第三章 3-1 JUST A HERO
嘘の報告で、アルコ婆を見逃してあげよう――そう考えた咲也だったが、
思想警察による突然の強制査察が、彼の目論見を蹂躙してしまう!
かくて、アルコ婆(こと摩利支丹の最高指導者)は捕囚の身となってしまった…………
困った。
先日の「極秘任務(摩利支丹・最後の大物、邪淫導師アルカセット潜入捜査)」以来、一歩も外を出歩けていない。
堀江咲也、異世界ステイホーム状態である。
ま、僕ら召喚者(影武者軍団ブラザープリンシィズ)の住む豪邸・パルテノン神田は、メイド/執事/コック/御者/医師常駐の上級貴族待遇ハウスなので、何も不都合は無いが――
もし今、仮にコンビニへ買い物に(※異世界にコンビニは存在しないが)、くらいの軽い気持ちで外出したら、あっという間に握手攻め・サイン攻めで揉みくちゃにされてしまうだろう。
何故か?
それは僕が有名人に「なってしまった」からである。
その原因は、パルテノン神田が建つ王城の丘からも確認できる。
帝都各所、集合住宅の壁にデカデカと掲示されてるのよ【僕の顔】が。
繁華街の目抜き通りにも、朱雀大路の正門横にも、僕の肖像画が掲げられている。
掛け値なしに、街中に、だ!
ここまでベタベタ掲示されてたら、帝都民が僕の顔を見ずに一日過ごすのは無理だろう。
「まさか、こんなことになろうとは……夢にも思わなかった」
【摩利支丹の最高幹部を捕らえた男――その名は男爵・ポイズン】
秋葉原ソフマップやゲーマーズの大看板級の大きさで、
僕の顔と名と業績(それも大幅に誇張された!)が掲示されている!
僕は異世界の嘘松だ、嘘柱誇張しのぶだ。
「これ……アイドルじゃん」
偶像として人々に認知される、誇張された虚像としてのヒーロー。
現在進行系でアイドルとして売り出されているんだ、この僕自身が!
そしてその仕掛け人こそ、誰あろう、あの人。
思想警察(正しくは非合理思想摘発局)局長、テュルミー・ヴァンジューイン中尉。
彼の差し金に決まっている。
☆
「本日はッ! このような席へお招き頂き、光栄の至りッ!」
ドラゴグラード王城・謁見の間、あれすらも凌駕する広大なホール。
ビッグサイトの東展示棟一区画くらい? もっと、あるかな?
部屋の果てを確認しようにも、大勢の参列者に遮られる。
何人くらい集まってるんだ? 軽く四桁は越えてそうじゃないか、これ?
集う紳士淑女は豪奢なドレスと燕尾服。これが帝都の夜のハイソサエティか!
「さて、この愛でたき宴に集いし皆様ッ!」
お立ち台代わりの両階段、その踊り場に立つ僕とテュルミー中尉。
等身大よりも更に大きい王の立像をバックに、中尉は得意満面に挨拶を続けた。
「無辜の民を誑かし続けた邪教・摩利支丹最高幹部、アルカセットの捕縛、誠に誠に慶ばしきことかなァ!」
グラスを掲げ、聴衆に乾杯を促すテュルミー中尉、
「これも文明開化帝改め不死鳥帝、マクシミリアン陛下の御威光の賜物! この祝杯を君に捧ぐッ!」
パシャーン!
グイと呷ったグラスを床に叩きつけると、更に中尉の舌は滑らかさを増し、
「偉大なるマクシミリアン陛下は申されたァ! 旧弊が隠匿せし知識の数々、全て民の前に詳らかにせよ! と。皆様ご存知、インパク知ッ!
数百年に渡り、一握りの既得権者が独占していた「情報」「知識」「統計」という財産、
それらが解放されたことで、遍く臣民が、停滞の闇から脱することになったッ!
英断ッ!
これを英断と言わずして、何と言う?
斯くの如き君主こそ、真の名君なりィィィィ!」
マクシミリアン陛下万歳! 合いの手が客から飛ぶ。
「その今上帝の御意、それに叶うべく死力を尽くした者どもこそ、我が思想警察ッ! 誇り高き陛下の下僕にござるッ!」
オーッ!
待ってました! とばかりに、ひときわ盛大な拍手が巻き起こる。
起こらなくてもいいのに。
「紳士淑女の皆様、ご紹介致しましょう――この者こそ、悪辣非道の邪教幹部・アルカセットを捕縛した勇猛の士! 稀代の英雄――――ポイズン男爵にございますッ!」
☆
中尉の挨拶が終わると、十重二重に人垣が出来た。僕の周りに。
「男爵殿、ぜひサインを頂けますかな?」
断りたいけど断れない。断れるワケがない。こんな空気では。
「いいですよ、どちらに?」
この宴に集った人は、僕を見に来たんだ。
邪教のアジトへと単身乗り込み、見事、悪の最高幹部を捕縛した武勇伝を聞きに来たんだ。
そんな人たちに対して「僕は英雄じゃない」などと反論してみろ?
