第三章 3 - 9.5 推しが龍の巣いってくれたら死ぬ
難関・ドラゴンゲートを無事通過し、遂に龍の巣は目の前!
……という所まで至りながら、空中分解してしまう龍征伐軍。
兵に見捨てられた咲也とルッカ、果たして大願を遂げられるのか?
小説家からすれば――とかく聖典とは厄介なものだ。
「この物語はフィクションです、登場する人物・団体・名称等は、実在のものとは関係がありません」とは記されていないのに、科学的・客観的なドキュメントには当たらない。
むしろ神話やファンタジーに近い。
その「読み物」が【この儀式を行えば、龍と和合できる】と説いても、
果たして、それを鵜呑みにできるのか?
完全に世俗との関係性を断ち切った者なら、神話と現実の整合性は採れるかもしれない。
龍の前に身を晒す行為も、捨身飼虎の徳行と納得できるかもしれない。
しかし、
世俗の側から見れば、単なる自殺志願者にしか映らない。
小説家的に考えると――「聖典」は本当にタチが悪い。
神話とは、あらゆる読み物の中で最も、生存者バイアスが高い読み物かもしれないからだ。
教義ではなく「歴史」として内容を俯瞰した場合、
ノアを除く大多数の人類は、洪水で溺れ死んでいたかもしれないし、
モーゼに率いられなかった者たちは、捕囚されたまま生を終えたかもしれない。
たまたま上手くいった成功者が、書き残したのが神話であって、
その強運や脚色が、奇蹟として描写された可能性が高い。
物書きとしては、その可能性を排除できないのだ。
そんな聖典を、信者でもない輩に「信じろ!」と強いる方が無茶なのだ。
なので…………
現在の龍征伐軍、 四 名 ま で 減 り ま し た 。
部活アニメなら廃部騒動で一悶着してるところだよ。
僕 [ 将軍 ] とルッカ [ 上級特佐 ] と、残り、平隊士が二名。
なんだ?
なんだこれ?
帝都は出発した時には、都合百名を越える精兵部隊の体を成していたのに。
(実際は素人同然の志願兵ばかりだとしても)
ほぼほぼ、Go Go Westな三蔵法師一行みたいなもんじゃないか?
あるいは鬼退治に向かう桃太郎か。
ファンタジーな禁書(神話)を再現するんだから、むしろ、これくらいメルヘンな構成の方が似合ってるんじゃないか?
物は言いようだね(ため息)。
え? 四人じゃない? 五人だって?
妖精さん、中枢神経経由で僕の脳に直接語りかけています。
もはや存在が一体化してる肩乗りフェアリーこと、翻訳妖精さん。
裏方には違いないが、忘れちゃ困る。異世界生活には欠かせないキャストです。
忘れてないよ、大丈夫、忘れてない。
で……
他の、百余名の兵士たちはどうしたのか、って?
上官に反旗を翻したパラマウント曹長たちは、隊を離れて行った。
無謀な自殺行為には従えない、と僕らに背を向け。
曹長の取り巻き以外にも、相当数の兵士が彼らの後を追った。
やはり「龍征伐軍は龍を倒すべき」という曹長の訴えが響いたんだろうな。
→「ガキの使いじゃねぇんだよ! 俺たちは!」
→「親兄弟やダチの期待を背負って、軍に志願したんだぞ、俺たちは!」
→「龍の野郎と刺し違える覚悟で参加したんだ! ふざけるな!」
無理はない。
もし僕が生粋の帝都っ子だったとしたら、曹長の訴えにシビレたと思う。
曹長たちの行為は、本来であれば敵前逃亡で軍法会議ものである。
が――
止める力は、ルッカにも僕にもない。
所詮は寄せ集めの烏合の衆だ。
志願兵から戦闘意欲を除いたら何が残るというのか?
そして……
そんな叛乱者たちに加わらなかった者たちも存在した。
三割ほどの兵はどちらにも与せず、洞ヶ峠を決め込んだ。
こうして征伐軍は三分裂。
僕ら四名だけが、カルデラの中央火口丘――龍の棲み家――への登攀を開始した。
☆
分裂劇の現場から離れ、他派閥の兵たちには声も届かなくなった頃、
「特佐、お訊きしてもよろしいでしょうか?」
何かね沙悟浄くん(※仮名)?
