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第三章 3 - 13 密林(ジャングル)の王者 ルッカちゃん

 なんとかパラマウント曹長派の襲撃から逃げ切った、咲也とルッカ。


 しかし、身一つで風呂場から逃げ出した二人なもので……いろんな意味で絶望的です!


 衣食足りて礼節を知る。


 それは現代でも異世界でも、全人類に共通する真理である。

 一ミリも、疑う余地のない法則なのだが……


「何も足りてない! 何もかも!」

 そうなのだ。

 パラマウント曹長一派から露天風呂を奇襲された僕とルッカ嬢、

 あやうく源義朝や源頼家の最期は免れたものの、今の僕らはマジで徒手空拳。

 ルッカ嬢なんて、(タオルを除けば)どこの誰かは知らないけれど肉体からだはみんな知っている状態じゃないか……


 曹長派と事を構えてしまった以上、もはや龍征伐軍のベースキャンプには帰れない=衣も食も住も全て、曹長派に抑えられた、ということだ。

 片や曹長派は数十人、僕らはたったの二人だ。いくらルッカ嬢が凄腕アサシンだとしても、多勢に無勢は一目瞭然。

 実質、僕らは家なき子。

 今晩の夕食も、寝る場所もなく、着の身着のまま。

「ヤバいよ、ヤバいよ……」

 しかも曹長派は、虎視眈々と僕らを狙ってる。

 僕が持つ朱印状と勘合符(=ドラゴンゲートの通行証)の奪取を目論んでいる。


「どうする? どうしたらいい?」

『かちめのないいくさをつづけるいみなど、ないのよ~』

 どうやら妖精さんは恭順降伏派らしい。

『しゅいんじょうとかんごうふをわたせば、いのちまではとられないわよ~』

 三種の神器を北朝に返しても、南朝方は虐殺なんてされないよ、と言いたいのか、妖精さん?


「いや――――ダメだ!」

 何の成果も残せず、都へ戻ったりしたら……王から龍退治の許可など、二度と降りないだろう。

 それでは【賢者復権】のチャンスが水の泡だ。【賢者崇拝は邪教】の汚名をすすげない。

 そしたらアルコ婆は間に合わない!

 子や孫や親類縁者にも看取られず、孤独な獄中死の憂き目よ!

 そんなのダメだ!

 現代人として許せるものと許せないものがある。いくら専制国家だからといって、度の過ぎた理不尽を見過ごせるものか。

「だからここで! 踏ん張るしかないんだ、僕らは!」


 とは理解っているものの――

 堂々巡りだ。

 「(僕が)やるべきこと」と「(僕に)できること」が見合っていない(・・・・・・・)

 志は固くとも、あまりに戦力不足・能力不足・物資不足!

 客観的・合理的に考えれば、殺られる前に白旗を揚げるべきだ。

 ここ龍の巣は禁足地。つまり「死人に口なし」のピンチなのだ、僕らは。


「大丈夫よ、男爵」

 僕がウダウダ考え込んでいるうちにルッカ嬢、「服」を仕立て上げていた。

 森の資材=蔓や丈夫な葉を器用に編み込んだら、即席の森ガールである。

 いや、全身緑色の西川貴教(HOT LIMIT)とでも言うべきか?

 何の生産性もない(小説家)に比べ、いとも簡単に彼女は「衣」をクリアした。


「それとこれ」

 籐で編んだ小さなカゴには、緑色のペースト状の物体が。

 なんですかこれ?

 妖しげな賢者儀式に用いる呪術アイテム? サバトで曹長を呪殺するつもりかな?

「塗ってよ、男爵。鏡ないんだから」


 ぺたぺた。


 柔らかい彼女の頬や額に、緑色をフェイスペイントすれば……

「うぉ……ランボー」

 コンパウンドボウでベトコンを葬りまくった、あの人じゃん!

 密林系アサシンとして異常な隠密能力を発揮する、あの迷彩ペイントじゃん……

「らんぼー? 誰よ、そいつ?」

「ジャングルの王者だよ……」

「そっちの世界の、王様の名前? 縁起いいわね」


 参った……

 僕が嘆き節を詠っている間に、彼女は「衣」だけでなく、安全保障まで備えていた。

 彼女が風呂場から持ち出せたのは、賢者の短剣一本。

 それだけでここまで準備を整えられるんだから、僕とは比較にならないサバイバル能力よ……


「あとは、水と寝床と食料か……」

「水と食料なら、なんとかなるわ」

 スルスルと単子葉植物の太い幹を登った武闘派森ガール、ヒョイヒョイと木魚大の実を落とす。

 ガッ! ガッ!

