第三章 3-7 ルッカ・オーマイハニーに腹案アリ - Trust me
こういうのをバタフライ効果って言うの?
ルッカ嬢に唆された何気ない一言のせいで、僕は龍退治の将軍職を拝命、
当のルッカ嬢は、上級特佐として僕のジャーマネみたいなポジションにちゃっかり収まってしまってる。
なにを?
一体なにをさせたいんだ、彼女は僕に?
あの晩餐パーティ以来、僕の運命は狂いっぱなしだ。
龍退治発言が、都を騒がす大騒ぎになってしまった責任を取り、
遺書と辞世の句を懐に認めて、王に謁見したのに、
逆に王は僕のプランを励行した。過分なお土産まで与えて……
斯くして、国家公認となった僕の「龍退治事業」は都を挙げての一大イベントと化した。
週末は帝都各地でのトークショウに駆り出され、数千人の聴衆を前に、あることないこと面白おかしく喋らされた。
イベントには屋台や大道芸人も多数参加し、もはや会場はお祭り同然、
明るい未来をもたらす救世主として、僕は祭り上げられた。
「【龍災】は必ず止められます。このポイゾナススネイクが皆様にお約束する!」
ワーッ!!!!
☆
「ああもう! 何やってんだ僕は!」
決して僕は、虚言癖野郎ではない。
でも僕の中の小説家の血が、【ユーザーが喜ぶ言葉を紡ぐ】。
薔薇色の未来を錯覚させるような甘言が、脳に構築されてしまう。
「読者」が喜べば喜ぶほど調子に乗って、語彙が溢れ出してしまう。
決して僕は、虚言癖野郎ではない。
悪意で人を騙すつもりはないが、嘘で客を気持ちよくするのが職業病なのだ。
何も!
何も具体策なんてないのに!
龍を退治するプランなんて! 実際には! 現実には!
罪深きかな、小説家の性よ。
「ううう…………」
野外音楽堂から龍征伐軍の詰め所へと戻る、道すがら、
豪華な将軍用馬車の中で、僕は頭を抱えた。
「勅命……なんだよな……」
勅命を得たということは、「やっぱり出来ません」なんて口が裂けても言えない状態に追い込まれたということだ。
勝ってくるぞと勇ましく、災厄の龍へ立ち向かうしかないのだ。
無理だ。
絶対に死ぬ。
あんな巨大龍を相手に何ができるというのか? 何の力もない僕に?
小説家だぞ? 僕の能力は。それしかない、ほかにない、なにもない。
「無理ゲーすぎる……」
「大丈夫よ、男爵」
「ルッカ嬢……?」
何か? 何かあるのか? 窮地を引っくり返す大逆転の策が? 君には!?
「これ」
にゅぅ~……
「!!!!」
ルッカ嬢! 何もない中空から本を出現させた!
「なんだそれ!? マジック? いや、魔法か? ここ異世界だし!」
「これ? 賢者の図書館よ」
とか平然と仰る、この上級特佐。
「オーマイハニーの血縁者なら、誰でもできるわよ?」
普通はできないってことじゃん、異世界人でも。賢者の家系でなければ。
「できるわよ?」
ルッカ嬢、分かったような分からないような微妙な顔してる。
あれだ、例えるならば、イチローが二流選手に向かって「なんでヒット打てないの?」って顔。
出来る人は、なぜ自分が出来るのか、言語化できないんだ。
天才は、できない子の気持ちを推し量れないのよ。
それは彼女が正真正銘の賢者の末裔、という証明でもあるのだが。
「それはさておき……これよ」
まるでドラえもんの四次元ポケットよろしく、ルッカ嬢が取り出した本を、
「『賢者の議定書』……?」
と妖精さんが翻訳してくれた。
『かつては『ヤーパン初期』『ふるごと記』とならぶ、さんだい国史として、あつかわれていたほんね~』
毎度、博識な妖精さん、注釈をありがとう。
「歴史書か……でも、こんな本、見たことないぞ?」
僕は、元の世界へ還るため、帝都中の書庫を漁った男だ。
なんとか異世界召喚術式の載っている本はないものか? と血眼になって。
そんな僕なのに初見の本、しかも国の歴史を記した本だって?
