第三章 3-3 アサシンズプライド - Assassin's Pride
ナーロッパの定番(定番!?!?)、セックスしないと出られない部屋に閉じ込められた咲也とフローラ(カジノ王ロドリゴの娘)、
日頃(元の世界へ還るために)魔術書を片っ端から読み漁る咲也だが、
だからといって魔術結界を破る術式が使えるワケでもない。
当然である。
魔術の素養もなければ、体系的に学んだ経験もないのだから。
追い詰められた咲也、自棄っぱちで封印扉を叩くと…………何故か、扉は開かれた!
「もう、何なのよ、この品のない結界は……?」
開かないはずの扉の外に立っていたのは……闇のナース服を着込んだ女。
注射針を思わせる、尖った得物のジャマダハルを両手に握り込み、
俊敏さ最優先、必要最低限のプロテクターのみ装着した、漆黒の天使。
「――ルッカ嬢!」
来るはずがない援軍は、なんと彼女だった!
思想警察の強制査察の後、音信不通となっていた、癒やし系ハートフルケアマネージャー!(※自称) ルッカ・オーマイハニーが!
「てか、ルッカ嬢????」
いや、でも、ホントなんで来たのさ?
淫祠邪教の摩利支丹、その最高指導者たる【邪淫導師・アルカセット】 →つまりアルコ婆のことなんだけど……
彼女にとって、僕は自分の祖母を【売った】男じゃないか?
そんな奴を助けに来てくれたの?
まさか!
「というか、結界はどうした!?」
この質草書庫は【男女の交合が果たされないと、出られない部屋】じゃなかったのか?
そういう魔術結界が施された密室だったはず?
「結界? ピッキングで外れたけど?」
唖然である。
このお嬢さん、魔術結界を物理解錠で抉じ開けた、と仰る。
どんだけ優れた技術の術者なら、そんなことが出来るのか?
魔術書マニアの僕にとってもビックリ仰天である。
そんな記述は、どの魔術解説にも載っていなかった!
(ルッカ嬢、恐ろしい子……)
この子、摩利支丹の導師を継ぐよりも、絶対アサシン稼業の方が似合ってるでしょ?
間違いなく!
だよね? アルコ婆!
「それより男爵、あんた死ぬわよ!」
「はっ!」
そうだった!
このままボーッとしてたら、カジノの用心棒が大挙押し寄せてきて、またぞろアンラッキースケベルームに軟禁されてしまう! フローラ嬢と一緒に!
「逃げねば!」
☆
「はぁ……はぁ……はぁ……」
質草書庫から逃げた僕とルッカ嬢、追っ手が来る前に、適当な部屋へ忍び込んだ。
厳しい鉄錠も、彼女がジャマダハルを鍵穴に突っ込めば、嘘みたいに開く。
結界破りの物理解錠は伊達じゃない! ルッカ・オーマイハニー!
「そぉれ!」
念の為、内側から閂を渡せば、そう簡単には入ってこれまい。
「ふぅ……」
深い溜息で、安堵する。
「まさか、こんな羽目になるとは……」
【帝都守護の英雄】は、こんな拉致まがいのトラップからも身を守らないといけないのか?
好きで祀り上げられたワケじゃないのに!
理不尽だ!
いくらテュルミー中尉=命の恩人の意向とはいえ!
「そう思わない? ねぇルッカ……………ひいっ!!!!」
振り返った先には……鋭利なジャマダハルの刃が。鋒を僕の喉元へ向けて。
「る、ルッカ嬢????」
「あんたはここで、あたしが殺す! あんた死ぬわよ! あたしの手に掛かって、ね!」
まさか! 僕を助けたのは僕を殺すため!? 自らの手で!
「ちょちょちょちょ、ちょっと待って!?」
「裏切り者には死あるのみ! 死して屍、拾う者なし!」
ここは選択肢ポイントだ。RPGならクリティカルな分岐ポイントだ。
話せば分かる、は嘘である。
銃を向けてきた青年将校に対し、そう犬養毅首相は諭したが、結局、撃たれて亡くなった。
小説家は知っている。
だから、頭に血が上ったアサシンに向けるべきは――――
本家アサシンばりにバックステップ! そして、床から突き出た棒状の何かに手を掛け、
「ルッカ嬢!」
抜いてください、とでも言わんばかりの鞘から、僕は刀を抜き取った!
