第三章 3-4.5 そうさ噂は龍のブレスより速いよ - Faster than Light
単なる【(貴族向けの)罰ゲーム】だとばかり思っていた、晩餐会での「龍退治宣言」。
そんな大言壮語も、酒の上でのホラ話として一笑に付されるだろう。
……と、当の本人は高を括っていた。
しかし、そんな咲也の思惑は大きくハズれ、
帝都を揺るがす一大ムーブメントへと発展してしまう!
どうする咲也?
どうなる咲也?
「おい、堀江!」
本屋の軒先で【本人の許諾もなく、勝手に自分の本を出版されてしまった】現実に頭を抱えていた僕に、
「千葉?」
不意に声を掛けてきたのは、ブラザープリンシィズ出席番号五番、千葉だった。
「あれヤバいぞ堀江! いくらなんでも!」
と真顔で指したのは……
【 ポイズン男爵の龍退治軍 志願兵募集 】
なる垂れ幕だった!(※妖精さん翻訳)
「いやいやいやいや! 僕は認めてないし! 聞いてないし! 募ってないし!」
初耳にも程がある!
「だめよ! だめよ! だめよ!!」
押すな押すなの大盛況の【徴募事務所】へ、僕は飛び込んだ。
「正式に龍退治が決まったら、改めて募集するから!」と【自称・徴募官】へ懇願し、
なんとか群衆には解散してもらった。
ほんと、もう勘弁してよ……
これ以上、大事になったらホント困るんだよ……
☆
王城の丘・敷地内。
召喚者の住まい、パルテノン神田。
この邸宅に召喚同期、十二人が住んでいた。現在は咲也を含め、七人(一人は影武者として王城在駐)が住まう。
☆
だが……
一難去ってまた一難。
パルテノン神田へ帰宅した僕を待っていたのは……
「どうすんだよ、これ……」
ポイズン男爵・龍退治軍 志願兵の名簿群だった。
さっき直接、僕が思い留まらせた徴募事務所だけでなく、
僕の預かり知らぬところで、何箇所も! 何箇所も! 志願兵の募集が行われていたらしい!
勝手に! 僕へ一言の断りもなく! 善なる使命感に突き動かされた者たちに拠って!
「雨後の筍か!」
あああああああー! もおおおおー!
「マズいぞ……堀江……」
分厚い志願兵リストをめくりながら、「やっちまったな……」な表情で僕を憐れむ、出席番号十一番の半場と出席番号十二番の水木。
「少なく見積もっても四百から五百……これ、ちょっとした軍隊だろ?」
基本、僕らは貴族なので、私兵を持つことは許されている。
治安維持、身辺警護、野盗の討伐、王からの動員令に応えるため……むしろ兵力の保持は、貴族の義務でもあるのだが……
都在住の貴族は些か事情が異なる。
何故かといえば、都には王立常備軍が駐在しているため、その義務を免除されているのだ。
なので、私邸警護以上の兵力は抱えないのが常である。
ところが今、僕の麾下には数百名の兵が集ってしまってる。
どう考えても異常だ。
赤穂浪士に狙われているワケでもないのに、吉良邸警護の数倍の人数を抱えている。
下手したら今後、更に増えていきそうな雲行きだ。
ここは王都ドラゴグラード。国内で最も治安部隊が充実する、王のお膝元。
そんなところで数百名単位の私兵を抱える――その行為が何を意味するのか?
子供にだって分かる!
この徴兵、
事前に王様から「災龍を討伐せよ」という勅命を請けていたのなら、問題はない。
だが、僕は「勝手に」「私的な宴席で」龍退治を宣言しただけの立場に過ぎない。
マズい!
明らかにマズい!
【この命、男爵様に捧ぐ!】【男爵様のためなら、たとえ火の中! 水の中!】
窓の外では既に、血の気の多い志願兵たち数十人が気勢を上げている。
「これ、叛乱の準備だろ?」
「だよな」
「勝手に軍資金を集めて、勝手に私兵を募ってるもんな……」
「何も知らない人が見たら、叛乱軍だ、これ」
「今から一緒に、これから一緒に、バスティーユ監獄を襲いに行こうか、って勢いだわ」
千葉も神崎も川澄も嘉数も半場も、好き勝手に言ってくれる!
「残念だよ堀江。まさか君が横手と同じ運命を辿るなんて……」
え、縁起でもない!
王様と交わした影武者契約を破り、王より死を賜った召喚者の後を追う? 僕が?
「放蕩貴族の範囲を逸脱したら、アウトなんだよ……目立ちすぎちゃいけないんだ。だって僕らは影武者候補なんだよ? なぁ堀江よ」
そう水木は冷笑し、他の召喚者仲間と香典の額を相談し始めた。
☆
居たたまれないリビングを離れ、僕は自室へ籠もった。
「ど、どうする!?」
異世界転移以来の大ピンチだ――――この期に及んで、僕が為すべきことは何か?
「作文だ!」
出来得る限り迅速に、王への釈明の書状を書いて、送り届けなければ!
そもそも、龍退治の宣言も、軍資金集めも、私兵徴募も、全部、僕の意志でも発案でもない!
不穏分子と疑われるよりも先に、潔白を王へ訴え出なければ!
僕が従順の子羊であると。主への叛意など微塵も抱いていないと。
(でないと打首だ!)
王に疑われたら即座に首を斬られる=それが専制国家ってもんだ!
そのくらい重々承知している!
舐めてもらっては困る。僕は異世界ライターだぞ?
それに作文なら僕の得意分野じゃないか。僕が人に誇れる、唯一のスキルだもの。
一晩あれば、万人が納得する名文を綴ってみせるさ!
「――任せなさぁい!」
それこそ直江状クラスの、歴史に名が残る……
「あ、直江状はマズいか……」
あの煽りと皮肉たっぷりの態度を見倣っては、僕の首が何回飛ぶのか知れたもんじゃない。
黒ひげ危機一髪並みにポンポン飛んじゃうね。
「じゃ腰越状……も、ダメだ」
あれは説得に失敗した手紙だ。
取り敢えず、事実を書こう。本当のことを包み隠さず、分かりやすく伝えよう。
それがいい。
気負わず、気取らず、傷つけず、平易な文章で想いを綴れれば、誰にだって伝わるはずさ。
「よし! 見せてやるよ作家魂!」
インクが飛び散る勢いで羽ペンを握り、便箋に文字を記し始めたところ――――
「堀江様」
部屋の外から、執事さんが僕を呼んだ。
「ただいま王城より伝令が参りまして……今すぐ陛下の元へ参殿せよ、と」
ギャー!
早い! 早すぎるよ王様! 泣く子と締め切りには勝てぬぅぅ!
作家殺すにゃ刃物は要らぬ、
締め切り催促あればいい。




