第三章 3-4 百日後に死ぬ男爵 - The Baron who will die in 100 days
「(自らの手で)殺すために助ける」 - とてもアルコ婆の孫とは思えないアサシンっぷりで、咲也に不始末の責任を迫るルッカ。
しかし、咲也も日本男児。
自分が悪いのなら潔くHARAKIRIしてやるが、冤罪は御免だ! と突っぱねる。
なんとか(勘違いの)仇討ちを思い留まったルッカだったが……
それなら身の潔白を証明しろ、と咲也に迫る。
どうやってさ?(※咲也談)
主賓の消えたパーティでも、滞りなく酒宴は過ぎていく。
夜の社交界では、中座した男女の所在を尋ねるなど無粋なこと。
呑めや歌えのダンスミュージックで場を煽っていた楽団も、既に音量を抑え、ムーディな環境音楽に徹してる。
このままユルユルと流れ解散となるのが、夜会の常だったが…………
カジノ・ビスコレッティの質草保管庫から大晩餐会場へ戻った僕は、敢えて正面の入口を避け、
関係者用の通用口からコッソリと進入……
「川澄!」
退屈そうに指揮棒を振ってる「召喚者仲間」を舞台袖から呼んだ。
「堀江? なにやってんの、お前?」
「頼まれてくれ、川澄」
出席番号九番:川澄千影。
音大生というアドバンテージを活かし、いち早く、この世界に馴染んでいた召喚者の一人だ。
この世界で最高の音楽的才能が集まる王立楽団ともセッションを果たし、
異世界音楽家として前途洋々な彼だったが……
肝心の楽団は、突然の【龍災】により、[対災龍最終兵器:龍曲掃界 ポリフォニカ]作戦に駆り出され――結局、王と共に蒸発した。
龍の超熱火炎ブレスで、生きたままプラズマ化され。
いや、正確に言えば、王の身代わりである小林と共に、だな。
なので川澄は、新たな楽団立ち上げに参加し、現在はコンサートマスターを務めているらしい。
「俺に何を頼むってんだよ? 邪教排除の英雄様?」
「一丁、派手に演ってくれないか? 川澄!」
「あぁ? オーケストラは酒場の流しじゃねぇんだぞ?」
もうパーティは、お開きモード。夜会の狂騒もフェードアウトの頃合いだ。
そんな時間に「派手に演れ」だと?
「無茶いうな」
川澄は(人相隠しの)仮面の下で、苦虫を噛み潰したが、
「頼むよ、召喚者の誼で。そこを何とか!」
「…………お前が責任取れよ?」
「さんきゅー川澄!」
「で、リクエストは?」
「ショスタコーヴィチの「革命」みたいなのを頼むよ! でなかったらマーラーの「巨人」かニールセンの「不滅」辺りで」
気怠げな夜想曲がピタリと止み……指揮者がアレコレ楽団に指示を送ると……
突然!
雷鳴の如きパーカッションが響き渡り、金管楽器が悲鳴を叫ぶ! 革命のシンフォニー。
ノリノリじゃないか、川澄の奴。口ではあんなこと言っておきながら!
「よしよし……」
穏やかな鎮静の余韻に浸っていた紳士淑女を叩き起こす、不躾な選曲に、
「何事か!?」と客たちがオーケストラへ向き直れば、
「お集まりの諸兄諸姉!」
指揮台には川澄ではなく、別の仮面紳士が立っていた――つまり僕である。
「宴もたけなわとは存ずるが、しばし! 皆様のお耳を拝借させられたい!」
我が上司、テュルミー中尉ばりの雄弁スタイルで聴衆へ訴えかける。
「私ことポイゾナススネイク男爵は、この帝都から邪教の影を排除し! 皆様の安眠を奪還した!」
オーッ!