 2001年宇宙の猿並みのワイルドさで実を割れば、中にはタップリの果肉と汁が。

 なるほど、これなら飢えも渇きも凌げるね!


 …………などと感心してる場合じゃないだろ、堀江咲也(しょうせつか)

「ううう……」

 ほんと、文筆業は密林じゃ何の役にも立たない。木偶の坊だ。

 これがバリバリの理系マンなら、化学の叡智で活路を見出すだろう。

 屈強な武闘家なら、武力で味方を守るだろう。

 でも小説家は味噌っかす。

 サバイバルどころか、絶望したら入水自殺しかねないのが小説家という生き物だ。

 嗚呼、自分で言ってて泣けてくる。


「ごめん、ごめんよルッカ嬢……」

「何を謝るのよ?」

「ドラゴンゲートで僕は、君を助ける! って啖呵を切ったのに…………結局、何の役にも立ってない! むしろ足手まといの口だけ野郎だ! 僕は!」

 情けない、本当に情けない。

 頑張れば現代人()でも何か出来るかもしれない……そんな風に考えていた時期が僕にもありました。

 だけど!

 見込みが甘すぎる! 精神論で解決できるのは昭和のスポ根までだよ!

 守るどころか守られてるよ、女の子に!

 嗚呼もう、昨日の僕を殴りたい、と頭を抱えた両腕を――――キャベツの皮を毟り取るみたい除けた彼女は、


「そんなことないわよ」


 むき出しになった僕へ言ってのけた。

「私が逃げずにいられるのは――男爵のお陰だもの」

「えっ?」

「私だって怖いよ……怖くないワケがないでしょ、帝都の民だもの。幼い頃から、龍の恐ろしさは身に沁みて分かってるもの。凶暴化した龍を前にしたら、全部諦めて帰りたくもなるよ、私だって」

「…………」

「だけど、男爵が背中を押してくれたから。お婆ちゃんを助けられる可能性があるなら、いくらでも力を貸すって言ってくれたから――――だから私、立ち向かえるんだよ?

 あの恐ろしい龍を前にしても、逃げない勇気をもらえたんだよ?

 男爵……私、

 男爵に励まされたから、ここに居られるの!」

「ルッカ……」

「確かに、あなたは世界の部外者で、思想警察の犬で、ホラ吹き男爵で、婚活屋のカモだったかもしれないけど……本気でお婆ちゃんを助けたいと言ってくれた、たった一人の人だよ!」


 ☆


 そ、そんなに?

 僕こそ意外だよ、ルッカ嬢……

 僕の言葉を、そこまで胸に刻んでいてくれたなんて。

 僕が本気で紡いだ言葉をありのままに受け取ってくれる読者は、作家の宝だ。

 作者冥利に尽きる。

 だから――――だからこそ、どうにか彼女ルッカを助けたい。

 自分の宣言通り、彼女の力になってあげたい。

 あげたいんだけど……


「身を隠せそうな洞窟、みつけたよー」

 密林の王者ルッカちゃん、アッサリと「住」の問題も解決の巻。

 相変わらず僕! 全然! 役に立ってない!

 完全に彼女の腰巾着状態です、ありがとうございました。


 どうにか君を助けたいのに、ルッカ……ほとんどヒモみたいな有り様じゃないか。

 どこの天体戦士だよ?

 情けない!

 なんて情けない男だ、堀江咲也! 嘆くことしか出来ないなんて!

 楽器なんか一つもできないのに、「もしもピアノが弾けたなら」とかポエムってるオジサンみたいじゃんか、僕は。


 ん…………?


「楽器?」


 楽器……

 そうだ、龍は楽器で弱っていた。

 このあいだの【龍災】、王の影武者を担っていた小林(転生同期)は、宮廷楽団を率いて龍に立ち向かった。

 [ 対災龍最終兵器:龍曲掃界 ポリフォニカ ]――特定の旋律は音響兵器として龍に機能した。

 一時的とはいえ、龍を弱らしめることに成功した。


 あるいは、ルッカが龍の前で賢者の儀式を行った時、

   →「絶対に! 絶対に声を出さないでくださいね!」

   →「これ、フリじゃないですから! 出したらブチ殺しますからね!」

 って、沙悟浄と猪八戒(=隠れ賢者シタン)に釘を刺されたっけ。


「楽器……声……音?」

 もしかして、龍は音に敏感なのか?


 ――――これ、これは何かに使えないか!?


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