第三章 3-6 嘘と沈黙 - Lies and silence
あれよあれよと言う間に、災龍討伐将軍へと祀り上げられてしまった咲也。
「酒の席での戯言」が、瓢箪から駒。
目立ちすぎた影武者は処分されてしまうのでは? とビクビクしながら王の召還に応じたのに、
逆に、軍資金と兵まで下賜される始末。
――今更、後へは退けないぞ。
どうすんのよ?
これいったいどうすんの?
この世をば、我が世とぞ思う、望月の、
面白きこともなき世を面白く、
異世界のことも、夢のまた夢
「なによそれ、男爵?」
「辞世の句だよ」
せっかく作ったのに、披露する場もなくお蔵入りでは可哀想なので、自分で詠んでみた。
声に出して詠みたい辞世の句。
「大丈夫、アンタ死ぬから」
とか物騒な見解を返してくる女――ルッカ・オーマイハニー。
僕を【アルコ婆の捕縛を手引きしたスパイ】と断定し、危うく殺しかけた女である。
本人は「流しの癒やし系ハートフル☆ケアマネジャー」を自称し、
何か悩み事を抱えてそうな人に、片っ端から声をかけまくる救済家を気取っているが……
正直、人を見る目は全くない。
救済家のくせに。結婚相談所の職員のくせに。
素人である僕の方がまだマシなんじゃないか? って思えるくらい、ない。
本当にあの【読心術者】アルコ婆の孫なのか? と疑いたくなるくらい、ない。
その反面、馬に乗らせたら「どこの騎馬民族だよ?」と見紛うほど達者だし、
カジノの厳重警備も翻弄するほど、隠密スキルが高い。
魔術封印された結界すら、物理解錠するってんだから、どんだけ高いのよ? この子のアサシンスキルは?
そんなルッカ嬢が僕に促したんだ。あの夜。
帝都中の名士・貴族たちが集まるハイソなパーティで。
僕に「 龍 討 伐 の 宣 言 を ブ チ 上 げ ろ ! 」と。
僕は思った。
それは一種の罰ゲームなんだな、と。
気位の高い貴族に、途方もないビッグプランを放言させ、赤っ恥をかかせる系の。
まぁでも、僕は名ばかり貴族なので。
いくら【酔っ払いのホラ吹き男爵】と嘲笑われても平気さ。
だって、僕はこの世界に長居するつもりなどないのだから。
王の秘匿する「異世界召喚術式」さえ入手できれば、貴族の位なんて、今すぐ捨ててやる。
そして元の世界へ還るんだ!
帰ってラノベ作家として華々しくデビューするんだよ!
おう、あくしろよ!
と……考えていた僕は、結果として甘かった。
帝都住民の「どうにかして龍の災害から逃れたい」という願いを甘く見ていた。
考えてみて欲しい。
たとえば不定期に大水害が起こる地域に、君は住んでいる。
普段は暮らしやすいところでも、いったん水害に見舞われれば、家も畑も人も財産も流され、大変な目に遭う。やがて水が引いても伝染病が蔓延、食うや食わずの悲惨な冬を忍ばねばならない。
そんなところへ、「絶対に壊れない堤防を造ってやる」とかいう奴が現れたらどうなるか?
もう救世主でしょ、国を挙げて神様扱いでしょ?
実際、甲府盆地の信玄公はそんな感じだ。
つまり、僕は「信玄堤を造って、水害を根本から防ぐぞ!」と訴えたに等しい。
龍の災害に困り果てる人々の前で。
アイアム武田信玄と宣言したようなものだ。
そしたら寄付は濡れ手に粟だし、志願兵殺到で徴募窓口もパニックさ。
帝都ドラゴグラードの人々の切望を思えば、必然だったのさ。
そんなワケで…………
その混乱と狂騒を収めるための建物が、ここだ。
前回の【龍災】被災地の跡地、そこに建てられたモダンな高層建築。
総石造り五階建ての建屋は、消失した地区の新しい行政中枢として機能するはずだったが……
現在、その正門に掛かっている看板は――
「Baron PoisonusSnake's DRAGONAUT the Residence」
つまり、僕の龍退治軍の幕僚団、その臨時詰め所として充てがわれている。
王様から。直々に。
ここで志願兵の整理と訓練を行え、という勅命を帯びた建物なのである。
勅命……すなわち、
「勅命=逃げ出すことは許されない、ということだな、上級特佐?」
「その通りでございます、征龍鎮撫将軍閣下」
などという、わざとらしい会話を交わしてみる。
ここは龍退治軍本部最上階・士官室――要するに、一番偉い人のために用意された部屋である。
扉の外には屈強な兵士が歩哨に立ち、強固なプライベートが保たれた空間で、
僕と軍服のアサシン。咲也&ルッカ。転生者と(自称)賢者の末裔。
その二人が、なぜか龍退治軍の士官室にいる。
「こうなると分かっていた上で、君は私にあんなことをさせたのかね? 上級特佐」
「目論見通りでございます、将軍閣下」
ゲロったな、オーマイハニー。
何もかも、僕はルッカ嬢の掌の上だったのか。
この世界の事情に疎い僕(転生者)に【ヤバい宣言】をさせて、地獄へと招いた堕天使は……ルッカ・オーマイハニー。
邪教・摩利支丹の最高幹部(=アルコ婆)の孫にして、救済者を自称する女。
とんだ食わせ者じゃないか!
「畜生……単なる貴族向けの罰ゲームじゃなかったのかよ……」
「でも男爵、ノリノリだったじゃん?」
「酒の席での与太話だと思うだろ! 普通に考えて! あんな大風呂敷は!」
僕が甘かったにしても、ちょっと酷すぎるんじゃないの????
「どう責任をとってくれるんだ! ああ? この詐欺師が!」
コンコン。
「将軍閣下、馬車の用意が整っております」
丁寧な所作で下級士官が伝えてきた。
「馬車?」
「本日、午後は野外音楽堂でトークショウが入っております、将軍閣下」
とルッカ嬢が補足してくれた。満面の笑みで。
第三章 3-6 嘘と沈黙 - Lies and silence
諸事情で更新が滞ってしまって、申し訳ない。
徐々にペースを戻したい所存。
よろしくお付き合い頂けるとありがたいです m(_ _)m




