第三章 3 - 11.5 異世界湯けむり紀行 - ポロリはあるのか?
もしかして、賢者の舞いって龍に効いちゃったりする?
そんな気配に小躍りしかけた咲也だったが……見事、ぬか喜びに終わる。
咲也たちと袂を分かったパラマウント曹長らが、龍に急襲を仕掛けたからだ。
しかし、曹長の特攻も見事に失敗、命からがら、龍の巣から逃げ出すしかなかった。
結果として、力攻めも儀式も失敗した、龍退治軍。
だがそれでも、咲也は「撤退せず!」を決断する。
龍の巣カルデラ内、中央火口丘とドラゴンゲートの中間地点、
鬱蒼とした森が広がる中、
ベースキャンプに滞留して、龍の機嫌が収まるのを待つ! と宣言した僕ら、
ゆる~くキャンプ中。
「ふぅぅ~極楽極楽☆」
深い谷を下り、ダウジングロッドで探し当てた龍脈の上を掘ると、温泉が出た。
龍脈は高エネルギーが地下を伝っているので、河原を掘ると、ほんのり温かいのだ。
川の水を引き込んで周囲に幕を張れば、即席露天風呂の出来上がりである。
ま、入ってるのはルッカ嬢「だけ」だけどな。
僕は脱衣所で見張りである。一応、将軍なのに。
「はぁ……」
脱衣所とは言っても、幕で仕切っただけのスペースなので、文字通りの青天井である。
「青い」
青いな空は。
Under the Same Sky。アルコ婆も、この空を見上げているだろうか?
「分からない……どの監獄に収監されているかも不明だから……」
不安げな声で、湯船の彼女が応えてくれた。
だよな……心配だよな……実のお婆ちゃんだもの。
僕ら、龍征伐軍は当地に逗まり、仕切り直しする。
龍の機嫌が収まり次第、再び、竜絶蘭の舞いで龍とのコンタクトを試みる。
そう僕が決めたのだが……
「あ……」
ボワァァァァァァァァァァァー!!!!
一筋の火炎が、空を横切った。
ああ、まだ怒っていらっしゃる。中央火口丘の龍は、未だ御立腹の様子。
「どのくらいで機嫌が治るんだろうね……」
「残念だけど、賢者の議定書にも書かれてないわ」
聖典だからね……龍の学術的な生態リポートなんかじゃない。当然の話だ。
「結局、待つしかないか……」
私たち待つわ、いつまでも待つわ……若い僕らなら、いくらでも待てるけど。
牢に囚われた老婆には、時が惜しい。
一刻も早く、救い出してあげたいけれど……
「でも……ありがとね、男爵」
湯船から聴こえた声に、耳を疑った。
普段の、唯我独尊・傍若無人・猪突猛進かつ、極端な負けず嫌いな女の子とは思えないほど、しおらしい声だった。
更衣室と露天風呂、たった一枚、陣幕で隔てられているだけなのに……これがブラインドマジックという奴か?
隠しておいた言葉がホロリと漏れてしまう。
「あんな目に遭ったんだもの。今度こそ「付き合いきれない!」って帰るかと思った」
「まさか」
「男爵……」
「言ったろ? ババアを牢に残したまま元の世界へ帰るなんて、夢見が悪すぎる。折角帰っても、化けて出られるなんて勘弁だよ。立つ鳥跡を濁さず。ちゃんと身辺整理して、後腐れなくクールに去るのが日本人の心意気ってもんよ!」
「男爵……」
「だから、必ず助ける、ババアを。そして君も死なせない」
「男爵……」
「なぁに、龍が大人しくなりさえすれば、今度こそ成功するさ、賢者の儀式は。実際、曹長がカミカゼ特攻するまでは、上手くいく気配があったじゃない?」
「うん……」
「竜絶蘭の舞いで龍を折伏できれば……賢者の正しさを世に知らしめることができる。賢者の議定書は禁書扱いを解かれ、思想犯たちも晴れて自由の身さ。万々歳じゃないか、全て丸く収まる」
「…………」
「そうすれば僕は、何の未練もなく元の世界へ帰れるよ」
ん?
希望の未来へレディゴー! な話なのに……なんか反応が薄い?
