第三章 3 - 11 俺たちに翼はない
あれっ?
もしかして、これ、上手くいっちゃう?
秘伝の舞いで、巨大龍とのコンタクトできちゃう? これ?
賢者さん大勝利、きた?
と、万歳三唱しかけた咲也だったが……なんと、本当の災厄は「空から降ってきた」。
『うえよー!』
妖精さんが、真っ先に気がついた!
この龍の巣は、休火山の火口に作られている。
噴火口から見下ろすと、マグマ溜まりが陥没したホールとなっており、その空間に巨大な龍がスッポリと収まっていた。いるよね、いる。押入れとか、狭いところが好きな人。収まりが良いところへ積極的に収まっていく猫とか。この龍も、そういう人(龍?)種らしい。
スケールは全然違うけど、木の洞に拵えた鳥の巣っぽくもある。
なので――火口から飛び降りれば、龍を上から急襲することが出来る。配置的には。
ま、実際にやるとしたら、ホームラン級の命知らずだけだろうけど。
「タマ、獲ったるわぁぁぁぁ!!!!」
だが!
いたのだ、そのホームラン級の命知らずが!
それも僕の「部下」に!
空から落ちてくるパラマウント曹長の姿に――――背筋が凍る、強烈な既視感で。
そうだ、僕が酔っ払って王城の尖塔から落ちた事故が蘇ってくる。
あの時の僕は、全くの丸腰で塔から滑り落ちてしまったが……
龍への決死ダイブを敢行する曹長は、命綱を着けていた。
とは言っても、綱は蔓製の即席ロープじゃないか!
未開部族の成人式かよ!
アトラクション遊具のロープとは、弾力性に於いて桁違いに劣る代物だぞ?
クレイジージャンパー!
「野獣死すべし!」
しかし彼は構わず飛んだ。火口から龍の身体目掛けて、一気に落下。
さすが帝都の不良界隈でブイブイ言わせていた元ヤンだけある。気合だけは超一流か。
「貰ったぁぁぁぁぁ!」
彼の狙いはただ一点、龍に八十一枚の中で唯一、逆さに生えた鱗だ。
伝承として伝わる【龍の弱点】だけを狙って。
気合一閃、帝都男児!
喉元の鱗へ渾身の一撃――――が入るか、に見えたが……
フッ!
何の誇張もなく、鼻息で飛ばされた。
「危ない!」
その方向はダメだ!
森で採取した蔦だって、縦方向への荷重には強い。なかなか千切れない。
でも、横方向への擦れには、からっきしだ。
というかプロ用のクライミングロープだって、岩角に擦れると切れる。
鋭角な岩に横ずれすると、あっけなく破断する。現代の最新登山用具でも、だ。
即席の蔓ロープなど、言わずもがなである。
そして彼の身体には羽根がない。
僕の背中にも羽根がない。
つまり人間には、空中で自らの軌道を変える術はないのである。
そんなことが出来るのは格ゲーキャラだけだ。
それこそ立体機動装置並みの推進剤を利用しないと、不可能なのだ。
「うわぁぁぁぁぁ!!!!」
火口から曹長を吊っていた彼の仲間たちとの【絆】は、龍の鼻息によって断ち切られた。ちょうど火口の縁の部分で。
哀れ曹長、逆鱗どころか鱗一枚、触ることも叶わず。自由落下の放物線に身を委ねた。
「なんてことを!」
「してくれたのよ!」
もう少し! あともう少しで、龍とのコンタクトが成立するかもしれなかったのに!
台無しである。
「竜絶蘭の舞い」で、龍との信頼を構築しかけていた巫女的にも、大誤算である。
しかも龍には、人の言葉など通じない。当然だ。
僕と曹長は立場も方針も違うんです、なんて釈明は、一切通らないのだ。
であるからして、龍の立場に立てば、
→パラマウント曹長一味=不快な盗掘者集団
→僕とルッカ嬢と他二名=不快な盗掘者集団と大差なし
そう思われても仕方ない。
「ええと…………怒ってます?」
ええ、そりゃ怒りますよね、安眠を妨害されたら誰だって。
いきなり頭の上から奇襲されたら誰だって、ね?
