表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

42/83

第三章 3-7 ルッカ・オーマイハニーに腹案アリ - Trust me

 こういうのをバタフライ効果って言うの?

 ルッカ嬢にそそのかされた何気ない一言のせいで、僕は龍退治の将軍職を拝命、

 当のルッカ嬢は、上級特佐として僕のジャーマネみたいなポジションにちゃっかり収まってしまってる。


 なにを?

 一体なにをさせたいんだ、彼女は僕に?


 あの晩餐パーティ以来、僕の運命は狂いっぱなしだ。


 龍退治発言が、都を騒がす大騒ぎになってしまった責任を取り、

 遺書と辞世の句を懐にしたためて、王に謁見したのに、

 逆に王は僕のプランを励行した。過分なお土産(軍資金と兵)まで与えて……


 くして、国家公認となった僕の「龍退治事業」は都を挙げての一大イベントと化した。

 週末は帝都各地でのトークショウに駆り出され、数千人の聴衆を前に、あることないこと面白おかしく喋らされた。

 イベントには屋台や大道芸人も多数参加し、もはや会場はお祭り同然、

 明るい未来をもたらす救世主として、僕は祭り上げられた。


「【龍災】は必ず止められます。このポイゾナススネイクが皆様にお約束する!」

 ワーッ!!!!


 ☆


「ああもう! 何やってんだ僕は!」

 決して僕は、虚言癖野郎ではない。

 でも僕の中の小説家の血が、【ユーザーが喜ぶ言葉を紡ぐ】。

 薔薇色の未来を錯覚させるような甘言が、脳に構築されてしまう。

 「読者」が喜べば喜ぶほど調子に乗って、語彙が溢れ出してしまう。

 決して僕は、虚言癖野郎ではない。

 悪意で人を騙すつもりはないが、嘘で客を気持ちよくするのが職業病なのだ。


 何も!

 何も具体策なんてないのに!

 龍を退治するプランなんて! 実際には! 現実には!


 罪深きかな、小説家のサガよ。


「ううう…………」

 野外音楽堂(トークライブ会場)から龍征伐軍の詰め所へと戻る、道すがら、

 豪華な将軍用馬車の中で、僕は頭を抱えた。


「勅命……なんだよな……」

 勅命を得たということは、「やっぱり出来ません」なんて口が裂けても言えない状態に追い込まれたということだ。

 勝ってくるぞと勇ましく、災厄の龍へ立ち向かうしかないのだ。

 無理だ。

 絶対に死ぬ。

 あんな巨大龍を相手に何ができるというのか? 何の力もない僕に?

 小説家だぞ? 僕の能力は。それしかない、ほかにない、なにもない。

「無理ゲーすぎる……」


「大丈夫よ、男爵」

「ルッカ嬢……?」

 何か? 何かあるのか? 窮地を引っくり返す大逆転の策が? 君には!?

「これ」

 にゅぅ~……


挿絵(By みてみん)


「!!!!」

 ルッカ嬢! 何もない中空から本を出現させた!

「なんだそれ!? マジック? いや、魔法か? ここ異世界だし!」

「これ? 賢者の図書館よ」

 とか平然と仰る、この上級特佐。

「オーマイハニーの血縁者なら、誰でもできるわよ?」

 普通はできないってことじゃん、異世界人でも。賢者の家系でなければ。

「できるわよ?」

 ルッカ嬢(賢者の末裔)、分かったような分からないような微妙な顔してる。

 あれだ、例えるならば、イチローが二流選手に向かって「なんでヒット打てないの?」って顔。

 出来る人は、なぜ自分が出来るのか、言語化できないんだ。

 天才は、できない子の気持ちを推し量れないのよ。

 それは彼女ルッカが正真正銘の賢者の末裔、という証明でもあるのだが。


「それはさておき……これよ」

 まるでドラえもんの四次元ポケットよろしく、ルッカ嬢(賢者の末裔)が取り出した本を、

「『賢者の議定書エルダーズ・プロトコール』……?」

 と妖精さんが翻訳してくれた。


『かつては『ヤーパン初期』『ふるごと記』とならぶ、さんだい国史として、あつかわれていたほんね~』

 毎度、博識な妖精さん、注釈をありがとう。

「歴史書か……でも、こんな本、見たことないぞ?」

 僕は、元の世界へ還るため、帝都中の書庫を漁った男だ。

 なんとか異世界召喚術式の載っている本はないものか? と血眼になって。

 そんな僕なのに初見の本、しかも国の歴史を記した本だって?

