第二章 2-9 摩利支丹の真実 - Honky Tonky Crazy
思想警察の潜入任務中、偶然にもアルコ婆の仲人事務所をみつけてしまった咲也、
「どうせ貴族は暇じゃろ?」
と、アルコ婆からルッカの手伝いを請われる。
まさか「邪教の指導者を探している最中です」などとは明かせない咲也、
婆の願い通り、ルッカに随伴し、
なんとか妖精さんの力を借りて任務を果たすも……
なにこれ?
何のためのお仕事なの?
マクマホンと名乗る犬からの聴取が済んで、十数分後。
場末の旅荘、ダーイケ屋。アルコ婆の仲人事務所へ戻った僕らは、
「お時間です。瞑想、お疲れさまでした」
巫女装束のルッカ嬢、何食わぬ顔でキャリントンさんに告げた。
つい今し方まで、鬼神の形相で騎馬暴走族していた人とは思えない豹変だ……
祈りの部屋で、ルッカ嬢がキャリントンさんを儀礼服へ着替えさせる間――
控えでは、僕がアルコ婆に情報を伝えていた。
キャリントン家の痩せこけた飼い犬から聞いた情報を、事細かく。
「よくやった男爵殿。パーフェクトじゃ。さすがワシの見込んだ男よ」
したり顔のアルコ婆、満足気に儀礼部屋へと向かった。
「と、言われても……」
ワケが分からないよ。アルコ婆とルッカ嬢は何を企んでるんだ?
「こういうことよ」
控えに入ってきたルッカ嬢、壁に据えられた謎のカーテンを開けると……
何だこの小窓…………いや! マジックミラーか?
タブレット一枚程度の小窓だけど、向こうからはこちら側が見えていない様子。
「オーマイハニー式魔術鏡面よ。魔力で、光と音を非対称透過させているの」
マジック! これが本当のマジックミラーか! 音まで非対称のスグレモノ!
(というか!)
こんな魔術様式、マックスプランク教会の大書物庫でも見たことがないんですけど……
「始まるわよ、男爵」
「始まる? 何が?」
その魔術鏡を、ルッカ嬢と頬を寄せるようにして覗き込むと……
燭台の灯が揺れるの薄暗闇の中で、大きな水晶玉が異様な存在感を放っている。
「……見える、見えるぞ……お主の運命が見える!」
それを撫でながらアルコ婆、呪術師の口調で語り出した。
「迷える子羊、キャリントン・フレアーよ……そなた最近、夫を亡くしたであろう? なるほど【龍災】で落命したか」
するとキャリントンさん、堰を切ったように涙が。必死に我慢してきた感情が一気に溢れた。
「仰る通りです! お婆様!」
「ワシにはお見通しじゃ。迷える子羊の辛苦など、全てお見通しじゃ」
聞き覚えのあるフレーズで、アルコ婆は自らを能力者と飾る。
「その夫を喚び出して欲しいんじゃな? 子羊、キャリントン・フレアー」
「はい教主様……何卒、何卒、夫を!」
【喚び出す】だって!?
今、キャリントンさんは「夫は龍災で亡くなった」と認めた。
てことは死別したってことだ。
それを喚び出す!?
アルコ婆は死者蘇生でも行おうってのか!?
そんなの、並行世界間の転移魔術級の超魔術じゃないのか????