よくみれば、この刀――伝説のエクスカリバーです、と紹介されても遜色ないほどに、綺羅びやかな装飾の逸品で……というか、鞘が刺さってるのは大岩ではなく、金貨の山だった!
薄暗がりに目が慣れてくると分かった。
ここは宝物庫だ。
正真正銘、カジノの胴元が客から預かった、質草倉庫じゃないか!?
Amazonの物流倉庫みたいな空間に、所狭しとお宝が積んである!
てことは!
カネになるのかならないのかよく分からない稀覯本の書庫なんかよりも、
数倍セキュリティが厳しい部屋のはずだ、ここは! 部外者立ち入り厳禁の。
それなのに、そんな部屋の錠すらアッという間に開けてしまう子って……
いや!
そんなことを分析してる場合じゃない!
丸腰首相と同じ選択を採ってはいけない――歴史から学んだ小説家の選択は、
「聞いてくれルッカ嬢!」
豪奢な「エクスカリバー」を構え、抵抗の意志を示した上で、僕は主張を展開する。
「僕は裏切ってなどいない!」
「この期に及んで命乞いか! 裏切り男爵!」
「そうじゃないんだルッカ嬢!」
中段に構えた刀身越しに、僕は訴える。
「中尉の命令で僕が【邪淫導師・アルカセット】のアジトを探っていたのは本当だ」
「認めたな! では斬る!」
「でも! アルコ婆を思想警察に引き渡すつもりなど無かった!」
「嘘をつけぇぇぇぇい!」
「本当だ! 僕は中尉に【摩利支丹の幹部などいなかった】と報告するつもりだったし、今でもアルコ婆は捕縛すべき悪人ではないと思ってる!」
「見苦しいわよ男爵! 言い訳は!」
「信じてくれ!」
「戯言を!」
「もし……もし僕が君を騙しているのなら……」
構えていた剣を逆手に握り直し、
「僕は腹を切る!」
自分の腹に突きつけた。
「日本人は恥を知る民族だ。拠って、罪は罪として甘んじる。堂々と腹を切るさ、日本男児は! 気高く咲いて美しく散る!」
「…………」
「だけど――謂れのない罪は御免だ! 冤罪には屈しない! 決して!」
「――!」
「ルッカ嬢、僕はアルコ婆を助けたい」
「…………」
「君は賢者の末裔を自負する者だろう? なら、僕の心が読めるはずだ」
「…………」
「僕が嘘を言っていると思うのなら、気兼ねなく殺ればいい」
正直、これは賭けだ。
僕が摩利支丹のアジトへ、思想警察を手引きしたのは紛れもない事実であり、
仮に、僕にその意図はなかったとしても、裏切り者と断じられても仕方がない。
でも、勝機はある。
それは、ルッカ嬢がアルコ婆とは似ても似つかない孫だからだ。
アルコ婆は摩利支丹の導師として、類稀なる人心掌握術を持っていた。
あれほど他者の為人を見抜く眼力の持ち主と、僕は出会ったことがない。
端的に言って、アルコ婆の観察眼は読心術と見紛うほどのものだ。
だが……
悲しいかな、孫には全く才能がない。
人間観察眼なら僕の方がマシなんじゃないの? と穿ってしまうほどに。
だから、この提案は五分五分で勝ち目があると思う。
それでも半分は斬られてしまうが、問答無用で百パーセント撃たれるよりはマシだ。
「…………」
沈黙が続く。
鋭利な鋒を腹の皮膚に乗せたまま、僕は彼女のリアクションを待つ。
「…………」
迷ってる。ルッカ・オーマイハニーは迷っている。
泳ぐ視線と噛みしめる唇。
俎の上の鯉を前に、心が揺れている。
【祖母の仇】を討てる千載一遇のチャンスと、僕の言葉を天秤にかけている。
頼む、ルッカ嬢! 僕を信じてくれ!
本当に僕は、婆を助けたいんだ!
あんなお別れじゃ夢見が悪い、元の世界へ帰っても化けて出て来られそうだよ!
ぷるぷるぷるぷる……
(ま、マダデスカ????)
「…………」
もはや持つ手も限界、剣の自重で肉へ刃先が食い込みかける頃……
「いいわ」
闇のナースアサシンは、意を決した。
「男爵、斬るのは止める」
「ルッカ嬢!」
助かった! 僕は賭けに勝った!
「ただし!」
「ただし?」
「本当に信用に足るのか――証明して貰う! ポイゾナススネイク男爵、咲也ホリエ!」
証明――――だって????