ブワァァァァァッ!!!!
怒髪天を衝く龍さん、「お前ら全員、出ていけ!」と言わんばかりに、ブレスを吹きまくる!
「アカーン!!!!」
僕らは逃げた。一目散に外へ向かって。
怒り狂う龍の巣穴など、命がいくらあっても足りない!
これまた誇張なく、僕ら、尻に火がついた状態で龍の巣穴から逃亡した。
☆
死ななかったのが不思議なくらいだ。
今も中央火口丘から吹き出す炎は、火山の噴火じゃない。
怒り心頭のドラゴンブレスがMAP兵器のごとく周囲を焼き、中央火口丘の麓で日和見していた兵士たちも、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑った。
ドラゴンゲートと中央火口丘の中間点、龍の巣アタックのベースキャンプまで辿り着けたのは、全体の何割くらいだろうか?
皆、憔悴しきった顔で項垂れている。
「やっぱり【災害】だった……」
とにかく、人の手には余るのだ。
龍は【災害】――――力攻めで、どうにかなるものじゃない。
まさに桁が違う。討伐対象のモンスターなどとは、別次元の存在だ。
まず以て、竹槍でB29が落とせるものか。
それを僕らは再確認しただけだった。
「千載一遇のチャンスが、水の泡よ……」
巫女装束のルッカも悲嘆に暮れている。
「これじゃ、何のために龍の巣まで来たのか……」
秘策・竜絶蘭の舞いも、あと一歩のところで失敗に終わった。
ブワーッ! ブワワーッ!
遠く眺める中央火口丘からは、未だに怒りの龍神ファイヤーが無差別放射されている。
「あれじゃ……近づいたら……」
「死ぬわよ。あんた死ぬわよ」
ルッカ嬢の口癖、今回ばかりは心から同意する。
「てことは……龍の機嫌が収まるまで待つしかないのか……」
「待つって何日? 何週間? 何ヶ月?」
「それは……」
誰にも分からないことだ。
帝都中の図書館を漁っても、龍の生態を解説した学術書など一冊も見かけなかった。
それは僕が一番よく分かっている。
「…………」
周囲を見回せば、あまりの力の差を見せつけられ、意気消沈した兵たち。
華々しい出征式で、我こそは! と英雄志願した者たちとは思えないほど、心を折られている。
今、龍征伐軍の士気は限りなくゼロに近い。
ここで僕が撤退を命じれば、おとなしく全員が指示に従うだろう。
帝都に帰れば、ブザマなオオカミ少年どもと後ろ指さされるだろうが……それでも、命あっての物種だ。
――――それが龍征伐軍を包む、沈黙の合意事項だった。
だけど……
「撤退はしない!」
僕はハッキリと言い放った。
「おめおめと逃げ帰ったら、アルコ婆は助からないじゃないか!」
何のために、僕らは龍の巣へ来たのか?
賢者の秘蹟が龍に通じると証明するため=賢者復権の好機だからこそ、来たんでしょ?
賢者の復権が成されなかったら、アルコ婆は永遠に塀の中だ。
いや、明日にも地獄逝きかもしれないが。年齢的に。
「そんなことさせるもんか!」
「男爵……」
「ババアの葬式は、僕があげるんだ!」
喪主は君だ、僕が葬儀委員長だ。
「盛大な式に集まった親類縁者の前で、生前の悪行を洗いざらい披露してやる。アルコ婆・ストーカー被害者の会会長として!」
「!」
「勝手に逝かれちゃ僕の気が済まないよ、あのババア!」
「あはは……」
悲嘆に暮れていた彼女が、脱力笑いしてた。目の端の涙を浮かべながらも。
いいんだ、それでいいんだよ、ルッカ。
僕らは龍を倒すためにここへ来たんじゃない。
龍なんて、災厄の権化でも、恵みの加護龍でも、何でもいいよ。
僕は、君を、あのクソババアを悲しませないためにここへ来たんだから。