動揺する僕を嘲笑うかのように、
「では、お望み通り、ヴァルハラと霊界通信を果たそうか……」
マジックミラー越しのアルコ婆、こともなげに言ってのけた。
「ふん! ぐぬぬぬぬぬぬ…………」
水晶玉に「気」を注入するアルコ婆――鬼気迫るシャーマニズム。
固唾を呑んで「霊界通信」の接続を待つキャリントンさん。一心不乱に祈りながら。
次第次第に昂ぶっていく期待と不安のヴァイブスが、やがて頂点に達した時……
「――フレア? フレアか? そこにいるのは?」
野太い声がアルコ婆の声帯から漏れた。
「あなた! あなたなの?」
軽く裏返った声でキャリントンさんが尋ねれば、
「――うむ、俺だ……リックだ」
「あなた!」
再びキャリントンさん、感極まり、顔を覆って泣き崩れてしまった。
☆
「いや……一応、声を作ってるけど……アルコ婆の声だよね?」
マジックミラー越しに聴こえる声は、やっぱり、どう聴いても婆の声だ。
いくら低い声を出そうとしても、女の人に男の声は出せない。
だが、それでも……
☆
「――先に旅立った爺さまや婆さまも一緒だ、こちらは皆、幸せに暮らしておるぞ」
「夫」の言葉にキャリントンさん、号泣だ、号泣。
「――ヴァルハラは善き所よ。【龍災】で死んだ者は皆、神の国へ導かれた。何も心配は要らぬ」
「よかった……よかった……」
彼女には、婆の言葉=夫の言葉として100%伝わっている。
「――ただなフレアよ、唯一の気がかりは、残してきたお前のことよ」
一拍置いて、アルコ婆の「霊界通信」は先を続ける。
「毎晩毎晩、お前のことを夢に見るぞ」
「あなた……」
「――いいかフレア、よく聞きなさい。俺が居なくとも、ちゃんと生きるんだ。決して、酒やクスリに溺れてはダメだ。だらしない生活では、いけない。親戚や近所の人とも仲良くすごしなさい。分かったか?」
「はい……はい……そうします、あなた!」
「――ああ、それから、犬も大事に。マクマホンのエサは忘れずに与えなさい」
キャリントンさん何度も何度も頷き、「夫」の声に応えた。
「――フレア」
「ひゃぃ」
「――いつもヴァルハラから、お前を見守っているぞ」
果てはキャリントンさん、涙と鼻水で上手く喋れなくなっている。
「――だが、俺はもう生き返ることは出来ぬ」
「ひゃぃ」
「――俺の他にいい人と出会えたなら、その人と残りの人生を全うしなさい」
「あなた…………」
「――お前が幸せな人生を送ることだけが、俺の望みだ。分かったか?」
☆
【霊界通信】が途切れても、しばらくキャリントンさんは泣き続けた。
アルコ婆に温かく見守られながら…………
でも!
「でも、これって…………欺瞞じゃないのか?」
僕は言わずには居られなかった。
だって!
だってアルコ婆は!
霊界通信なんて超魔術は使っていない!
アルコ婆がキャリントンさんの亡き夫に扮することが出来たのは――――
「僕とルッカと妖精さんの聞き込み情報が有ればこそ、じゃないか!」
キャリントンさん不在の隙を狙って、周辺住民と飼い犬から聞き出した情報がベースだ、
間違っても、霊的能力で得た情報じゃない!
それを! あたかも「超人の奇蹟」とばかりに披露するのは……
ただ驚かすだけならまだしも、それでカネを取るのは……
「詐欺じゃないのか? コレ?」
しかも、既に亡くなった人を騙るなんて……死者への冒涜ではないのか?
「あのね、男爵……」
重い溜め息を吐きながら、ルッカ嬢は応える。
「誰も【蘇る死者】とか本気で信じちゃいないわよ」
「えっ?」
「『霊界と通信する』という触れ込みだとしても、その真贋を確かめよう、なんて客は居ないの」
え? どういうこと?
「キャリントンさんに限らず、お婆ちゃんに会いに来るのは「騙されたい」人ばかりよ」
「!」
「頭では「騙されている」って理解ってても、それでも騙されたいから、お婆に会いに来るの。自ら進んでお金を払って、騙されたいからここに」
それはつまり、アルコ婆も客も共犯だ、って言いたいのか?
互いに合意の上で、嘘の救いが成り立つと?
「でも……だからって……」
それは正しいことなのか? 嘘で得られる救いは、救いとして正しいのか?
「他に、もっと真っ当なやり方で、救ってあげることは出来ないのか?」
「じゃあ男爵は救えるの? 【龍災】で伴侶を失った、何百、何千の女たちを、全員!」
「…………」
「そんなの無理よね……他人の人生に無限の責任を持つなんて、家族以外に出来ると思う?」
僕は反論できなかった。
ここは僕の世界じゃない。国家レベルでセーフティネットが張られた近代的な社会福祉なんて、望むべくもない世界だ。
そんな世界で、個人に出来る奉仕は本当に少ない。現代人には、それが理解ってない。
当然のように社会福祉の恩恵に浴すことが出来る人間には、その有り難みが分からないんだ。
何も救いようがない、救われる手段がない境遇の惨めさが分からない。想像も及ばない。
異世界とは、そういうところなのに!
「嘘で人を救えるのなら――私は喜んで嘘をつくわ。いくらでも」
☆
「お世話になりました、お婆様……」
アルコ婆の「カウンセリング」を終えたキャリントンさんは……まるで別人だ。
憑き物が落ちたように、晴れやかな顔をしていた。
最初に見た時は、今にも教会の尖塔から飛び降りてしまいそうな雰囲気だったのに。
「何か遭ったら、また来なさい」
彼女を見送るアルコ婆とルッカ嬢も、実に穏やかな表情を浮かべていた。