第二章 2-8 わがままジュリエット - OH! MY JULLY
奇縁も、ここに極まれり?
人口数十万を誇る龍都ドラゴグラードで、たまたま出会ってしまう咲也とルッカ。
大事な大事な斥候任務中なのに、出向いた雑居ビルにはアルコ婆の仲人事務所も入居していた。
まさか「極秘任務中です!」とバカ正直に喋るわけにもいかず、戸惑う咲也に、
アルコ婆は「頼まれごと」を依頼する。
「ようこそいらっしゃった、キャリントンさん」
「すいませんお婆さま、どうしても診て頂きたくて……急なお願いをしてしまいました」
申し訳なさそうに頭を下げた、若い女性。キャリントンさんと言うらしい。
眉間にシワを寄せ、なんとも息苦しそうな様子。何か思い悩んでいることでもあるのだろうか?
「いやいや、畏まらんで結構。ワシらは、悩める子羊に手を差し伸べる者じゃ」
そんなキャリントンさんを、アルコ婆は優しく事務所へ招き入れる。
「では、まず瞑想を行って頂きますので……祈りの部屋へどうぞ」
コスプレナースから小袖・袴姿に着替えたルッカ嬢、しずしずと「客」を案内する。
チラッと見えた「祈りの部屋」は艶やかな曼荼羅が飾られ、お香のフレーバーが漏れてくる。
「お時間になりましたらお呼び致しますので、しばし瞑想なさっていて下さい」
バタム。
祈りの部屋の扉が閉まるなり、
「さ! 行くわよ!」
ルッカ嬢に袖を引かれ、ダーイケ屋の外へ猛ダッシュ!
厩に繋がれていた馬を駆り、僕らは表通りへと跳び出した!
☆
時は、小一時間ほど遡る。
「頼まれごと?」
「どうせ暇じゃろ? 貴族様は」
そうでもないんだけど、そうだと言っておこう。
まさか思想警察の捜索任務中だなんて、間違っても明かせないし。
「なら、孫を……ルッカを手伝って欲しいのじゃ」
手伝う?
何か婚活サービスの手伝いってこと?
「なぁに、そう手間は取らせぬよ、貴族様」
「はぁ……」
☆
「ぎゃー! 落ちる落ちる落ちる!」
手綱をグイグイしごき、馬に暴走を促すルッカ嬢、
「ひえええええええええー!」
まさか街中で馬を全力疾走させるなんて! こんなの正気の沙汰じゃない!
「頭! 下げてなさい! 頭皮ごと持ってかれるわよ!」
縁起でもないこと叫びながら、しかし手綱は緩めないルッカ嬢!
馬車が行き交う大通りでも暴走を止めない!
「死ぬ! 死ぬ!」
☆
数分後、
ルッカ嬢の明日なき暴走は、下町の住宅街で終焉を迎えた。
「ここが、あの女のハウスね……」
「あ?」
表札には『キャリントン』と書かれている。(※妖精さん翻訳)
一人で住むには広すぎる、家族向けの一軒家だ。
「ここって……」
ちょうど今さっき、アルコ婆の仲人事務所を尋ねてきた「客」の家じゃないか?
どうして、わざわざ本人不在のところを訪ねるのさ?
「説明してる時間がないわ――仕事よ! 男爵!」
「ちょっと誰か! いらっしゃる?」
ドンドンドン!
近所迷惑も構わず、隣家の扉を叩くルッカ嬢。
「何だ? うるさいぞ?」
「隣の人について訊きたいことがある!」
ルッカ嬢、一昔前の刑事ドラマばりに、圧迫口調で住民を尋問し始め……
「待て待て待て! 喧嘩はダメ! ルッカ嬢!」
睡眠を邪魔された夜勤女子と危うく殴り合いになりかけたところを、羽交い締めで押し留めた。
「邪魔しないで! 男爵!」
「ルッカ嬢こそ、何の権利が有って、こんな真似を……」
「仕事だからよ! これが私の仕事なの!」
な、何を言ってるんだ、この子は????
☆
その後もルッカ嬢、周辺住人への強引な「尋問」を繰り返したが……
得られた成果は捗々しいとは言えなかった。
「ルッカ嬢、ちょっと時間が悪いよ……」
今は夕刻前、まだ男たちは職場から戻らず、女たちは市場で買物してる頃だろう。
必然的に、家には子供と老人たちくらいしか残ってない。それか夜勤の人。
聞き込みには悪条件が揃ってる。
「別の時間帯にしない?」
「だめよ!」
頑ななルッカ嬢は、僕の説得に耳を貸してくれず、
「もう時間がないのに……」
ぽろり。
不意に溢れる涙。
(うむむぅ…………)
こんなにも懸命な子を、頭ごなしに説得などできるものか。
犬のおまわりさん状態だ。
困ってしまってワンワンワワーンだ。
(どうしたらいいんだよ…………)
困り果てる女の子を見捨てられるワケもない。
ないけれど、彼女を助けるための具体的な方策も浮かばない…………
「ううむ……どうしたらいいものか……ひゃっ!」
いきなり! 手を! 舐められた!
「うぉ……なんだ犬か? ……って、おい止めろ!」
追っ払っても追っ払っても僕の手を舐めようする、なんとも厄介な犬だな!
『翻訳しよか?』
え? 出来るの? 妖精さん?
『おやすいごようよ~』
(※以下、妖精さんによる翻訳)
「あのね。お願いだから舐めないでくれる?」
犬『あんさん、くいもの、もっとるやろ? たのむからめぐんでくれや、ごしょうやさかい』
さっきアルコ婆に貰った饅頭の残り香が、指に付いてるのか?
「え? だって首輪してるし、飼い犬でしょ君?」
犬『さいきん、ごしゅじんさまがうわのそらなんやねん、わいのえさもわるれるくらいに』
「もしかして……君のご主人さまって、この家の人?」
このキャリントンって表札の出ている家の?