聴衆からは、改めて称賛の拍手が降り注ぐ。
「しかしながら! 未だこの帝都に襲いかかる暴力、怪しい黒い影! 月明かりの街は狙われておるのです! ――――そう! 皆様ご存知、災厄の龍であります!」
ゴクリ……息を呑む客たち。
敢えて客たちが【思い出したくない】話を蒸し返す。
いくら貴族とはいえ、【龍災】の危険度は変わらない。
運悪く、超熱ブレスを浴びれば、誰であろうと消し炭と化す。龍を前にすれば、貴賤の差はない。
「…………」「…………」「…………」「…………」「…………」「…………」「…………」
まさに興ざめ、一気に酒が不味くなる話題だったが……
「そこで、この場を借りて、皆様に申し上げたい!」
だが、それは次の【朗報】への枕だ。
「この私、ポイゾナススネイク男爵こそが災厄の龍を討伐せしめる者であると!」
静まり返る大晩餐会会場。
宴の酔客、数百人は、みな呆気に取られていた――僕の真意を測りかね。
酒席のジョークと笑うべきなのか、あるいは……
「帝都を守護する龍の女神よ、与え給え! 最後の聖戦、我にその使命をば!」
ハハッ、なに言ってんだ、僕は?
いくら酒の席とはいえ、こんな大言壮語、赤っ恥もいいところだ。
素面だったら、真顔で乱心を心配されるに違いない。
それにしてもルッカ嬢は、なぜ僕にこんなことをさせたのか?
潔白の証明と称して。
おそらく、僕を試したんだろう。
本当に、自分の行いを悔いているのか、試したのさ。
だってそうだろう?
こんなの、気位の高い貴族にとっては針の筵もいいところだ。
誰が考えても無理な難題を「俺なら出来る!」と言い切ってしまうなんて。
しかもこんな、都中の名士・富豪が集まる席で!
もし僕が名のある名家の子息だったら、もう二度と社交界には顔を出せないだろう。
最悪、毒を呷って死を選ぶかもしれない。
それくらい、恥辱に塗れた【罰ゲーム】だよ。
貴族にとっては、ね。
でも僕は貴族じゃない。
肩書は貴族でも、中身は普通の小説家だから。
「ホラ吹き男爵」呼ばわりされたところで、ノーダメージさ。
「この盃を、竜神女神に捧ぐ! 我に勝利を! 打倒・邪なる災龍!」
呑めない酒を一気飲みして、出任せの壮大プランをぶちまけた。名だたる名士たちに向かって。
「誰かが起たねばならぬ時! 誰かが行かねばならぬ時!」
なんたって僕は小説家、ウソをつくことを生業とする者だからね!
「このポイゾナススネイクにお任せあれ! 帝都悩ます災厄の元、快刀乱麻で断ち切ってみせましょうぞ! アイ・アム・ドラグスレイブ!」
☆ ☆ ☆
しかし……
ところが……
僕の見込みは、大きく外れてしまってた。
翌日の瓦版には、「いきなり剥がれた化けの皮! 奴はホラ吹き男爵!」とか、調子に乗りすぎた下級貴族が晒し上げされると思っていたのに……
実際は「救世主現る!」である。どの瓦版も。全部、肯定的!
僕はマスクだ。
異世界のイーロン・マスクだ。
「冷静に考えて、そんなの無理だろ? 問題ありすぎるだろ?」な案件を抱えても、株価が上がりまくるテスラの社長状態だ。
「ま、そ~なるわよ~」
宴で揉みくちゃにされることを危惧し、昨晩はパルテノン神田でお留守番してた妖精さん、
言わんこっちゃない、ぐらいの口ぶりで解説し始めた。
「この帝都にとって、【龍災】は「今、そこにある危機」なのよ~」
「そなの?」
「なんのまえぶれもなく、きょだいなりゅうがあらわれて、まちをやいてさっていくの、やつがくるのもさるのもきぶんしだい、にんげんがわはどうしようもないの」
「うむ……まさに【災害】か……」
「ていとみんは、みんなけいけんしてる、たいせつなひとのとつぜんのわかれを」
「…………」
「そんなさいやくをとめるてだてがあるのなら、わらにもすがりたいのよ~」
たとえそれがホラ吹き男爵の、酒席での戯言でも……か。
「甘かった……」
甘く考えすぎていた。
僕に大言壮語を吐かせたのは、イキりまくった貴族への公開処刑罰ゲームだと思っていたが……
そんな生易しいものではなかった――ルッカ嬢の【罠】は。
もしかして僕は……とんでもない虎の尾を踏んでしまったのでは?
いや、龍の尾か?