 ありえなくない?

『じつは、ちょしゃが、いにしえのだいけんじゃなの。だから、まくしみりあん禁教令でふんしょされちゃったのね~』

 坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、か?

 王様の迷信嫌いは徹底しているな……国の歴史書まで禁書にしてしまうとか。

『なので今じゃ、ぎしょあつかいなのよ~がくしゃのあいだでも』

 資料的価値よりも、イデオロギーが優先されるとか……ヤバいな専制国家。


「だからね男爵――証明すればいいのよ」

「な、なにを?」

「この本が、偽書ではない、ということを。冤罪を晴らしてあげるの」

「どうやってさ?」

「この『賢者の議定書エルダーズ・プロトコール』は契約の本なのよ」

「契約?」

「そう――龍と人間との、契約の書」


『かいつまんでいうと~、くにのなりたちがかいてあるのね~』

 ふむふむ。

『ながくせんらんにあけくれていたくにぐにのへいていをなさん、たいもうをいだいたカルストンライト王。かれのせいりょにはつねにいっぴきのきょだいりゅうがともない、おおいにはぎょうをたすけた』

 災厄の龍とは逆だな。人のために力を貸してくれた龍もいたのか。

『こくないのへいていがなされたあと、カルストンライト王はりゅうとのやくそくをかわしたの』

「どんな?」

『これからもえいえんに、りゅうはひとへかごをあたえつづける。そのかわり、ひとはりゅうをうやまい、りゅうのあんそくをそんちょうする、と』


「え? ちょっと待って?」

 おかしくないか、その話?


「だって、現実は――荒ぶる龍は人の都を襲い、人の命や財産を奪っていくじゃないか!」

 いつ来るとも知れない大惨事として、地震、台風、噴火などと同列に恐れられてるじゃないか。

 龍は災害なのだ。帝都ドラゴグラードの民にとって。


「やっぱり偽書なんじゃないの? それ?」

 【龍災】を実際に目撃した者として、あれが「伝説の守護龍」だなんて、とても思えない。

 無慈悲に街を破壊し、人を踏みつけ、城を焼く――厄災の権化だった。

 今思い返しても、龍の暴威は僕の脚をすくませる。

 あれが「都を加護する者」だって?

 信じられないよ!


「でも、アレが【帝都の守護龍】なのよ! 始祖王・カルストンライト王と共に、この国を建国した加護の龍よ! そう書いてあるのよ、賢者の議定書エルダーズ・プロトコールには!」

『きょだいりゅうしゅのじゅみょうはすうせんねん、ともいわれてるからね~』

「ほんとに?」

 それ同一個体なのか? 「別の龍」じゃないの?

 どうにも納得できない僕とは対照的に、

「これ読んでみなさいよ!」

 ルッカ嬢は、付箋を挟んである頁を僕の鼻面へ押し付けた。読めないのに。


『かいつまんでいうと~ゆうそくこじつの項ね~』

 有職故実?

 宮中祭祀とかを記した奴か? 端的に言うと、古代のマナーブック。

「これに従って儀式を行えば、龍は人と交わることができる!」

「ほ、ほんとにー????」

 あの災厄の龍が人と交わる?

「無理でしょ!」

「無理じゃないわよ! 始祖王・カルストンライト王は龍と通じえたのよ?」

「いや、それは……」

 神話でしょ?

 誇大表現や脚色、明らかに科学的・客観的事実とは異なる記述を含むのが、神話でしょ?


「それをね、証明しに行くのよ、龍退治軍(あたしたち)はね」


 →ヤーパン王国の歴史書=『ヤーパン初期』『ふるごと記』『賢者の議定書エルダーズ・プロトコール』が三大史書とされる。


 しかしマクシミリアン帝即位以後、インパク知政策(あやしげな迷信は、まかりならぬ、という啓蒙主義的施策)で、賢者の議定書は焚書の憂き目に。

 現在では、(王に忖度した)歴史学者の間では偽書扱いされている。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