塞がり、逃げ場なし。
この状況で、小説家に出来ることって何だ?
「取材だ!」
小説家にとって、イロハのイ。
インプットの質がアウトプットに比例する。
有意義な取材こそ、傑作への第一歩である。
「出番だ! 翻訳妖精くん!」
日頃から妖精さんの尻尾が僕の中枢神経系に刺さってるので、言葉にせずとも通じ合えるが――ここは一発景気づけ。
これからの作業は、彼女の能力が一番の肝となるのだから。
☆
「つかぬことをお訊きしますが……あなたより強いのは誰ですか?」
まずは、僕でも捕まえられるカーバンクルやアルミテージに尋ねてみた。
家猫サイズの小動物に、平身低頭。腰を低くして、お話を伺ってみる。
『いっぱいいるけど……密林狼とか?』
「そいつらと、どの辺りで会えますか?」
『向こうの岩場が塒だよ』
「ありがとう!」
そしてそこから、丹念に食物連鎖(森のヒエラルキー)を遡っていくと……
森のゾウに辿り着いた。
(計画通り……!)
密林に適応したサイズとはいえ、それでも、見上げる高さの巨大哺乳類だ。
そして彼ら、他の動物よりも勝っているのは、大きさだけじゃない。
「お話を訊かせていただけませんか? 森のヌシよ」
『ヌシなどではない。この森は龍の森だ』
「いや、あなた方こそ、森のヌシに相応しい知恵をお持ちのはずだ」
そうだ。ゾウは、高い知能と長い寿命を誇る。
その寿命こそが情報の蓄積なのだ。取材対象として最も相応しい相手だ。
『何を訊きたい、我々の言葉を解する小さきもの』
「謹んで尋ねる森のヌシ。猛き龍は如何にして鎮まるのか?」
『時のみが解決する』
やっぱりか……
「龍が鎮まるまで、ただ息を潜めているしかないのですか?」
『……いや』
「何か、手段があると?」
『ハミングバードの声には龍を鎮める効果がある』
やっぱり! 楽団が龍を激高させるのなら、その逆も存在するはずだ!
僕の仮説は正しかった!
☆
龍の巣で最も縄張りが広いのは、猛禽だ。
空の支配者は、常に森を俯瞰する。
高所恐怖症の僕が失神しそうなほど高い木で、彼(猛禽)に訊いてみると……どうやら、ハミングバードの群れは、この森に四箇所ほど存在するらしく。
僕は翻訳妖精を伴い、全ての群れに協力を依頼して回った。
【龍災】が貴族王族庶民を問わず、全帝都民の悩み種であるのと同様、
不機嫌な龍は、龍の巣の森に生きる全生物にとっての厄介事らしい。
そりゃいきなり、一兆℃のブレスを無差別噴射されたら、誰にとっても死活問題である。
気がついたら黒焦げで死んでました、とか嫌だ。誰だって嫌だ。
子鬼だって、オークだって、スライムだって。
「名付けて! 呉越同舟で四面楚歌作戦!」
僕らは再び、中央火口丘、龍の棲む火口跡の入り口に立つ。
中には、未だ憤慨の収まらぬ「災厄の龍」が棲まう。
ぶおぉ~! ぶおぉ~!
中華史に冠たる名軍師よろしく、颯爽と白羽扇……ではなくて、出征式の時に貰った法螺貝を僕は吹いた。
そんなことしたら、パラマウント曹長派に居場所を知らせるようなもんじゃないのか、って?
大丈夫!
抜かりないよ。
オークとゴブリンに訊いた「普段は鎮痛剤として使ってるけど、使いすぎると全てがどうでもよくなってしまう実」を採取、乾燥→精製した粉を、
ルッカ嬢が、パラマウント曹長派のベースキャンプへ忍び込み、
井戸と鍋に、死ぬほど混ぜてきてもらったから。
お陰でベースキャンプは、60年代のヒッピーパーティみたいな有り様となっているだろう。
……あまり想像したくないが……ドキッ! 男だらけのラブ&ピース!
いや、別に健康被害が出るものでもない(※オーク・ゴブリン基準)ので、よしとしておこう!
ただちに影響はない!
はず!
これで曹長派の妨害は完封だ!(※何かから必死に目を背けながら
ぶおぉ~! ぶおぉ~!
届け世界に、夢の法螺貝!
龍の巣一円に響き渡る音に呼応し、ハミングバードたちが囀り始めた!
都合、何百羽の合唱だろうか?
普通は、こんなことはありえない。それぞれの群れが好き勝手に囀っているのに。
でも今は、みんなの緊急事態。僕らの対龍共同戦線だ。
その声は四方八方から届き、壮大なオーケストラを成した。
リハーサルなしの即席楽団なのに……いつしか音色は旋律を為し、龍の森を包んでいく。
「うわぁ……」
「すごい……」
うっかり聴き惚れてしまいそうになるが……呑気な傍観者じゃいられない。
「ルッカ」
僕は彼女を促し、
「行こう」
再び、岩肌の亀裂から、龍の塒へと、お邪魔します。
草で編んだ茣蓙の舞台で、彼女は再び龍と対峙する。
手のつけられない興奮状態だった龍は……落ち着いているように見える。
森の象が言ったとおりだ。
ハミングバードたちの鎮静歌が功を奏し、たゆたうように、微睡んでいる。
さぁ、君の出番だ。
巫女装束のルッカは、賢者に代々伝わる儀式の舞いを始める。
シャン! シャン!
火口のドームに反響する鈴の音。
それは巨大な龍を慰撫する、優しい響きだった。
『何もかも、みな懐かしい……』
穏やかな、それでいて魂を揺さぶるような低い音が、僕らの鼓膜を揺する。
これが……龍の声なのか。
翻訳妖精の翻訳能力は、その種族を問わず。あらゆる世界の言葉を詳らかにする。
彼女を「貸与」してくれた王の説明通り、僕は龍の言葉を聴いた。理解した。
建国の英雄・初代カルストンライト王より数百年ぶり――龍と人との交信が成ったのである。
カーバンクル、アルミテージ辺りのネタ出しは
晴羽照尊(@ulumnaff)さん、夜切怜(@yashiya001)さんにお知恵を頂きました。
ありがとうございました m(_ _)m




