第三章 3-5 走れ独眼竜のように - LONELY WAY
ようやく、この異世界でも小説家のスキルが活きる時が来た! ……と、羽ペンを握りしめた咲也だったが……
編集者の締切催促は、彼の制作時間を無慈悲に奪い去った。
王様が編集長である。
絶対である。
「あと、もうちょっとで出来ます!」とかいう言い逃れは不可能なのだ。
急かされた時がタイムアップなのだ。
たとえ、手元の原稿が白紙であったとしても。
富樫状態!
てか、釈明できないと、僕、叛乱者疑惑を晴らせないんですけど!(※咲也談
『未完!』
『堀江咲也先生の次回作にご期待ください!』
状態である。
力の限り書き連ねた名文で、王様の誤解を解いてやろう! と目論んだ僕の企みは、
その王様の命令で一気に瓦解である。
僕、小説家・堀江咲也にとって、この世界の編集長は、王様だ。
今上帝マクシミリアン陛下だ。
なにせ、身分保障・住居提供に加え、お小遣いまで頂いている、文字通りのパトロンである。
この世界で僕が(僕ら召喚者が)、上級国民として好き勝手に振る舞えるのも、
全て王様のお陰である。
藤原道長に庇護された紫式部どころの話ではない。
そんな御方に「そこまで!」と言われたら、筆を止めて従うしかない。
僕ら召喚者は絶対に逆らえないのだ、マクシミリアン帝には。
だって、王の機嫌を損ねたら、元の世界へ還れないんだから。
【異世界召喚術式】は秘伝中の秘伝、王のみが所持する超レアスキルだ。
その術式を求めて、僕は帝都中の書庫を漁り回ったが……結局、探し出せなかった。
なので、僕の生殺与奪権は王に握られたままだ。
王との契約通り、王の影武者を勤め上げ、王に召喚術式で元の世界へ還してもらう――それしか僕らには未来がない。
ひどい不平等条約だが、契約してしまった以上はどうしようもない。
(こうなれば! …………覚悟を決めるしか!)
「お召し替え、致します」
謁見用の礼服を携えたメイドが、僕の服を剥ぎ取ろうとするが……
「いや、それじゃない」
用意された貴族の服を僕は却下した。
そして改めて、別のオーダーを彼女たちに伝えた。
☆ ☆
王の呼び出しから数刻後、
謁見の間に響く儀仗兵の声。
「ポイゾナススネイク男爵、咲也様――ご到着ー!」
王を待たせるなど不敬にも程がある……が、僕だって命がけなのだ。
多少の粗相は見逃して欲しい。
しかし、遅刻した僕に対し、列するお歴々の心象は悪くなる一方だった。
『 な ん だ そ の 恰 好 は ? ? ? ? 』
謁見の間で侍っていた大臣たちから小姓、果ては小間使に至るまで、
全員が、僕の姿に目を丸くした。
そりゃそうだろう。
僕は白い。
不自然なまでに、全身が白のコーディネイト。手袋や靴まで白。却って、純白の貴族服を探すのに苦労した……とはメイドさんの談。
できれば、黄金の磔柱を背負って登場できたら完璧だったが、生憎、そんなものを用意する時間はなかった。
厳格なドレスコードが設定されている謁見の間で、そんな恰好は悪目立ちも甚だしいが……
僕は!
出席番号七番:横手みたいに、大人しく死を賜るつもりなどない。
出来る限りのハッタリで、この場をやりすごさねば!
「お待たせ致しました! ポイゾナススネイク男爵、咲也堀江! ご召還に応じ、参上仕りました!」
僕は生きる!
生きて小説と添い遂げる!
それが小説家の生きる道、どんなに見苦しい姿を晒しても書き続けねば。
還れれば、元の世界へと帰還できれば、僕の成功は約束されているのだから!
王の側仕えや、居並ぶ宮廷の重鎮たちが、「あっ、こりゃコイツ死んだな……」的な哀れみで僕を眺める中、
「ポイゾナススネイク男爵……」
マクシミリアン帝は、重々しく口を開いた。
まるで……まるで、死刑を宣告する裁判長のような口ぶりで。
「陛下!」
しかし僕は座して死を待つワケにはいかない!
「このポイゾナススネイクめに、釈明の機会を!」
不躾にも王の言葉を遮り、懇願する。
「釈明?」
「なにとぞ! なにとぞ! 賢明なるマクシミリアン帝様!」
狭量な王ならこの場で斬り捨てられても仕方がない、と開き直って僕は王に縋る。
「マクシミリアン様!」
だからこその死装束だ!
冤罪で死を賜るくらいなら自ら死を選ぶ、という鬼攻めのスタイルだ。
いわば攻撃全振りの決死隊である。
天下人秀吉に挑発的な恰好で挑む、伊達男の戦法である。
「ポイゾナススネイクよ……」
「陛下!」
異世界の王様にも、届け、この想い!
文を認める暇がないのなら、アドリブでストーリーテリング!
思考の瞬発力で、有ること無いことパワーフレーズを織りあげろ!
小説家 vs 王様――いざ尋常に、Here we go!
僕は生き延びることができるか?
「男爵」
ところがところが……
「何を釈明することがあろうか?」
王様から帰ってきたのは、僕が思いもしない反応だった。
「 は ? ? ? ? 」
想定外も想定外、僕の言い訳アドリブトークショウは、いきなり公演中止である。
「ポイゾナススネイク男爵、咲也堀江よ――」
王の意を受けた側用人が一歩進み出て、
「王命により、本日付けで貴殿を征龍鎮撫将軍に任ずる」
と、手にした文書を四方に誇示した。この場に列した者、全員が証人だとでも言わんばかりに。
「なお、ポイゾナス将軍には、陛下より軍資金を下賜される」
恭しく小姓が掲げる白木三方には、目録代わりの小判が載っており……卒業証書を受け取る卒業生並みのぎこちなさで、僕はそれを受け取った。
つまり――――どゆこと?
「新将軍、ポイゾナススネイク男爵。我が国の繁栄と安寧のため、軍務に精励することを望む」
今度は軍服の大臣から、階級章と軍旗を授けられた。
なにこれ?
「軍務尚書、並びに占星官よ」
「はっ」「はっ」
「征龍軍の出立は、いつがよかろう?」
「既にポイゾナス男爵の下には相当数の兵どもが集まりつつあると聞いております。その編成を整えるに、一ヶ月ほどあれば」
「星詠みを行いましたところ、来月の下弦に吉兆が出ております」
「よかろう! 左様せい!」
は?
こうして僕は、地獄への片道切符を渡されたのだった。
Ticket to Hell......