無粋にも程がある。
誰も得しないよ――僕も、中尉も、客たちも。
だから僕は、ただヘラヘラ笑ってればいい。余計なことをせず。虚飾のアイドルとして。
だけど、それだけじゃ彼らは満足しない。
「ところで、男爵殿は独身と伺いましたが……」
サインの次は十中八九、この流れだ。
「実は、今晩は我が娘も随伴しておりましてな……御挨拶なさいイザベラ」
「お初にお目にかかります、男爵様」
艶やかなドレスにキメキメのメイク。いかにもファーストインプレ勝負の出で立ちだ。
「私が言うのもなんですが、イザベラの母親は侯爵家の出、帝都でも指折りの高貴な血筋ですぞ。いかがですか男爵殿? 是非、茶会の席など設けさせて……」
「いえいえ! 伯爵様とは家柄が釣り合いませんよ! 僕など!」
「おや? 聞いておりますぞ、男爵殿」
「な、何をです?」
「今回のお働きにより、陛下より近々、上位爵への叙爵を賜る、との噂を」
「いやいや! そんな話は全く……」
「あぁ……まだ公言の憚られる時期なのですな。お察し致しますぞ」
こんな調子で、息つく間もなく、貴族とその娘を紹介されるメリーゴーランド。
茶会の誘いをこなすのに、何年かかるの? ってレベル。
専任のマネージャーでも雇わなきゃ、捌ききれないよ……
僕が貴族の応対に天手古舞の間も、テュルミー中尉は両階段の踊り場で演説中。
「このたび為し得た偉業も、全てはマクシミリアン陛下の御威光の賜物ッ! ビバ文明開化帝! ビバ不死鳥帝! 我が君が健在なれば、未来永劫、ドラゴグラードは栄耀栄華を謳歌し続けましょうぞォォォォ!」
貴族も豪商も老いも若きも男も女も、中尉の弁舌に酔いしれている。
さすが中尉、人心を掴む術はお手の物だ。
で、あればこそ、その雄弁さを警戒する人もいるんだが。ルッカ嬢みたいに。
(ルッカ嬢……)
あの強制査察以来、全く連絡が取れていない。
取り敢えず、思想警察に捕縛されたという話は聞いていないが……
(無事だといいけど……彼女だけでも……)
「ポイズン男爵様」
「はい?」
「ご挨拶が遅れまして申し訳ありません。私、ロドリゴ・ビスコレッティと申す、しがない商売人にございます」
「ロドリゴ……ビスコレッティ……」
はて? どこかで聞き覚えのある名前……
「あっ!」
そうだ!
この豪邸! パルテノン神田よりもデカい大邸宅の玄関に掲げられていた看板!
【 Rodrigo Briscoletti's Pleasure Paradise Casino & Hotel 】
だったじゃないか!
つまり――このクソデカホテル(賭場完備)のオーナーか! この人が!
何が「しがない商売人」だ?
こいつは、帝都でも指折りの大金持ちじゃないか! 都は元より、国内に複数の大規模カジノホテルを所有するカジノ王だ!
謙遜するにしても程がある!
(しかし道理で……)
只者じゃない雰囲気がプンプンしているワケだ。
(僕らの世界基準での)ビジネスマンの雛形から大きく逸れた――何も知らない人なら、海賊山賊の類だろう? と勘違いするほど、豪胆な山師の臭いがする。
鋭い眼光と雷のような声――それだけでも縮こまってしまいそうになるのに、
金ピカのローブの下には丸太のような腕。リンカーンを思わす顎髭は、まるでハリネズミだ。
こんな世界で大成功するには、これくらいのバイタリティが要るんだ! と一目瞭然の肉体言語っぷりだった。
まるで世紀末救世主伝説の登場人物のようなマッチョガイ……世襲貴族のモヤシっ子ぶりとは、あまりにも対照的だ。
「時に、男爵様」
「何でしょう、シニョール・ロドリゴ?」
「男爵様は魔術の研究がご趣味と伺いましたが……」
「えっ?」
何でソレを????
僕が帝都中のありとあらゆる書庫を巡って、魔術書を漁っていること。どうしてソレを知っているんだ????
誰にも言ってないのに!?
僕が、王様の独占する【異世界召喚術式】を密かに探していることなど!
ブルッ!
――――思わず悪寒が走る!
カジノ王、ロドリゴ・ビスコレッティは油断ならない男!
その底知れぬ迫力に、僕は完全に呑まれてしまった。
「なぁに、そう畏まらずとも! 男爵殿」
とか人懐っこい笑みを向けられても……もはや、僕は蛇に睨まれた蛙だ。
「実は男爵殿、このホール……普段は遊戯場として稼働しておりまして」
一攫千金を夢見る紳士淑女が、夜な夜なカードやルーレットに興じる鉄火場なんだな、ここは。カジノホテルの看板通りに。
「で……中には熱くなるお客様もいらっしゃいまして……予め持参された金子が尽きても、ゲームの続きを所望なさる」
「はぁ……」
「そういったお客様は、特別にお持ち物を当方へお預け頂き、その上でゲーム続行、という措置を採らせて頂くんですよ」
胴元の質草か…………む? ということは?
「さすが男爵様、ご明察。あるんですな、時には。高価な書物を預ける方が」
「!!!!」
もしかして……ギャンブル中毒の魔術師から、質草として預かったレアな魔術書か!
幻の異世界召喚術式が載ってる本が!? このカジノの金庫に眠ってる!?
「これ、フローラ」
「はい、お父様」
「娘に案内させましょう、件の部屋を」
人間、万事塞翁が馬?
思いがけない帰還へのチャンスが、咲也の元へ転がってきた?




