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第三章 3-8.5 Try Me! - 私を信じて

 龍の巣への、唯一の入り口「ドラゴンゲート」の通行証(勘合符+朱印状)を手に入れて、ウキウキのルッカ。

 でも、彼女の「根拠」も、「賢者の古文書に書いてあるから大丈夫!」だけ!?


 そんな薄弱な根拠で、あの災厄の龍と渡り合えるの????

 頑丈な都市城壁も破壊し、立ち向かってくる人間をアリのごとく踏み潰す、あの暴龍を????


 僕は相当に疑問だけど!(※咲也談


 龍の物語を覚えている者は幸せである。心豊かであろうから。

 それ故に、翻訳妖精の語る次の物語を伝えよう。


 ヤーパンの首府たる龍都ドラゴグラード。

 その名は、初代カルストンライト王の天下統一、その覇業を助けた龍に由来する。

 数十年に渡る内戦時代、荒廃したヤーパンを平定すべく兵を挙げたカルストンライト王。

 善き巨竜は王の軍勢の旗印として、抵抗勢力の気勢を削いだ。


 やがて、王の全土平定を見届けると……龍は人里を離れ、深き山に籠もった。


 『決して、我が安寧を阻むことなかれ。決して』

 『さすれば我、未来永劫、人の世を加護し続けよう』



「と、『賢者の議定書エルダーズ・プロトコール』に記されているの」

「ドラゴグラード、龍に加護されし都か……」

「でも、現実として、帝都の人々は龍を恐れている。いつ来るとも知れぬ災厄に、怯えおののいているわ」

「帝都で龍が暴れれば、男たちは死に、大量の寡婦が残される……」

 そんなの、加護どころか不幸の使者じゃないか。

「それは信仰が足りないからよ!」

 と確信を持って言い切るルッカ嬢。

 ちょっと、迷信嫌いの王様の肩を持ちたくもなるわ、現代人的に。


「みんな、この『賢者の議定書エルダーズ・プロトコール』の理解が足りないから、龍の機嫌を損ねるのよ!」

「そうでござるかぁ~??」

 賢者業界的に、我田引水してない? 牽強付会じゃない?


「この『賢者の議定書エルダーズ・プロトコール』は、龍と人間の契約の書なの! 契約書や説明書を読まないで「話が違うぞ!」とか文句つけるのは、ただのクレーマーでしょ? 情弱難癖マンでしょ? 違う?」

「いやまぁ……それはそうだけど……」

 それ禁書でしょ? 偽書扱いされてる本でしょ? 今は。昔は、どうだったのか知らんけど。


「私を信じて男爵! 大船に乗ったつもりで!」

「泥舟の間違いでは?」

 僕らの馬車に続くのは、王国正規兵の制服を来た男たち、百名ほど。

 一応、軍隊の体裁は整っているが、中身は実戦経験ゼロの新兵だ。

 なにせ結成から出発まで一ヶ月、ろくに訓練する時間もなかった。

 「帝都を救う!」という使命感だけが先走った素人集団である。

 どう見ても泥舟の船長じゃないか? 僕は?


「大丈夫よ、男爵。戦闘なんて起きないから」

 と賢者の議定書エルダーズ・プロトコールを自慢気に掲げるルッカ嬢。

「この記述通りに神事を執り行なえば、龍は暴れない。人と通じ合える。和合するのよ」

「ほんとに~?」

 信じられないよ、未だに僕には。

 むしろルッカ嬢がなぜ、そこまで自信満々で挑めるのか? 気がしれないよ……

 だってルッカ嬢だって、龍と交信したことないんでしょ?

 初めてなんでしょ? 今回が?

 もし上手く行かなかったら……辞世の句を詠む暇もなく、消し炭だよ。

 マクシミリアン帝の身代わりとして、龍のブレスを浴びた小林(出席番号三番)のように。

 原子レベルでプラズマ化して、骨も残らないよ。

 一兆℃の火炎とか。

 一瞬だよ。


 なのにルッカ嬢は、信じられないほど前向きで。

「私! 本を書くわ!」

 とか、目をキラキラさせながら仰る。

「タイトルは……そうね、『立証安国論』にしましょう! 賢者の伝承が真実だと立証した者のルポルタージュ! 龍を鎮め、【龍災】から都を守った勇者たちの顛末を! これはベストセラー間違いないわね!」

「簡単に言ってくれる……ベストセラーとか」

 小説家的には、安易に語って欲しくない話だ。

「誰もがね、書き始めた時は「これはベストセラーになる!」って思うもんだよ……でも、そんなのアッという間に挫かれる。無慈悲な現実に打ちひしがれるのがオチさ」

「なによ男爵? そこだけヤケに辛辣ね?」

 そりゃあもう、何度挫かれたか分かんないからね、僕は。元の世界で。

 連撃の大賞受賞まで、何作コンペに応募したか分かんないもん。

 作品の評価なんて、ままならないものなんだよ、本当にね。

「そういうもんなんだよ」

 重い溜息と共に、作家の眉間にシワが刻まれる。

 あーヤダヤダ、作家という生き物は。自分でも嫌になる。

 評価に対してヒネクレている。素直に受け取れない生き物だ。


「大丈夫、男爵」

「えっ?」

「夢は必ず叶うから」

「ルッカ嬢……」

「きっと想いは届くわ。きっと神様は見ててくれるから、頑張ってる人のことを」


 それもまた、祈りの一種だよ、ルッカ嬢。

 彼女は僕の作家活動のことなど何も知らない。

 限りなく楽観的な、根拠のない励ましだと思う。

 論理的に、現実的に考えるならば。


 でも……それでも……

「ありがとう……ルッカ嬢」

 それを否定してはダメだ。

 彼女が、僕のために祈ってくれたことなのだから。


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