第三章 3 - 9 ラスボスへ挑む前に、作家が為すべきことは何か?
龍の巣への最終関門、ドラゴンゲートを何とか突破した龍征伐軍一行。
「無理して着いてこなくていい」とルッカは咲也を突き放すも、
咲也は彼女を見捨てることなど出来ず、自分の意志で再び征伐軍に加わる。
これで後は、龍との決戦あるのみ!
かと思いきや……また、何か雲行きが怪しいようで……
龍の巣の森、全景。
「よし!」
龍の巣を前に、僕が出来ることは限られている。
基本、何も出来ないんだから、(危機を察知したら)逃げるだけだ。
もしもあの子が無茶しそうになったら、即座に逃げよう。
彼女を引きずってでも、逃げるんだ。
それがアルコ婆との約束だ。
約束はしていないが、約束だ。
僕はアルコ婆の葬式で、「よくぞ逝ってくれた!」と香典を渡すのだ。
もちろん、その相手はルッカ嬢に決まってる。
そのためには、生きて帰らねば! この龍の巣から、二人で生きて帰るんだ!
――と、再び「門番」の位置に戻ったギガンテス【アー】と【ウン】に誓った。
ぱんぱん。
柏手を打って、安全を祈願する――――この作法で合っているのか、分からんが。
再び表面=皮膚が硬化し始めたゴーレムは、奈良の大仏レベルの御利益を感じる……
壮大さは信仰の根源の一つだからね。
まぁ、そんなのは思い込みでしかないかもしれないが……信心なんて大概はこんなものだし、それが悪いとも思わない、僕は。
なむなむ……
ありがたい像は取り敢えず拝むのが日本人なのだ。
よし!
行ける者から先に行け! と、散り散りになって必死にゲートを越えた兵たちだったが、
隊列を整え直し、準備万端、
「征くぞ! 龍征伐軍! 行軍再開!」
名ばかり部隊長として、兵たちへ号令したところ……
「ちょっと待ったあああああああああ!」
間髪を入れず、突き上げを食らってしまった。
「これはどういうことなんですか! 将軍殿!」
発言の主はパラマウント曹長――僕らの馬車の御者として、兵士たちを都から先導したくれた、気合の入った元ヤンにして豪商の子息である彼から、ちょっと待ったコール。
「どういうことと言われても……」
都からの道程と同様、堂々と隊列を組んで龍の巣を目指すんですが?
我々、王の軍隊なんで。王様と元老院から直々のお墨付きを頂いた軍なので。
「将軍! 連れていかないつもりですか?」
連れて? 誰を?
「ギガンテスですよ!」
と曹長は、再び「石像」へ戻りつつあるゴーレムを指した。
「あれで災厄の龍を倒すんじゃないのかよ?」
「あ」
その考えはなかった。
確かに、あれを【異世界風・高級車防犯システム】ではなく、【兵器】として捉えれば、強力な戦力と見做すことが出来る。
僕らは勘合符と朱印状を所持しているのだ。それらを令呪として使えれば、あのギガンテスたちは僕らの鉄人28号とか巨神ゴーグになってくれるかもしれないぞ?
だとしたら、まさに百人力!
あの災龍を倒すことすら、現実味を帯びてくるのでは?
ところが――――
「それは無理よ」
即座に切って捨てる、上級特佐さん。
ルッカ・オーマイハニーは【不可能】と、パラマウント曹長へ断言した。
「あのギガンテスは、龍脈の力を駆動力にしているの。龍脈の経路から離れれば、一歩ごとに地蔵化するわよ」
「嘘だろ! ホントかよ特佐!」
「いくら天才錬金術師とはいえ、何もない所から莫大なエネルギーを生み出せるワケがない。龍脈という特殊環境下でなければ、あんな破壊的活動量は引き出せないわ」
「そんなのやってみなくちゃ分かんねぇだろ!」
「それに、あの門番たちに動かれたら、困るのは私たちよ」
「ハァ?」
「門番が門番の仕事を放棄したら、鵜の目鷹の目の山賊どもが大挙して押し寄せるでしょ?」
「!!!!」
「前門の龍、後門の賊……二正面に耐えられると思うの? 私たちの戦力で?」
「それは…………」
見事だルッカ嬢、跳ねっ返りの曹長を軽く論破だ。
「じゃあさ!」
しかし、パラマウント曹長も引き下がらない。
「王様も音響兵器も、錬金術師のギガンテスも使わないで、どうやって、あの龍と戦うつもりだったんだよ?」
うっ!
それは痛い!
実際問題、龍には人の武器では太刀打ちできない。
それは帝都民なら子供でも知っている、厳然たる事実だ。
剣や槍で挑みかかっても、象に踏み潰される蟻の運命が確定事項である。
「将軍! 俺たちは、あんたが何か秘策を持ってると思ったから、ここまで従ってきたんだぞ?」
「散々っぱら、期待を持たせやがって!」
「この思わせぶり将軍が!」
「何もないのかよ!」
すいません! 申し訳ない!
あれは秘書(=ルッカ嬢)が勝手にやったことで……とか一昔前の悪徳政治家みたいな言い訳をしようにも、本当のことなんだから仕方がない。
勘合符と朱印状を得るため、盛り盛りに話を盛って、有りもしない英雄像を煽ったのは事実なのだから。
その意味で、僕は本当に、異世界のイーロン・マスクだ。
苟も小説家なら、伏線を張るべきなのだ。
頭を下げるよりも、それが重要だ。
なのに、今回の龍退治行、ライターは僕じゃない。
筋書きを書いたのは全て彼女、ルッカ・オーマイハニーの筆なのだ。
「あるわよ、秘策なら!」
売り言葉に買い言葉のルッカ嬢、
「これよ!」
ああーーーー! ダメダメ! それバラしちゃダメだって! ルッカ嬢!
「これを使って、龍と通じ合うのよ! 眼と眼で通じ合うの!」
自信たっぷりに【聖典】賢者の議定書を掲げて言い放った。
ルッカ・オーマイハニー!
土壇場の土壇場まで隠しておくはずだった、【本当の方針】をバラしちゃった!
「かの龍は災厄の龍に非ず! 賢者の書に記された、加護の龍ナリ!」
ルッカ嬢が手にした、その本は……
その聖典は王様から【偽書】と認定された書物なのに。