頭を抱えて蹲っていると、
「堀江!」
僕の部屋へ突然、神崎が飛び込んできた。
「大変なことになってるぞ!」
血相を変えた神崎が、僕を窓際へと促すと……
「は????」
王城の丘の麓に群衆が見えた。数にして、数百……下手すれば四桁?
中には幟やプラカードを掲げた奴もいる。
なんだ? 一揆か? 一揆なのか? 米騒動か? もしくは安保闘争?
「これで見てみろ!」
嘉数が持ってきてくれた天体望遠鏡を群衆へ向けてみると……
「ポイズン男爵様 龍討伐祈念」「武運長久男爵様」「厭離穢土欣求浄土 邪竜退散国家安康」
なる幟旗が揺れている。
→お前か。 →お前だな。 →どう考えても堀江案件。
川澄も嘉数も神埼も、僕を目で訴える。言われなくとも分かってるよ! そんなこと!
☆
「男爵様!」
王城のゲートを突破した(させてもらった?)民たちは、
僕らの住まい、パルテノン神田の玄関先に(大八車で運んできた)樽を積んだ。
「お納めください!」「どうか、どうかお願い致します! 男爵様のお力で!」
樽の中身は……小銭だった。
ダンネージ式に重ねられた樽には、小銭が一杯。
中を検めれば、見るからに使い込まれた鐚銭も多く紛れていて、
多くの庶民たちがタンス預金から工面してきたものだろうな、と察せられた。
「……………」
紙幣ほどの紙も紛れてはいたが――それは紙幣ではなく、
「仲間が龍災で死んだのさ、とってもいい奴だったのに。オベリスクに花添えて、青春アバヨと泣いたのさ」「お年玉を男爵さまにあずけます。これで龍をたいじしてください」「しんだぱぱのかたきをとってください」とか書いてある手紙だった。
……見るんじゃなかったぁぁぁぁー!
これ、クラウドファンディングじゃん。異世界クラウドファンディング。
僕が頼んでもいないのに、強制的に送りつけられてきたクラファンじゃん!!!!
しかしもう、これ、「要りません!」とか送り返すこともできない。
なけなしのお年玉を寄付してくれた子供の気持ちまで踏みにじれというのか?
「あれは酒の席の冗談でした!」とか頭を掻いて。
そんなの無理だよ!
人として無理だ! 人間失格よ!
☆
「胸が……痛い……」
もう泣きそうだ。
なんてことしてくれたんだ、ルッカ嬢!
良心の呵責で死んでしまいそうだ。
これは何死っていうんだ? こういうの? 小説家の語彙でも出てこないわ!
善意の樽募金から逃げるように、僕は街へと飛び出した。
あんなにも良心を咎める物体を直視できる奴は、人としてどうかしている。
マトモな人間は心が壊れるわ!
「何か本でも買って、静かなところで落ち着こう……」
魔術書か実用書くらいしか流通していない世界でも、文字を辿れば心も鎮まる。
小説家とは、そういう生き物だ。
「いらっしゃい」
深いフードで顔(仮面)を隠し、本屋へ立ち寄ってみた。
何か、つらい現実から目を背けられる本はないか? 店内を見回すと……
【売れてます!】
珍しく、実用書ではない本が売れ線として推されている。
この世界では滅多に見かけない販促POPまで添えられて。
どんな本だろう?
「妖精さん?」
普段なら、僕が視線を向けた文字面を即座に翻訳してくれる妖精さんが……珍しく押し黙る。
「どしたの?」
僕の中枢神経と尻尾で繋がる僕と妖精さん、「翻訳して?」と脳波でせっついてみたら、
『百日後に死ぬ男爵』
「は?」
『百日後に死ぬ男爵』
思わず、その平積みされた薄い本をめくってみると……絵本だった。
ちょうど、広場で紙芝居屋が子供たちに見せてた、あのタッチで描かれた絵が主体の本で、
まるでゴリアテに立ち向かうダビデのような筋立てを辿り、
最後には、勇者がブレスに焼かれて昇天してしまう話だった。
なんてこった!
異世界ライターの処女作が本屋に並ぶ前に、異世界ライター自身を主人公にした本が店頭に並んでる!?!?!?!?
おかしい……おかしいですよ、神様!
こんなのおかしいでしょ!