僕とルッカ嬢に従ってくれた兵士二人のうち、ヒョロっとしてる方、なんか河童っぽい彼が尋ねてきた。
「僭越ながら――特佐は、竜絶蘭の舞の手ほどきを受けた方なのでありますか?」
「ええ。お婆ちゃんにね。物心つく前から」
「マジすか!」
沙悟浄と猪八戒、小躍りして喜んでる。
「え? それって、すごいことなの?」
「すごいですよ将軍! マクシミリアン帝のインパク知政策で、都では賢者狩りが横行しましたからね。今や、竜絶蘭の師範は絶滅危惧種ですよ!」
奇特な兵士の太ってる方、猪八戒くん(※仮名)が鼻息荒く説明してくれた。
「あの竜絶蘭を! ナマで見られるなんて夢にも思っていなかった!」
猪八戒くんと沙悟浄くん、熱烈な地下アイドルの追っかけと見紛うばかりに、興奮丸、大出航状態である。
いやま、宗教にもそういう側面(=盲目的偶像崇拝)があることは否定できないが。
「見たいのならいくら見てても構わないけど、分かってるわね? あんたたち?」
「はい!」
「もちろんです、特佐!」
「「おかさない! ですね!」」
な、なに言ってんだ、この豚と河童……
「え? 将軍知らないんですか? 【おさない・駆けない・踊り子さんには触らない】ですよ! そんなの常識じゃないですか! 竜絶蘭の演舞では!」
何の常識だ、何の?
賢者の舞いの追っかけの常識か?
「というか、竜絶蘭の禁則は、四番目が最も大事なんですよ! 将軍!」
ローカルルール多いな、これだからヲタクは!
「【決して、喋ってはいけない】、これが守られないと、即座に儀式は中止されます」
「……喋るな?」
儀式の厳かさを強調する演出だろうか?
「絶対に喋らないで下さいね将軍! 竜絶蘭をナマで観られる機会なんて、もう二度とないかもしれないんですから!」
豚と河童の圧が強い……
「お、おう……」
元から、威厳など無いに等しい大将だったが、ここに来てそれが地に堕ちた。
踊り子(アイドル=崇拝対象)>豚(アイドル狂信者)+河童(アイドル狂信者)が揃って、すっかり僕だけ蚊帳の外じゃないか。
なんだこのパーティ?
「推しが龍の巣いってくれたら死ぬ」系?
「というか君ら、よく分かったね?」
ルッカが賢者の末裔だと。
「僕ら、隠れ賢者シタンですから!」
「今の帝都じゃ、おおっぴらに出来ませんけど!」
「特佐が【古の儀礼に則って、龍と和合する】って宣言した時、すぐにピンときましたよ!」
☆
「ここが龍のハウスね……」
小高い丘を登ること三十分ほど。
巨大な一枚岩の麓に、クラックがあった。
ちょうど茶室の躙口ほどの隙間を覗けば――――巨大空間の気配がする。
これはヤバい所だ――間違いない!
緊張が背筋を伝い、本能が足を竦ませる。
しかし、
「いいですか将軍? 絶対に声を上げないでくださいよ!」
「ぶち壊しですから!」
「「そしたら一生恨みますからね!」」
ヲタク兵士たちに念を押され、おかしな空気のまま割れ目を潜ると……
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
あれだけ豚と河童から注意されたのに、思わず悲鳴を上げそうになってしまった。
だって、そこは――――本当に龍の棲み家だったんだもの!
狭苦しい火口の底に、【 ヤ ツ 】がいた! ――振り返らなくても奴がいる。
忘れもしない、あの災龍が!
あの日、帝都を蹂躙し、数十棟の住宅倒壊と数百名の犠牲者を生んだ、暴威の龍、
そいつが本当に巣に横たわっていたんだから、驚かないワケがないだろ、常識的に考えて!
「!!!!」
思わず、腰が抜けそうになった。
大型トラックとか、そんなもんじゃない。
NASAの博物館に展示されている巨大ロケットの標本くらいのスケール感だよ。
石油タンカーとか豪華客船を間近で見た時の、圧倒される感じ、
あれが目前に迫ってくる。
大きい。
それ以外に表現のしようがない。言葉が出てこない。
僕は小説家失格だ。




