第三章 3-2 恋愛幻想ラブパレードマーチ - I'm gonna be King of the Casino!
いきなり「帝都のアイドル」に祀り上げられ、渋々参加した貴族たちの社交パーティ。
しかしそこで、ひょんなことから魔術書の手がかりを得る咲也。
果たして、ギャンブル中毒の魔術師がカジノへ預けた「質草」に、お目当てのブツ(異世界召喚術式)は紛れているのか?
大ホールを退出して、邸宅内を歩くこと十数分。
「こちらになります、男爵様」
フローラさんが、貴族館特有の豪奢な木造扉を開けると……
「うおっ!」
その部屋は――「胴元が預かる質草倉庫」とは全く印象が違っていた。
天井まで続く書架には、数え切れないほどの蔵書が並び、さながら図書館の趣。
だが、普通の図書館とは明らかに違う。
それは蔵書の「質」だ。
この書架に収められている本は、装丁の豪華なものばかり。これほど見事なルリユールが施された本なら、中身も相当なレアもの、と考えるのが自然じゃないか?
「ここなら……!」
僕が求める秘蔵の魔術書も、あるかもしれない!
☆
と、ワクワクしながら蔵書を漁ってみたものの…………見当たらない。
そもそも魔術書自体が少ないのだ、この書庫には。
豪勢なルリユールの本は、日記、宗教聖典、歴史書、文芸書がほとんどで、
(他の書庫では見かけない、カジノ特有の)珍品としては、大店の裏帳簿や、御禁制の薬物や艶本の顧客リストなど、「金になりそう」な書類の山が特徴的だったが……
そんなものはアウトオブ眼中である。僕にとっては。
「ダメか……」
この探索結果から得られる推論としては――
真っ当な魔術師には、ギャンブル中毒は少ないようだ。
てか、冷静に考えれば分かるわな。
少し知恵の回る奴なら、魔術など金の成る木だ。格好の金儲け手段に成り得る。
わざわざ賽の目の気まぐれに、血眼になる必要もないのだ。
「ハァ…………無念……」
隅々まで書架に目を通して――収穫なし。期待が大きかった分、落胆の溜息もクソデカである。
「すいませんでしたフローラさん。せっかく案内してもらったのに」
書庫の隅で待っててくれたロドリゴの娘に頭を下げると、
「いえいえ男爵様――目的は成されましたので」
ん? どういう意味だ?
僕は、お目当ての本を探し当てられなかったが……それでもいいのか?
僕に恩を売れたことで満足なんだろうか? カジノ王的には?
商売人の考えは、よく分からないな……
「取り敢えず、戻りましょうフローラさ…………あぁ? あれっ?」
扉が……開かない?
ここへ入る時は、女性でも簡単に開けられたのに……なんだこれ?
立て付けが悪いのか? そんなワケないよな? 都でも最高級のカジノホテルだぞ?
ぐおー! フルパワーマックス! ふぬぬぬぬ!
「――いくら気張っても無駄ですよ、男爵様?」
「え?」
「だって、この扉には――外から魔術結界が施されているんですから」
け、結界!?
「それはどういう……?」
「中に入った男女が、交合を果たさないと解かれない結界です♪」
「う……嘘でしょ?」
「本当です♪」
と、ロドリゴの娘は満面の笑みで応えた。
「ま、またまた~ご冗談を……」
いきなりアンラッキースケベルーム展開とか、笑えないジョークですよ、フローラさん?
「いいえ――では、ご覧に入れましょう。わたくしどもの本気を」
と、フローラさんが紐を引くと、パサリ……とブルーシート大の布が床に落ちた。
部屋の隅に鎮座していた巨大な何か――ハイエース大の立方体を、一人除幕式である。
「なっ!」
中身は、派手に装飾された看板だった。金銀、朱に漆、そしてガス? 電気? それとも魔法的な何かで光る電飾。
というかそれ、見たことがある!
このカジノハウス、その正面玄関に掲げられていた看板と瓜二つなんだ!
違いは……
【 Rodrigo Briscoletti's Pleasure Paradise Casino & Hotel 】
が、
【 Baron Poison's Pleasure Paradise Casino & Hotel 】
に変わっているところだ!
