第二章 2-10 ルッカ・オーマイハニーという女 - LIAR GIRL
テュルミー中尉の情報通り、旅荘ダーイケ屋は、邪教集団・摩利支丹のアジトだった。
思想警察が血眼で捜索を続けた邪教の指導者【邪淫導師・アルカセット】とは、他ならぬアルコ婆のことだったのだ。
しかし、咲也がその目で見た【邪教の指導者】は、ただのペテン師だった。
種も仕掛けもある「読心術」の裏側を垣間見てしまった咲也、
果たして彼は、婆を上司に通報するのか?
キャリントンさんが去った後……
入れ替わるように、別の「客」がアルコ婆を尋ねてきた。
「あなたは……」
見覚えがある。
彼女は、僕が思想警察へ入隊した日、「景気づけだ!」とテュルミー中尉に率いられ、勢いで家宅捜索を行った集合住宅――そこの住民だった女性だ。
確かにルイーズさんと言ったか?
彼女、思想警察隊士に見つかれば即刻留置場行き! の隠れ摩利支丹だったが……
そんな仕打ちは忍びない、と僕が見逃してあげた信者だ。
押収した御禁制のイルカ人形も、後日こっそりと返してあげた。
「親切な貴族様!」
ルイーズさんも僕を覚えていたようで、
「忘れるものですか、恩人を!」
涙を流して縋りついてきた。
「あの時は、本当にありがとうございました!」
何度も何度も僕へお辞儀しながら、アルコ婆と「儀式の部屋」へ消えていったルイーズさん、
見送るルッカ嬢は、複雑な顔を浮かべていた。
「龍から街を守った男たちは「英雄」と称賛されるけど……残された女は悲惨なものよ……」
「…………」
「子供を抱えてはロクな仕事にも就けず……困窮の果てに、その子まで失ってしまう」
「…………」
「ルイーズさんが肌身放さず抱えている人形、あれはコケシよ。お婆ちゃんが霊界通信で降霊させた魂が入っているの。そう信じてるのよ、ルイーズさんは」
「だから、手放すのを拒んだのか……思想警察の査察が迫っても」
もし御禁制の品が隊士に見つかれば、投獄されると分かっていながら、それでも……
「摩利支丹はね、そんな女たちを救うための組織よ」
イルカの絵も、謎の壺も、死者の口寄せも、寡婦を援助するための原資だったのか……
「というか摩利支丹なんて蔑称、あの王が勝手にレッテリングしたものだから!」
「そうなの?」
「私たちは『賢者協会』――――誇り高き賢人の末裔よ!」
と、ルッカ嬢は胸を張った。
「マクシミリアン帝の即位以前は、王家・教会と並ぶ権威の象徴として、民から篤い信仰を集めてたんだから」
「マジっすか!」
「今では誰も、おおっぴらに口には出せなくなってしまったけど……あの開明王のせいでね!」
「てことは、つまり……」
「王の思想=反神秘主義を旗印に掲げる思想警察は不倶戴天の敵なの――賢者協会にとっては」
「!」
「だから男爵…………もう、ここへは来ないで……」