「ルッカ嬢?」
「男爵」
「なに?」
「もし――――帰る方法が見つからなかったら?」
ルッカ嬢、痛いところを突いてくる。
そうなのだ。
僕は帝都中の書庫という書庫を漁り続け、血眼で超レアな魔術書を探し回ったけれど……【異世界召喚術式】が記述されている魔術書は未発見のまま。
正直、目ぼしい書庫は、ほとんど探し尽くした。
「帰る方法が見つからなかった、か……」
あまり考えたくない未来だけど。
「その時は…………ババアに最高の花嫁を紹介してもらうかな」
アルコ婆は自他とも認める、帝都一のやり手見合い婆だ。
ババアの選んでくる花嫁候補は、僕には勿体ないくらいの女性ばかり。
熱い、ヤバい、間違いない系女子なのだ。
ババアの人物観察眼は、性癖のど真ん中を突いてくる炎の豪速球なのだ。
――――同じものを大切に思える人、
――――同じものにワクワクできる人、
――――同じものを祈りの対象とできる人。
そんな女性と連れ添えるなら、何より代えがたい異世界ライフを過ごせるだろう。
何気ない日常だって、何もかもが輝いて見えるさ。
「……言っとくけど、高いからね、成婚料」
「えー?」
「当然でしょ男爵。貴族様なら貴族様に相応しい額を支払っていただかないと」
「そこはマケてよ、知らん仲でもあるまいし。ルッカ嬢!」
「いいえ、プライベートはプライベート、ビジネスはビジネスだから」
「どのくらい? 龍の鱗一枚くらい?」
「とんでもない。逆鱗相当をいただきます」
「高っ! とんでもないボッタクリ婚活だ! ババアもババアなら、孫も孫じゃねーか!」
そうそう、こんな感じ。
これが僕らだよ。堀江咲也とルッカ・オーマイハニーだよ。
しんみりとしたウエットさなんて、似合わない。
口さがない冗談を言い合えるような関係が、僕らだ。
――――はっ!
カランカラン!
念の為、露天風呂の周囲に仕掛けておいた鳴子が響いた!
「曲者!?」
音だけでは分からない。人か獣かも、分からない。
一瞬、緊張が走った僕らだったが、
「僕が確認してくるよ」
「待って男爵! もし凶暴な獣だったら、あんた死ぬわよ!」
「大丈夫大丈夫。僕に任せて」
と、湯船の彼女を制し、僕は脱衣所を飛び出した。
「ふ……」
分かってないな、ルッカくん。
エンタメの基本は【緊張と弛緩】だよ?
僕らは「龍への懐柔儀式、大失敗!」というビッグイベントを終えたばかり。
いわば今は [ 急 ] と [ 急 ] との狭間、[ 凪 ] のポイントだ。
幕間みたいな時期さ。物語的に考えると。
そういう箇所に小説家は何を入れ込むか?
→読者サービスだよ、もちろん。Elementary, my dear Watson。
物語の根幹に関わるヘヴィーな展開じゃなくて、クスリと笑えるような、肩の力の抜けた展開に決まってる。
読者が喜ぶ、肌色多めの展開なら、なお良しだ!
なにせ舞台は露天風呂――――龍討伐軍の紅一点が入浴中なら、言わずもがな。
ウハウハ覗きイベントに違いない!
気の利いた異世界ライターなら、待ってました! とばかりに読者サービスだよ!
当然ながら、異世界に軽犯罪法など存在しない!
昭和の少年漫画並みに、コンプラ無用のハレンチ学園である!
まぁ、いいところでね、無粋な教師が「コラーッ!」と男子を蹴散らすのもお約束だから、
それを僕が担ってやろう。
コメディリリーフだってお手の物さ。
なにせ僕は、新進気鋭の異世界ライターだからね!
「いるのは分かってるぞ、お前ら!」
音が聴こえた鳴子の付近へ、わざとらしく叫んだ。昔気質の教頭先生風に。
「いかに暇を持て余しているとはいえ、覗き行為など言語道だ…………」
「ヒィィィィィ!!!!」
光る鋒。
鋭利な鋼の先端が、僕の鼻面の先にあった!
なっ!? なにごと!? なんなの!? なんなのこれ!?
ズザッ! ズザッ! ズザッ! ズザッ! ズザッ! ズザッ! ズザッ! ズザッ!
藪に隠れていた兵士たちが一斉に飛び出し、僕を囲む。
各々が手には、槍に刀。臨戦態勢で獲物を威圧する。
「!!!!」
どう見ても!
どう見てもコレ!
ウキウキで「小生、若い娘の入浴姿を拝見しに参りました」――なんて雰囲気じゃない!
ポロリはないけどホロリはありました(※迫真