ありえなくない?
『じつは、ちょしゃが、いにしえのだいけんじゃなの。だから、まくしみりあん禁教令でふんしょされちゃったのね~』
坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、か?
王様の迷信嫌いは徹底しているな……国の歴史書まで禁書にしてしまうとか。
『なので今じゃ、ぎしょあつかいなのよ~がくしゃのあいだでも』
資料的価値よりも、イデオロギーが優先されるとか……ヤバいな専制国家。
「だからね男爵――証明すればいいのよ」
「な、なにを?」
「この本が、偽書ではない、ということを。冤罪を晴らしてあげるの」
「どうやってさ?」
「この『賢者の議定書』は契約の本なのよ」
「契約?」
「そう――龍と人間との、契約の書」
『かいつまんでいうと~、くにのなりたちがかいてあるのね~』
ふむふむ。
『ながくせんらんにあけくれていたくにぐにのへいていをなさん、たいもうをいだいたカルストンライト王。かれのせいりょにはつねにいっぴきのきょだいりゅうがともない、おおいにはぎょうをたすけた』
災厄の龍とは逆だな。人のために力を貸してくれた龍もいたのか。
『こくないのへいていがなされたあと、カルストンライト王はりゅうとのやくそくをかわしたの』
「どんな?」
『これからもえいえんに、りゅうはひとへかごをあたえつづける。そのかわり、ひとはりゅうをうやまい、りゅうのあんそくをそんちょうする、と』
「え? ちょっと待って?」
おかしくないか、その話?
「だって、現実は――荒ぶる龍は人の都を襲い、人の命や財産を奪っていくじゃないか!」
いつ来るとも知れない大惨事として、地震、台風、噴火などと同列に恐れられてるじゃないか。
龍は災害なのだ。帝都ドラゴグラードの民にとって。
「やっぱり偽書なんじゃないの? それ?」
【龍災】を実際に目撃した者として、あれが「伝説の守護龍」だなんて、とても思えない。
無慈悲に街を破壊し、人を踏みつけ、城を焼く――厄災の権化だった。
今思い返しても、龍の暴威は僕の脚を竦ませる。
あれが「都を加護する者」だって?
信じられないよ!
「でも、アレが【帝都の守護龍】なのよ! 始祖王・カルストンライト王と共に、この国を建国した加護の龍よ! そう書いてあるのよ、賢者の議定書には!」
『きょだいりゅうしゅのじゅみょうはすうせんねん、ともいわれてるからね~』
「ほんとに?」
それ同一個体なのか? 「別の龍」じゃないの?
どうにも納得できない僕とは対照的に、
「これ読んでみなさいよ!」
ルッカ嬢は、付箋を挟んである頁を僕の鼻面へ押し付けた。読めないのに。
『かいつまんでいうと~ゆうそくこじつの項ね~』
有職故実?
宮中祭祀とかを記した奴か? 端的に言うと、古代のマナーブック。
「これに従って儀式を行えば、龍は人と交わることができる!」
「ほ、ほんとにー????」
あの災厄の龍が人と交わる?
「無理でしょ!」
「無理じゃないわよ! 始祖王・カルストンライト王は龍と通じ和えたのよ?」
「いや、それは……」
神話でしょ?
誇大表現や脚色、明らかに科学的・客観的事実とは異なる記述を含むのが、神話でしょ?
「それをね、証明しに行くのよ、龍退治軍はね」
→ヤーパン王国の歴史書=『ヤーパン初期』『ふるごと記』『賢者の議定書』が三大史書とされる。
しかしマクシミリアン帝即位以後、インパク知政策(あやしげな迷信は、まかりならぬ、という啓蒙主義的施策)で、賢者の議定書は焚書の憂き目に。
現在では、(王に忖度した)歴史学者の間では偽書扱いされている。