「フローラさん、これって……?」
「お父様からの結納の品、お納めください男爵様」
「いやいやいやいや!」
これが【いえいえ男爵様――目的は成されましたので】の意味か!
親子揃って、僕をハメる手筈だったのか! 最初から!
確かに、それを受け取れば僕は、一夜にして東京ドームとドームホテルとウインズ後楽園(※東京競馬場込み)を手に入れるに等しい。
しかし!
僕は、この世界に腰を落ち着ける気など、さらさら無いのだ!
押し付けられても困る!
「ウェイウェイウェイ! ちょっと待ってよフローラさん!」
こんなのおかしいでしょ?
「手順が必要でしょ? 結婚するにしたって! 愛を育む過程をスッ飛ばしたらいけない!」
「何を仰るんです、男爵様?」
「へ?」
「愛に過程は必要ですか?」
「は?」
「男女の関係など、娶されてからこそ始まるもの。同衾もせず、相手の何が分かるのです?」
「いや、お付き合いすれば分かるでしょ? 互いの為人が!」
「結婚のお約束もせずにお付き合いするなんて不誠実です! 男爵様」
「う!」
そうじゃない! と反論したいけど……一方で、「そうかもしれない」と思う自分もいる。
まず「結婚を前提としないお付き合い」って何だ?
それって、娯楽としての人間関係じゃないか?
好きとか嫌いとか最初に誰が言い出したか分からない感情で、相手を弄び、振り回すのは、果たして真摯な人間関係と言えるのか?
もしかして、間違っているのは現代人の方じゃないか?
【恋愛】という胡乱な概念に、現代人は惑わされすぎてるんじゃ?
過度の恋愛脳が、物事の本質を歪めているんじゃ?
異なる世界の異なる価値観に接した僕の脳は、一時的にバグってしまった。
あーうー? つまりどういうことだ? なにがただしいのだ?
「なーのーでー」
フローラさん、思考のスパゲッティで目眩を起こしかけた僕を見逃さず、
「誠実に、交際いたしましょう」
ギュッと僕の手を握り、真っ直ぐな瞳で畳み掛けてきた。
「わたくしが男爵様に、男爵様がわたくしに、何を偽ることなく誠を誓えば……何の障害が有りましょうや?」
「ない、ですね……」
すると僕は、フローラさんの反語表現に馬鹿正直につられてしまった。
「であれば、交わしましょう契を♪ 永遠の心を結ぶのです!」
「いやいやいや! それはできません!」
誠実であればこそ、できるワケがないじゃないか!
僕はフローラさんを妻に迎える気など無いのだから!
そんな誘惑に負けてしまったら、婆ちゃんに顔向けできないよ。
僕はカジノ屋の二代目なんか継ぐ気はない!
帰るんだ僕は、元の世界へ! 元の世界で小説家として大成功するんだ!
「受けられません! そんなのは!」
彼女の手を振り払い、書架を縫って逃亡を図るも……
「観念なさって~男爵さま~」
お釈迦様の掌からは逃げられない。
これじゃジリ貧だ!
誰か助けに来てくれないか? 急に姿を消した僕を訝しんで。
無理だろうな……
勝手気ままな貴族生活、一晩や二晩の無断外泊など誰も心配してくれない。
なら、どうする?
どうしたらいい?
打つ手なし、か?
所詮、小説家には何も出来ることはないのか?
異世界ライター異世界で役立たず、を身を以て証明するだけか?
「――追いかけっこは、わたくしの勝ちでございますね。男爵様」
言うまでもなく、この邸宅は彼女の庭、フローラの父親のものなのだ……初めて足を踏み入れた僕に勝ち目などあろうはずもない。
果たして僕は、【開かない扉】を背に追い詰められた。
僕の貞操、風前の灯!
このままじゃ成金カジノ王の娘と超豪華カジノホテルを押し付けられてしまう!
「くそっ!」
もう自棄っぱちだ!
「開け! 開けよ! オープンセサミー!」
もう一度、力任せに叩いてみた。
どうせ開かないと分かっている結界の扉を、力いっぱいに。
すると――――
ギィィィ……
さっきは微動だにしなかった扉が……動き始めたではないか!
どうして!?!?
用語参照:ルリユール
https://www.gentosha-book.com/bookshelf/reliure1/
こんな感じです。
説明するより、見て貰った方が早いよねw




